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<東京怪談ノベル(シングル)>


裁きの代行者


 宗教団体が、出版社やパソコン専門店や居酒屋などを経営している。時折ある話だ。
 何も新興宗教に限った話ではない。この「教会」も、同じような事を世界各国で行っている。
 無論、日本においてもだ。
 教会が経営母体となっている、とある商社。
 1人の若いOLが、応接室へと向かって、こつこつと足音を響かせていた。
 黒のストッキングに包まれた左右の美脚が、足音に合わせて規則正しく躍動する。
 小さめのタイトスカートには、瑞々しい白桃を思わせる尻の形がぴっちりと浮かんでいる。
 女性用のスーツは、凹凸の見事なボディラインをくっきりと際立たせ、色香を閉じ込めながらも発散させている感じだ。
 ストッキングも黒、スーツも黒。どこか喪服のようでもある装いが、様になっている。
 まさしく彼女は今、弔いの任務を受領せんとしているのだ。
 白鳥瑞科。21歳。表向きは、この商社に勤める新人OLである。
 水のような氷のような、だが超高温の炎のようでもある、青い瞳。艶やかに輝き揺れる、茶色の髪。
 欧米人に見られる事も、たまにある。が、すっきりと整ったその顔立ちは、日本人のものだ。
「白鳥瑞科……参りましたわ」
「入ってくれたまえ」
 声に従い、瑞科は応接室の扉を開けた。
 いくらか小太りな人物が1人、ソファーから立ち上がって瑞科を出迎えてくれた。
 初老の神父。瑞科の、教会における直属の上司である。
「仕事中にすまんな、シスター瑞科」
「いえ。わたくしのお仕事は本来、こちらですわ」
 瑞科は微笑んだ。いくらか疲れたような微笑になってしまった。
「表のお仕事……どうしても、しなければなりませんの? 神父様」
「世を忍ぶ仮の姿、というものは必要なのだよ」
 神父が、いささか意地悪く笑った。
「デスクワークは苦手かね? 少なくとも、命を落とすような事はないと思うが」
「他の方が、お命を落としかねませんわ……お仕事をなさらない課長さんや部長さんを見ておりますと、わたくし思わず手が出てしまいそうになりますの」
「では少し、ストレスの解消をしてくると良い」
 微笑んでいた神父の表情が若干、引き締まった。
「聞いてはいると思うが……都内の何ヵ所かで、複数の子供たちが行方不明となっている」
「幼稚園バスごと誘拐されてしまった例も、あるそうですわね」
「全て同一犯……と言うより同一の組織による犯行である事が、情報課の調べで判明した。その組織の、本拠地もな」
 調べ上げる過程で、情報課の工作員が何名か命を落としているのだろう。それは、神父の口調から何となく読み取れる。
 無言で、瑞科は祈りを捧げた。
 祈りを終えれば、もはや行うべき事は1つしかない。
「お弔いの任務、拝命いたしますわ」
 瑞科は、口に出して祈りを捧げた。
「神に裁かれるべき方々に、聖なる葬儀を……」


 天使の翼が刺繍された、純白のブラウス。教会の装飾が入った、黒のジャケット。
 瑞科の胸が、それらを一まとめにふっくらと形良く膨らませている。柔らかく弾むような色香は、衣装を重ねたところで隠せはしない。
 しなやかな細腕は長袖に包まれ、優美な両肩は鋼鉄の肩当てで勇ましく飾られている。
 その肩当てから背中へと被さった短めのマントは、畳まれた翼のようでもある。
 健やかに引き締まった胴から、格好良く膨らんだ尻回りにかけてを覆う、黒のプリーツスカート。そこにも上着と同じく、聖なる装飾が施されていた。
 むっちりと美しく鍛え込まれた太股は、純白のニーソックスに半ばまで覆われ、そこからはガーターベルトがスカートの中に向かって伸びている。
 その太股には、ガーターベルトと交差する形に、帯状のナイフホルダーが巻かれていた。何本もの短剣が、そこに収納されている。
 膝の辺りから踵・爪先に至るまでを包み込み、綺麗な脚線をスラリと強調しているのは、編上げの白いロングブーツだ。
 更衣室の中で、新人OL・白鳥瑞科は今、武装審問官・白鳥瑞科へと変わっていた。と言うより、戻っていた。
「やはり、こちらが本来のわたくし……ですわね」
 端麗な唇をニヤリと不敵に歪めながら瑞科は、立てかけてあった武器を手に取った。
 小さな天使の像が先端に取り付けられた、杖である。
 それを、瑞科はブンッ! と振るい構えた。空気を切る音が、耳に心地良い。
 先程、神父が言っていたように、確かにデスクワークで命を落とす事はほぼ有り得ない。
 だがデスクワークなどしていては、不愉快な相手をこの聖なる杖で叩きのめす事も出来ないのだ。
「神の裁きを、代行いたします……邪悪なる方々のために、聖なる葬儀を執り行って差し上げますわ」
 天使の杖を携えたまま、瑞科は更衣室を出て扉を閉めた。
「そのついでに、ほんの少しだけ……ふふっ、ストレスの解消をね」
 楽しげな呟きに合わせて、ロングブーツの軽快な足音が廊下に響き渡った。