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The beginning of revenge.
その日、東京のとある町を二分する勢力を持つ極道・鳥井組は、一見して平穏な朝を迎えた。
親父と組員から呼び親しまれる組長の鳥井・忠道や他の幹部が夜半、何やら血相を変えて慌しく出て行ったのは、その時起きていた組員はもちろん、眠っていた組員もすでに知っている。だが未だ彼らに詳細は知らされて居らず、どうしようもない、というのが実際の所だった。
食堂代わりの広間に集まって、いつも何かしらの番組を流しているテレビの前で朝ごはんを食べながら、だから自然と組員達の話題はその、出て行ったきり戻らない忠道達の事になる。
「シマん中でまた何かあったんじゃねぇのか? ほら、例の‥‥」
「ばっか、それは兄貴が親父には口止めしてっだろ」
「でも若頭は昨日、夜番で出てったきりじゃけぇ」
「そういやそうだな。アニキも戻って来れねぇってこたぁ、デカい花火でも上がったか?」
そんな話をしながらも、そこはかとなく感じる、不安。だが何が解るわけでもない彼らに出来る事はただ、いつも通りに動き、何かあった時に対処出来るようにしておくだけだ。
だからいつも通りにわいわいと、今日の飯は不味いだの美味いだの、味噌汁の出汁加減が、焼き鮭が塩辛過ぎるんじゃないか、そこの醤油取ってくれ、馬鹿そりゃ俺の玉子焼きだ取んな、などと話しながら、食事をする。そんな食卓に流れるのはいつもと同じ、朝のニュース番組だ。
この番組のニュースキャスターは、朝からこんな肉感的な美女を出しても良いのか、と逆に心配になってしまうほど、非常にグラマラスで魅惑的な、写真集なども出している美人キャスターである。組員の中にも、彼女の写真集を持っている者が居るとか居ないとか。
そんな美人キャスターはもちろん、そんな視聴者の事など知るはずもなくいつも通り、テレビの中からテレビのこちら側に、淡々と今朝のニュースを読み上げていた。
『それでは次のニュースです。昨夜未明、〜〜の繁華街で発砲事件がありました』
「‥‥‥ッ!?」
その言葉に、賑やかだった朝食の席が俄かに静まり返り、組員達の動きがぴたりと止まった。告げられた町名は、彼ら鳥井組のシマだ。
慌しく出て行った忠道達、戻らない若頭。彼らが兄貴と呼び慕う辰川・幸輔はそう言えば、その繁華街の夜番だったのではなかったか。
再び湧き上がってくる不安を裏付けるように、テレビ画面には彼らの見知った繁華街が映し出された。――そうして何かの遺影の様に浮かぶ、幸輔の写真も。
『被害者は付近の暴力団・鳥井組の若頭である辰川・幸輔さん36歳。辰川さんは銃弾に撃たれて意識を失っている所を付近の住民に発見され、すぐに救急病院に搬送されましたが、失血多量により死亡が確認されました』
「な‥‥ッ!?」
『現場の周辺では、辰川さんと一緒に居たと見られる鳥井組の構成員も車にはねられ、意識不明の重体となっています。こちらも被弾している事から、警察では辰川さん達が何らかのトラブルに巻き込まれたものと見て捜査を進めています。それでは次のニュースです――』
淡々と読み上げるキャスターの口調は変わらず、次はどこだかの幼稚園児達が老人福祉施設に行って、楽器の演奏会をしたという微笑ましいニュースを読みあげていた。だがその言葉はすでに、組員達の耳には入って居ない。
何かの間違いだと思って、けれども慌しく出て行ったきり戻ってこない忠道達を思い出す。ニュース自体は極道の世界では珍しい事ではないし、いつもならドジ踏みやがってと笑い話にしたり、或いはそれすらなくふぅん、と聞き流してしまう程度のものだが、冗談にしても趣味が悪過ぎた。
「若頭‥‥まさか、本当に‥‥?」
「あほぅ! 兄貴がそんな訳あるかい! 誤報に決まってんだろが!」
呆然と呟いた誰かの言葉を、別の誰かが鋭く叱り飛ばす。だがその当人ですら、顔色が青褪めているのは否定出来ない。
いつしか本部の周りには、カメラやマイクを構えたメディアが集まっていた。それでも、それが間違いであって欲しいと、親父達はシマの中のトラブルで戻って来れないだけなのだと、信じたかった。
●
鳥井組の本部は、繁華街の郊外に佇む広大な屋敷だ。周囲は忠道の自慢である見事な日本庭園が広がっていて、屋敷には構成員が多く寝泊まりしている。
普段、この屋敷から聞こえてくる声は、極道本部というイメージからはひどくかけ離れた、明るい雰囲気の物ばかりだ。だが数日前の一報以来、この屋敷を覆いつくすのはただ悲しみだけであり、かつての雰囲気が嘘のように、不気味な静寂を纏わりつかせている。
――幸輔の遺体は検死の後に、この屋敷へ無言の帰宅を遂げた。それから忠道を喪主として通夜が営まれ、翌日には葬儀が執り行われ――男泣きに泣く組員達に見送られ、忠道や幹部達に付き添われて出棺した幸輔は、数時間後に火葬も終えて、ちっぽけな白木の箱に収まった。
その白木の箱の前で、幸輔の遺影の前で、兄貴とまた組員達が、泣く。一体なぜと、何があったと、帰ってきてくれと号泣する。
ふいに、そんな涙に暮れる男たちの上に、声がかけられた。
「おい。親父が呼んでる」
だから広間に集まれと、呼びに来たのは幹部の1人である。彼の目に涙はないが、組員達を見る眼差しは赤く泣き腫らしていて。
それにまた、涙が込み上げてくる。そうして啜り泣きながらやって来た組員達を、広間で待っていた忠道は、いつになく険しい顔で睨み据えた。
その目に、涙はない。ただ強い感情が、ある。
「お前ら! 今、俺達がやらなきゃならねぇ事は何だ!」
そうして開口一番一喝した、言葉に組員達が戸惑った様に顔を見合わせた。今、やらなければならない事。非業の死を遂げた幸輔を弔って、弔って――それから?
チッ、と忠道が小さく、苛立たしげに舌打ちした。ぐるりと組員達を、彼の『息子』達を見回して、頬を打つような大音声で、叱咤する。
「俺の息子を! お前らの兄貴を殺した野郎に、ケジメを取らせる事じゃねぇのか!?」
「‥‥‥ッ!」
「泣くのも怒るのも後にしろ!! それが俺達にできるあいつへの手向けだ! 違うか!!」
忠道の言葉に、組員達ははっと目を見開いた。そうして、そうだ、親父の言う通りだ、と頷き合う。
幸輔のタマを取った人間は、この数日の捜査でもまだ見つかっていなかった。ならば彼らの代わりに――否、彼らよりも早くそいつを見つけて、この手で必ず幸輔の仇を取らなければ、ケジメをつけさせなければ、死んだ幸輔も浮かばれない。
組員達の眼差しに、光が戻った。啜り泣き、失われていた気力を取り戻した赤い瞳で、必ず、と誓い合う。
その光景に、よし、と大きく頷いた忠道は、誰にも何も告げずにそっと、広間を出た。気付いた幹部がそれを見て、静かに黙礼した。
●
自室へと戻った忠道は、大きな、大きなため息を吐いた。窓から見える日本庭園の景色から、煩わしそうに眼差しを背けると、棚から湯呑み茶碗と一升瓶を取り出して、とくとくと日本酒を注ぐ。
ぐびり、一気に煽った酒は冷たかった。それは忠道の喉を通り過ぎ、零れ落ちた胃壁を焼くが、今の気分にはちょうど良い。
あっという間に飲み干して、空になった湯呑みに酒を注ぐ。注いではまた、ぐびり、ぐびり、湯呑みの酒を一人呑みながら、事件のあった夜の事を思い出す。
(お前ェ、どんな面して出てったっけなァ‥‥)
いつも通り、行ってきやすと忠道に声をかけて、若いのを連れて夜の見回りへと出て行った幸輔。自分は確か、おう、とか、ああ、とか相槌を打っただけで、あっさりと送り出したのだったと、思う。
その時、幸輔がどんな顔で出て行ったのか。こうなる事を予感していたのか、それともいつもと変わらない夜だと信じていたのか――それすら、判らない。思い出せない。
忠道にとっては、それはあまりにもいつも通りの出来事で、だからまさかそれが最後になるなんて、笑える事に思いつきもしなかったのだ。極道なんて生業、いつ何がどうなるとも知れない事ぐらい、解りきっていたはずなのに――不覚にも。
ぐびり、また酒を湯呑みに注いで、水のように煽る。喉を通り過ぎる液体は、けれども忠道にほんの僅かの酔いすらももたらさない。
――組員から、シマで最近起こっているトラブルについて、幸輔がほぼ一人で調べていた事を、聞いた。あれは通夜の後だったか、それともその前だったか。
寝耳に水の出来事。『兄貴が親父には黙ってろって』、忠道にそれを教えてくれた組員が、申し訳なさそうにそう付け加えたのに、ああ、と頷いたのは朧気に覚えている。
その時、忠道の胸を占めていたのは、腹立ち。初めてその事実を知った事に、何よりそうやって知らされるまで幸輔の変化に何も気付かなかった己の不甲斐なさに。
そうして、何より‥‥
「‥‥‥ッ!」
――バキ‥‥ィッ!!
ギリ、と歯軋りをして、手にしていた湯呑を握り潰す。握り締めた拳の間から湯飲みの破片と、酒の雫がぽたぽた零れ落ち、少しして後を追う様にぱたぱたと赤い血が滴り落ちて忠道の衣服や床を汚したが、痛みは少しも感じない。
今の忠道は、痛みなどよりも強い感情に支配されていた。――幸輔を殺した『誰か』への、ともすれば心の堰を切って溢れ出しそうになる、強い怒りに。
(俺の息子を誰が殺った‥‥ッ!)
それさえ判れば今すぐにでも駆けて行って、有無を言わせず八つ裂きにしてやりたかった。理由などどうでも良い。ただ、そいつが幸輔を殺した、それだけで十分だ。
幸輔の分も、死ぬより苦しい目に合わせてやり、八つ裂きに死、その血を撒き散らす。ただただそれしか考えられない今の自分には、日頃の信条としている仁義などどこにもない事も、判っている。
それでも――何としても、と。怒りに狂いそうになる自分自身を抑え、正気を保つ事に、今の忠道は精一杯で。
はッ、と短く笑う。
「『泣くのも怒るのも後にしろ』な‥‥ざまァねェ」
組員への激励は、己自身に対してでもあった。彼の自慢の『息子』は、幸輔はきっと、そんな事望んじゃいないだろうに――そう判っていても、湧き上がってくる怒りを、悲しみを抑えられないのは、忠道も一緒なのだ。
胸を満たすのは、怒り。悲しみ。ありとあらゆる種類の、どす黒い感情。
それにまた乾いた笑いを浮かべ、忠道は握った手を開いて湯呑みの欠片を床へ落とした。そうして手当もする事なく、いつもの様に窓の外を見る。
自慢の日本庭園は、いつも通りに日の光を浴びて輝き、その素晴らしさを誇っていた。けれども今の忠道には、それが綺麗だと思えなかった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
8543 / 鳥井・忠道 / 男 / 68 / 鳥井組・三代目組長
8542 / 辰川・幸輔 / 男 / 36 / 極道一家「鳥井組」若頭
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
組長さんと鳥井組の皆さまの、怒りと悲しみに満ちた物語、如何でしたでしょうか。
真面目でシリアスな話なのに、なぜかまた美人キャスターが出てきてしまいまして、本当にお詫びのしようもございません‥‥(全力土下座
精一杯、お心に沿うように表現させて頂いたつもりですが‥‥至らない所がありましたら、ご遠慮なくお申し付け下さいませ。
組長さん達のイメージ通りの、新たな始まりを告げるノベルになっていれば良いのですけれども。
それでは、これにて失礼致します(深々と
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