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<東京怪談ノベル(シングル)>


時の沼

1.意思の集まり

小さな水の流れが集まると川となる。
川の流れも、やがて何処かへと集まる。
陸地の一か所に集まり、川が沼や湖となる事もがある。
より大きな水の集まり…海へと集まる事もある。
一つ一つは小さく無力な水の流れも、集まって海となると大きな力となる。
人の意思も似たような物で、ひとりひとりの小さな感情、放っておけば忘れてしまうような、小さな喜び、悲しみ、怒り、妬み。それらも、何人かの同じような思考が重なると、消える事無く積もっていくものだと、郁は聞いた事がある。
だが、そんな事は郁は特に気にしていない。
綾鷹・郁が気になるのは、今、目の前に広がっている沼だ。
彼女の今日の任務は、とある時空に不時着した輸送機の調査と救助。惑星ごと違法投棄の現場にされているという、不憫な惑星に広がる沼の近くに、輸送機が不時着したというのだ。
宇宙開発の芽を摘む工作員としては地味に思える任務だが、輸送機の不時着が事故ではなく、意図的に起こされた事件だとすると話は別だ。
「あの沼…ほんとに沼なの?」
茂枝・萌は、どこまでも広がる黒くて重い広がりを見ながら言った。
普段は若さに似合わず、物事に動じない萌だが、今は顔色が青ざめていた。
それ程に、宇宙船から遠目に見降ろしていても、黒く広がる沼には重さを感じた。
だからこそ、郁だけでなく、彼女のようなエージェントまで調査に随行しているわけでもあるのだが…
「な、なんだろね…
 とりあえず降りてみよっか…」
郁も、普段より元気が無い。
それでも、行かざるを得ない。
それが任務であり、黒い沼の近くには救助を待つ輸送機があるからだ。
不時着した輸送機に近づきながら、宇宙船越しに調査をしてみたところ、機械的な故障は見当たらない。見当たらないが、システムが死んでいる。
身体は生きているが、魂が死んでいるようなものだと郁は思った。
当初は久遠の都の管制室側から信号を送って、時空転送も試みたが、それも信号が沼の周辺で消えてしまった。
仕方ないので、郁と萌が現地まで来たというわけなのだが…
少し躊躇しながら、二人は救助活動に向かうことにした。
「とりあえず、こっちの船に負傷者を移そう。行ってくる」
萌が、船を降り輸送船へと向かう
郁は船に残ってバックアップに当たる。
色々と観測しつつ、自前の宇宙船で状況を探っている郁。不意に通信機の回線が開いた。
「誰だ。新しい客か」
見知らぬ冷たい声。
「誰だっていうか、あんたが誰じゃ?」
聞き返す郁に、声は一言答えた。
「沼」

2.黒く飲み込む

萌が近づこうとすると、黒い沼が形を変えた。
行く手を阻み、彼女を包むようにして妨害する。
「な、なんだ、あんたがこの沼か。
 だったら、さっさとどいてくれ。あたしは救助に来たんじゃ」
郁は沼と話し始めた。
「どくわけには行かない。楽しんでいる。
 ゴミがゆっくりとゴミになる所を。
 ゴミはゴミを呼ぶ。お前たちも呼ばれてきた。
 お前たちゴミをゴミにすれば、もっとゴミが集まってくる。その娘も楽しそうだ」
沼が言うと、黒い沼は一気に広がり、萌の体と輸送船を覆い尽くした。
地表が、文字通り黒く飲み込まれた。
「こ、こらこら。あんた、ゴミに恨みでもあるのか?」
「ゴミは好きだ。ゴミをゴミにするのも好きだ」
「ふむぅ…あんた、ゴミなのか?」
「捨てられた。集まった。仲間を増やすのは楽しい。ゆっくりと楽しんで仲間を増やす」
「仲間…そうじゃのぅ。仲間は多い方が楽しいきに」
「そうだ。お前も苦しめ。苦しんでゴミになれ。沼になれ」
「なるほどなぁ…でも、それだったら、もっとあんたと同じゴミにしたら楽しいのが居るんじゃないか?」
「…それは誰だ?」
「ゴミの元じゃ。あんたをゴミにした元じゃ。あんたを捨てたやつじゃ」
「…」
少し、沼の声は沈黙した。
「それは…一番…楽しそうだ」
その声と同時に、地面が動いた。
萌と輸送船を包んでいた沼の拘束が緩くなり、遥か遠くにその怒りを向けているかのように、波立ち始めた。
同時に、郁は叫んだ。
「今じゃ! 萌と輸送船の乗員を転送するんじゃ! こっちは後で構わんきに!」
遠くの久遠の都で様子を見ているであろう管制室に向かって、郁は叫んだ。
次の瞬間、萌と輸送船の乗員の気配が消えたから、おそらく管制室でも様子を凝視していてくれたのだろう。
それから、少しの沈黙。
「だましたのか?」
沼の声が響く。
「別にだましては、おらん。ただ、あたしの仲間は帰させてもらった」
「そうか…確かに、お前の言葉は間違ってない。
 そうだ…
 お前はこれからも言葉を聞かせろ。ゴミになって、ずっと言葉を聞かせろ。楽しませろ」
沼の声が響き、郁の船が、地表から吹き上がってきた黒い沼に包まれた。
…ちっ、間に合わんか。
視界が黒く包まれる中、郁は舌打ちした。
船の計器が、異常を伝えるアラームを鳴らし続けている。
…死ぬときは畳の上が良かったんじゃけん。
こうやって苦しんで死ぬ事が、少し郁は怖かった。
やがて、船は沼に押しつぶされ始めた。

3.遺言

久遠の都では、危険な任務に就くものは、遺言を残すしきたりになっている。
立体映像として残し、葬儀の際にお別れのメッセージとするのだ。
萌は、久遠の都の公営墓地、郁の葬儀の会場に居た。
目の前では、郁の立体映像が何やら語っている。
「というわけで、これを見ている貴方は、あたしの葬儀の参列者なのね。
 まあ、何だか死んじゃったみたいだけど、たぶん任務で死んだのよね」
立体映像の郁がほほ笑んだ。
「任務で死ねたんだから、たぶん光栄だったと思う。
 今までありがとね」
ほほ笑んで、言葉を続けた。
彼女が成し得た任務の結果として、萌と輸送船の乗員がここに居る。
「でも、私の任務は…まだ終わってない」
郁の能天気な遺言を見終えた萌は静かに呟いた。
それから数日後、萌は再び黒い沼へと赴く。
次の彼女の任務は沼の殲滅。
それを成し終えた彼女は、改めて郁に報告に行く事となった。

(完)

-----------あとがき-----------

毎度ありがとうございます、MTSです。
というわけで、死んじゃいました…
また機会がありましたら、よろしくお願いします。