コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


神の教えの体現者


 死屍累々、と言うべき有り様である。
 洞窟の奥深く。様々な機械類が据え付けられ、半ば要塞と化した、岩の大広間。
 その至る所に、黒衣の戦闘員たちが倒れ、投げ出され、ぶちまけられていた。
「さあ、お弔いの時間ですわ」
 言葉に合わせ、白皙の美貌が不敵に微笑んだ。
 鋭利なほど優美に強靭に鍛え込まれた五指が、聖なる杖を軽やかに握り操る。
 その杖がブゥンッ! と空気を裂いた。
 頭蓋の潰れる凄惨な音を響かせて、戦闘員が1人また1人と、岩肌の上に倒れ伏す。
 まだ何人か生き残っている戦闘員たちが、刀剣のような大型ナイフを構えながらも、じりじりと包囲を広げて行く。全員、明らかに怯んでいる。
 先端が天使の像となった、聖なる杖。それを彼らに向けながら、白鳥瑞科は言い放った。
「神の御名のもと……盛大なお葬式に、いたしましょう」
 そんな言葉に、戦闘員たちは激しい奇声で応えた。悲鳴か、雄叫びか。
 やけくそ気味に闘志を奮い立たせ、全方向から瑞科を襲う戦闘員の群れ。何本もの大型ナイフが、武装審問官1人に向かって突き込まれ、振り下ろされる。
 その襲撃の真っただ中で、瑞科は身を翻した。艶やかな茶色の髪がフワリと舞い、短めのマントが優雅にはためく。凹凸のくっきりとした胴体が、柔らかく捻れながらナイフをかわしてゆく。
 その回避と同時に、聖なる杖が豪快に唸って弧を描いた。
 ぐしゃっ、ドグッ! と殴打・粉砕の手応えが伝わって来る。瑞科は、しっかりと握り締めた。
 殴り飛ばされた戦闘員たちが、周囲の機械類に激突して火花を散らす。
 感心にも杖の一撃をかわし、低い姿勢からナイフを突き込んで来た戦闘員がいる。
 瑞科は、左脚を跳ね上げていた。格好良く膨らみ締まった太股が、黒のプリーツスカートを押しのける。膝が伸び、ロングブーツを履いた脛と足首が一閃する。
 ジャックナイフが開く様にも似た蹴りが、その戦闘員を打ち据えていた。
 蹴りを終えた左足が、倒れた戦闘員の側頭部を踏み付ける。
 こめかみの辺りを、ロングブーツの踵で粉砕する。その感触を踏み締めながら、瑞科は大広間の一角を見据えた。青い瞳で眼光を放ち、射すくめた。
 この組織の幹部の、恐らくは最後の1人をだ。
「うぬっ、教会の小娘が……!」
 毒牙を生やした口が、虚勢の言葉を吐く。
 姿は、人型の爬虫類。右手は、蛇の尻尾そのものの形をした鞭である。
 その鞭が、瑞科を襲った。
「神とは、すなわち我らが首領! それを知らずに神の教えを語る愚か者どもが!」
 音速で空気を切り裂く、その一撃を、瑞科は杖で受けた。蛇のような鞭がビシビシッと幾重にも、杖に巻き付いてくる。
 そして、すぐにほどけた。瑞科の右手から杖をもぎ取る寸前だった鞭が、力を失って弱々しく垂れ下がる。
 蛇男の眉間に、電光を帯びた短剣が深々と突き刺さっていた。
「神の教えとは、語るものではありませんわ」
 投擲に用いた左手を揺らめかせながら、瑞科は言った。
「無言で実行するもの……このように、ね」
 もはや応える事も出来ず、蛇男は倒れ、動かなくなった。
 動く者は、いなくなった。死の静寂が、洞窟内を支配している。
 その静寂の中から、声が聞こえて来た。
「神の教えとは、語らずに実行するもの……なるほど、素晴らしい考え方だ」
 瑞科は見回した。姿は見えない、気配もない。ただ、声だけが聞こえる。
「戦う者として、ある境地に達してしまっているようだな。揺るぎなき殺戮者よ……お前のような者の手によって、腐りきった世の中は腐ったまま維持されてしまう」
「それが許せないとおっしゃるなら、わたくしの命を奪ってごらんなさいな」
 瑞科は言った。
「腐った世の中を立て直すために、世界征服をなさりたいのでしょう? わたくしの心臓が動いているうちは、絶対に無理ですわよ」
「……良かろう。この場における勝利は、お前に譲るしかなさそうだ」
 何らかの通信機能だ、と瑞科は判断した。声の主は、すでにこの場にはいない。
 幹部3名と戦闘員たちを、トカゲの尻尾の如く切り捨て、逃げ去ってしまったのだ。
「私には、お前と戦えるような力はない。だが、お前にも、私を止める力などありはせぬ」
「確かに……戦わず逃げてしまうような方をお止めするのは、難しいですわね」
「直接の戦いでお前に勝てる者など、そうはおらん。そして、お前には直接の戦いしか出来ない」
 声が、次第に薄れてゆく。
「覚えておけるようなら覚えておくがいい、教会の殺戮機械よ……この世界は、征服される方向へと進んでゆく。誰もが、征服される事を望んでいる。圧倒的な支配を、求めている……この腐りきった世の破壊と改革を、誰もが願っているのだ……この流れを止める事など、お前ごときに出来はせん……」
 負け惜しみの戯言を聞いている場合ではない、と瑞科は思った。
 捕われた子供たちを、探さなければならない。


「任務完了、というわけだな。御苦労だった、シスター瑞科」
 神父が、にこやかに誉めてくれる。
 だが瑞科としては、胸を張って任務達成報告が出来るような気持ちではなかった。
「……首領という方を、取り逃がしてしまいましたわ」
「子供たちは全員、助かったのだ。それで良いではないか」
 確かに、子供たちの救出には成功した。
 爆弾を埋め込まれた子供、そうでなくとも心身共に疲弊しきった子供……皆、今は教会の医療班に任せておくしかない。
「負け惜しみの達者な方でしたわ」
 瑞科は苦笑した。
「逃げながら、臆面もなく理想を口にする……そのくらいでなければ、組織の首領など務まらないのかも知れませんわね」
「臆面もなく逃げる相手というのは、厄介だぞ」
 神父が言った。
「君は、立ち向かって来る敵を倒す事に関しては教会随一だがな……逃げ回って陰謀を巡らせる相手を根絶するのは、誰にとっても至難の業だ。まあ、その陰謀を根気よく叩き潰してゆくしかあるまい」
 実はあの首領の正体が、この神父であったりしたら、いくらかドラマチックではある。
 瑞科はふと、そんな事を思ってしまった。