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<東京怪談ノベル(シングル)>


正義の実行者


 世界征服。
 妄想と嘲笑う者が大半であろう。
 笑いたい者には、笑わせておけば良い。笑っている間に気が付いたら、この偉大なる組織の支配下に置かれていた、という事になる。
「偉大なる首領閣下に、勝利と栄光を!」
 幹部3名の1人が恭しく片手を掲げ、叫ぶ。
 規律正しく軍服を着こなした、体格の良い軍人風の男。
 その首から上は、しかし人間の頭部ではない。鋭い牙を剥き出しにした、狼のそれである。左目は潰れて傷跡となっており、右目だけが凶悪な輝きを放っている。
 洞窟の最奥部に集う数百名もの戦闘員たちが、隻眼の狼男と同じく片手を掲げ、一斉に歓声を……と言うより奇声を発する。
 強化改造及び戦闘訓練を受けた筋骨たくましい身体を、黒一色の全身服に包んだ戦闘員の群れ。
 皆、首領の理念に賛同し、己の意思でこの組織に身を投じた者たちである。
「この腐りきった世界は、力によって征服するより他に、立て直す手段はない」
 首領は、語った。
「先駆者たる我々は、邪悪なるものとして大いに憎まれ蔑まれるであろう。それを恐れてはならぬ。命を惜しんでもならぬ。新しき秩序と永遠の平和は、諸君の屍の上にこそ築かれるのだ」
 戦闘員たちが、熱っぽく奇声を唱和させる。
 この腐りきった世の中に絶望し、自らの意思で組織の一員となった男たち。
 彼らに続く者を、育ててゆかねばならない。だから、大勢の子供たちを拉致し続けているのだ。
「子供たちの教育は、進んでおるか?」
 首領の問いに、2人目の幹部が進み出て答えた。
「徹底的な戦闘訓練を施しております、首領閣下」
 襟の立ったマントに身を包んだ、大柄な男。その大きな襟を押しのけるように現れているのは、狼男に負けぬ牙をびっしりと口内に備えた、鮫の頭部である。
「それによって子供たちの中から、優秀な者を選別いたします。選別された者には優遇を、選別から漏れた者には奴隷の運命を……子供たちには、まず他者を蹴落として這い上がる事を学ばせなければなりません」
「だが、その子供たちを取り戻すために」
 3人目の幹部が、口を挟んできた。
「教会の者どもが動いている、という話ではないか?」
 その姿は、人間の体型をした爬虫類だ。顔はトカゲよりも蛇に近く、大きく裂けた口からは鋭利な毒牙が伸びている。右手の形状は、蛇の尻尾そのものの鞭である。
「何か対策はあるのか。なければまあ、この俺が教会の者どもを片っ端から殺し尽くすだけなのだがな……首領閣下、教会との戦闘はこの私にお任せを」
「逸ってはならぬ。教会は、一朝一夕で片をつけられる相手ではない」
 教会との戦闘には、この組織の持てる力全てを結集せねばならないだろう。
「殺戮を行いながら、神の名に逃げ込む……ある意味、人間どもの腐敗を体現するような者どもよ。それゆえに手強い、とは言えるのだがな」


 世界征服。
 妄想以外の、何物でもない。
 破壊活動のお題目とは、そういうものだ。正義、救済、世界平和。革命家気取りの者たちは、そういった題目を叫びながら人を殺す。どのような残虐行為でも、平気でやってのける。
 世界征服。
 殺戮活動の旗印としては、正義や平和よりはましな方であろう。
「開き直れば良い、というものでもありませんけれど……ねっ」
 白鳥瑞科の声と共に、ビュッ! と暴風が巻き起こった。
 先端が天使の像となっている、聖なる杖。それが超高速で弧を描き、戦闘員たちを薙ぎ払っていた。
 戦闘訓練のみならず、薬物か何かによる肉体改造も施されているのであろう、筋骨たくましい黒衣の男たち。
 それが3人、杖に殴り飛ばされて岩肌に激突し、動かなくなった。
 某県の、自殺の名所としても知られる岩山である。
 その山腹の洞窟を、この組織は本拠地としている。教会の情報課が、何名もの犠牲者を出しながら調べ上げてくれた通りである。
 洞窟の内部で瑞科は今、組織の歓迎を受けていた。
 黒衣の戦闘員たちが、甲高い奇声を発しながら襲いかかって来る。全員、刀剣とも言える大型のナイフを携え、振りかざし、白鳥瑞科1人をあらゆる方向から切り刻みにかかっている。
 その襲撃の真っただ中で、瑞科は杖で思いきり地面を突き、跳躍した。棒高跳びの形である。
 瑞科を狙っていたナイフが全て、その杖をかすめる感じに空振りをした。
 その間、空中に舞い上がった武装審問官の肢体が、聖なる杖を軸に激しく回転する。黒のプリーツスカートが若干はしたなくはためき、短剣のベルトを巻かれた左右の太股が荒々しく躍動する。
 蹴りが、戦闘員たちに降り注いだ。
 屈強な黒衣の男たちが、ロングブーツをまとう美脚に叩きのめされ、吹っ飛んで行く。
 軽やかに瑞科は着地し、踏み込んだ。艶やかな茶色の髪がふわりと泳ぎ、それと同時に天使の杖がブンッと跳ね上がって戦闘員たちを襲う。
 グシャッ、バキッ……と、凄惨な撲殺の手応えが伝わって来る。それを瑞科は、しっかりと握り締めた。
 戦闘員たちが次々と倒れてゆく音に、足音が混ざった。何物かが、洞窟の奥から近付いて来る。
「ほう、1人とはな」
 鋭い牙を並べた猛獣の口が、言葉を発している。
「大兵力に頼らず、狙いを定めて少数精鋭を送り込んで来たか。まずまずの戦術……誉めてやるぞ、教会の牝犬よ」
 軍人姿の、たくましい男。首から上は、隻眼の狼である。
 その軍服の腰には、2つの武器が吊られている。1つはホルダーに入った拳銃、1つは鞘を被った軍刀。
 瑞科は、とりあえず会話に応じた。
「ストレス解消の機会をいただいて、感謝しておりますわ……牡犬さん」
「貴様……この私を愚弄する、それはすなわち偉大なる首領閣下を愚弄し奉る事となるのだぞ」
 隻眼の狼男が、凶暴に牙を剥く。
「その首領閣下に、御用があって参りましたの」
 瑞科は、微笑みを返した。
 端麗な唇で微笑み、青く鋭い瞳で睨み据えた。
「……子供たちを、返していただきますわ」