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<東京怪談ノベル(シングル)>


葬儀の執行者


 隻眼の狼男が、右手で腰の拳銃を抜いた。
 銃口が、侵入者たる武装審問官に向かって火を吹いた。
 白鳥瑞科は眼前で、聖なる杖をヒュンッと高速回転させた。いくつかの微かな手応えと共に、火花が散る。
 天使の杖が、銃弾を弾き飛ばしていた。
 右手で防御の形に杖を操りつつ、瑞科は左手を己の太股へと滑らせる。
 ガーターベルトの上から巻かれた、帯状のナイフホルダー。そこから短剣が1本、引き抜かれ投擲される。
 キラッ……と、光が飛んだ。
「ぬっ……」
 隻眼の狼男が、銃撃を止めて身を反らせ、短剣をかわす。
 その間、瑞科は踏み込んでいた。
 先端が天使の像となった、聖なる杖。それが、踏み込みと共に隻眼の狼男を襲う。
 戦闘員ならば撲殺していたであろう一撃が、しかしガギィンッ! と受け流された。
 隻眼の狼男が、左手で軍刀を抜いていた。
 その抜き打ちで受け流された瑞科の身体が、いくらか前のめりに泳ぐ。そこへ狼男が、拳銃を向ける。
 前のめりの姿勢を、瑞科は無理矢理に捻った。そうしながら左足を跳ね上げる。
 ロングブーツに包まれた美脚が、下から上へと一閃し、狼男の右手から拳銃を蹴り飛ばした。
 その左足を着地させつつ、瑞科は狼男に背を向けていた。
 聖なる杖を、後方へと突き込みながらだ。
 瑞科の背後で、隻眼の狼男がズンッと前屈みにへし曲がり、動きを止めた。
 その鳩尾の辺りに、突き込まれた杖がめり込んでいる。
 凶暴に牙を剥きながら、苦しげに呻きを漏らす、隻眼の狼男。
 ちらり、と彼の方を振り向きながら、瑞科は祈りを呟いた。
「神の、裁きを……」
 洞窟内に、雷鳴が轟いた。
 天使の杖が、目に見えるほどの放電を起こしていた。
 その電光が、杖から狼男の身体へと、激しく流し込まれる。
 バリバリと感電し、電熱に灼かれながら、隻眼の狼男は後退りをした。
「うぐっ……こ、これしき……」
 そこで、狼男の言葉は止まった。喉元に、短剣が突き刺さっていた。
 続いて眉間、そして心臓。隻眼の狼男の身体に、計3本の短剣が突き刺さる。
「いけませんわ……礼儀正しく首領閣下にお取り次ぎ願うつもりが、このような事になってしまいました」
 投擲に用いた左手をユラリと舞わせながら、瑞科は言った。
 もはやその言葉を聞く事もなく、隻眼の狼男は倒れ、動かなくなった。
「……もう、出て来ても大丈夫ですわよ」
 洞窟内の一角に、瑞科は声をかけた。
 躊躇う気配が、伝わって来る。
 やがて岩陰から、小さな人影が2つ、おずおずと姿を現した。
 子供だった。幼稚園児と思われる、男の子と女の子。着ている服はボロ布同然で、露わになった肌のあちこちには痛々しく血が滲んでいる。
 さらわれた子供たちが、どのような扱いを受けているのか、一見してわかる有り様である。
「……あ…………」
 女の子の方は、口もきけぬほど怯え震えている。男の子の方が、何か言葉を発しようとして、口をぱくぱくと動かしている。出て来るのは、しかし言葉にならぬ微かな声だけだ。
「大丈夫。何もおっしゃらないで」
 瑞科は微笑み、身を屈めて子供たちと目の高さを合わせ、そして両腕を広げた。
「あなたたちを、助けに参りましたわ……」
 優美にして力強い左右の細腕で、子供2人を抱き締めようとする瑞科。
 その動きが、凍り付いたように止まった。何かが、瑞科の動きを止めていた。
 子供たちから微かに感じ取る事が出来る、違和感、いや異物感……危険、と言ってもいいだろう。
 五感ではないもので、瑞科はそれを感知していた。
「神の、救いを……!」
 瑞科は、とっさに祈りを口にした。
 抱擁のために広げられた両腕の間で、パチッ……と微かな電光が走った。
 その微弱な電撃が、小さな男の子と女の子を襲う。
 2人の子供が痛々しく痙攣し、倒れた。倒れた身体を、瑞科は今度こそ抱き止めた。
 しなやかな細腕と豊かな胸の中で、男の子と女の子が意識を失っている。衰弱しきった身体を、辛うじて死に至らしめずに済んだ微弱な電流。それが、子供2人の身体の全てを一時的に麻痺させたのだ。
 意識も、肉体的機能も……そして、2人の体内に埋め込まれた時限装置をも。
「破壊と殺戮しか能のない、生ける兵器……と思っていたが」
 洞窟の奥から、何物かが歩み寄って来ていた。
 偉そうにマントを羽織った、大柄な男。そのマントの襟を押しのけて、獰猛な鮫の頭部が現れている。
「随分と器用な真似が出来るではないか、教会の者よ」
「お黙りなさい……」
 瑞科は低い声を発した。
 声が、身体が、怒りで震えた。
「いえ、一応は聞いておいて差し上げますわ……何故、このような事を?」
「知れた事、教育よ。次の時代を担う子供たちに、誰かがしっかりと教えておかねばならんのだ。他者を蹴落として生き延びる、という事をな」
 鮫男が言う。
「蹴落とされた者に、価値はない……爆弾を仕掛けて解き放ち、侵入者を始末する。そのくらいしか使い道がないのだよ」
「ありがとう、もう結構ですわ」
 瑞科は子供2人をそっと岩陰に横たえ、鮫男の方に向き直った。
「貴方がたを、この世から消し去らなければ……その思いが、より強固なものとなりました。感謝いたしますわ」
「我らを、この世から消す……? ふ、ふっふふふ、夢見る乙女というわけかッ!」
 鮫男が、突進して来た。大口が開き、凶悪な牙の列が剥き出しとなる。
 瑞科は、とっさに横へとかわした。
 直前まで武装審問官の細首があった辺りの空間で、鮫男の上下の牙がガチッ! と激しく噛み合わさる。
 それと同時にマントがはためき、太い腕が現れた。その手に、巨大なナイフが握られている。日本刀くらいなら叩き折ってしまいそうな、大型の刃である。
 それが、横へ回り込んだ武装審問官を襲う。
 かわしながら、瑞科は杖を鮫男の腕に当て、回転させた。
 ナイフを握る太い腕が、杖の回転に巻き込まれていた。
 肘関節の砕ける、凄惨な男が響いた。
「ぐっ! ぎゃあああああああああっ!」
 鮫男の悲鳴が、洞窟内におぞましく反響する。
 杖で相手の腕を極めたまま、瑞科は片足を離陸させた。むっちりと瑞々しく強靭な太股が、跳ね上がる。
 膝蹴りが、鮫男の巨体にめり込んだ。おぞましい悲鳴が、呼吸と共に詰まって止まる。
 息を詰まらせて倒れゆく鮫男に、瑞科は聖なる杖を思いきり叩き込んだ。
 グシャッ……と、したたかな粉砕の感触が伝わって来る。
 痙攣する鮫男の屍を、片足で踏み付けながら、瑞科は子供たちの方を見た。
 男の子も女の子も、衰弱しきったまま意識を失っている。
 2人の身体に埋め込まれた時限爆弾を除去するには、教会の医療スタッフの力が必要だ。
「邪悪な方々に、聖なる葬儀を……そのつもりで参りましたけれども」
 救護班の出動を要請すべく携帯通信機を取り出しながら、瑞科は重く低く呻いた。
 怒りが、止まらなかった。
「……盛大なお葬式に、なりそうですわね」