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Magical Jewelry.
魔法薬屋の店主であるシリューナ・リュクテイアには、様々な知人が居る。その内容は、日ごろのご近所付き合いといったものから、仕事上の知り合いまで。老若男女、種族も何もかもバラバラの、まさに彼女が扱う魔法薬の如きバラエティーに富んだ、そんな相手だ。
今日、シリューナが訪ねて行ったのも、そんな知人の1人だ。なかなか目を見張るような豪邸に住んでいて、妖しげな魔法の宝石類を色々コレクションしている女性である。
おまけに彼女は、コレクションだけではなく、自ら魔力を込めた宝石を作り出すクリエイターでもあった。となればそういった意味でも、シリューナが懇意にするのは当たり前の事で。
「それで、どんな方なんですか、お姉さま?」
いつも好奇心旺盛な弟子のファルス・ティレイラが、そんな知人の所を訪ねて行くというシリューナに、ついて行きたがらない訳がなかった。だから今日はティレも一緒に知人宅へと向かう道すがら、そう尋ねられてシリューナは「そうねぇ」と秀麗な顔を少し、傾ける。
それは、知人を説明する言葉を探しているというよりは、キラキラと好奇心いっぱいに見上げて来るティレの可愛らしさに、うっとりとしていたからだ。どんな時でも可愛いティレは、こうしてまっすぐに輝く眼差しで、シリューナの答をわくわく待っている時でももちろん、可愛い。
だから充分に焦らして、可愛らしいティレをたっぷり堪能する。そうして満足してから、シリューナはこれから訪ねていく女性の事を、ティレに教えてあげた。
「簡単に言えば、私と趣味が良く似ている女性、かしら」
「お姉さまと趣味が似ている、ですか‥‥?」
そう言ったシリューナの言葉に、言われたティレはこっくり首を傾げ、何だかますます謎めいたような気がするシリューナの知人の女性とやらに、色々と想像を巡らせる。シリューナと趣味が似ているという事は、その人もやっぱり誰かを彫像にしてたりするんだろうか、とか。
考え出すと何だか複雑な気分になって、ティレはぷるぷると頭を振り、早々にその考えを放棄した。そうしてまだ見ぬ豪邸と、そこに集められているという魔法の宝石に思いを馳せる。
一体どんな宝石が集められて居るのだろう。ティレとてシリューナに師事をしているのだから、魔法には興味がある。
だから色々と想像を巡らせる、ティレの横顔を見てシリューナは、小さく微笑んだのだった。
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訪れたシリューナとティレを、豪邸の主である女性は朗らかな、親しみのこもった笑顔で出迎えた。
「まぁ、まぁ、シリューナ。待ってましたよ」
「お邪魔するわね。良い宝石は入ったかしら」
「あら、私が貴女を招くのに、それを用意していない訳がないじゃありませんか、シリューナ。そして、こちらはティレイラね。シリューナの可愛いお気に入り。お会いしたかったわ」
「あ、あの‥‥初めまして」
一見すると、どこか怜悧な印象のある美貌のシリューナとは、ずいぶん掛け離れた印象のあるおおらかな女性に、ティレは少しどぎまぎしながら挨拶をする。そんな彼女の手を優しく握って、「ぜひ仲良くして頂戴ね」と包み込むように微笑んだ彼女は、やっぱりティレの敬愛するお姉さまとは違うようで。
彼女は2人を品の良い、けれどもとんでもなく高価な物だと解る調度で整えられた応接室へ案内すると、手づから香りの良いお茶をいれてくれた。それだけでも緊張してしまうティレとは違って、しょっちゅう足を運んでいるシリューナは慣れたものだ。
堂々としているシリューナに、さすがお姉さま、と感動しながら出されたお茶を一口、飲む。――とんでもなく美味しい。ついでに出されたお茶菓子を食べたら、これがまたこの上なく美味しい。
アルコールなど入っていないはずなのに、その優雅な雰囲気だけですっかり酔ってしまいそうなティレである。そんなティレのすべすべの髪を弄ぶように撫でてから、シリューナは女性へと向き直った。
「それで、お願いしていた宝石はどれかしら?」
「あぁ、シリューナ、ちょっと待っていてくださいね。すぐに取ってきますから」
「えぇ‥‥いいえ、せっかくだから一緒に行くわ。ティレにもあの部屋を見せてみたいし――貴女が構わなければだけど」
「もちろん、構いませんよ。貴女の可愛い人は、私の可愛い人ですもの」
「お姉さま‥‥?」
「良いものよ。楽しみにしてらっしゃい」
くす、と笑ったシリューナに、ポッと頬を染めながらこくこくティレは頷く。シリューナが良いものだというのなら、それはきっと良いものなのに違いない。
そんな2人を微笑ましく見つめながら、女性はとんでもなく広い豪邸の中を、先に立って歩き出した。当たり前のように続いて歩き出すシリューナの背中を、慌ててティレは追い掛ける。
こんなに広い豪邸では、1人で放り出されたらティレはすぐにでも迷子になってしまいそうだ。そうなったらきっとシリューナが探してくれるだろうけれども、そういう部分では今一信用しきれないのがこのお姉さまでもある。
故に必死でついて歩いていくと、やがて、先ほどの応接室と同じくらい大きな部屋にたどり着いた。「ここよ」と優しく微笑んだ女性が、ティレの手を引いてくれる。
そうして一歩、足を踏み入れた途端にティレは、うわぁ、と感嘆の声を上げた。
「宝石がいっぱい‥‥!」
「彼女のコレクションや、彼女が作った魔法の宝石よ。これから魔法をこめる石もあるわ」
ぽかん、と口を開けてキョロキョロ辺りを見回すティレに、シリューナはそう教えながら自らも、ゆっくりと部屋の中を見回す。あちらこちらに置かれた宝石は、無造作でありながら品良くそれぞれのあるべき場所に収まっていた。
少し、増えただろうか。以前に訪れた時には見なかった宝石を、1つ1つ眺めては出来栄えを確かめるシリューナに、知人が込めた魔力や、宝石類の説明をしてくれる。
「良い石ね」
「解ります? なかなか、良い出来だと思うんですよ。そうそう、シリューナ、貴女のために用意した石はこれですけれど‥‥アクセサリーも幾つか、見繕ったんです。別の部屋に置いてあるんですけれど、確かめて頂けます?」
「ええ、ぜひ。貴女の目の確かさは良く知っているけれども。――ティレ、しばらくここで待っててくれる?」
「はい、お姉さま」
「どれでも好きに見てね、ティレイラ。手にとっても良いのよ」
シリューナはいつも彼女に、魔法の効力を封じ込めて使用するにも、ただ眺めたり装身具として使用するにも便利な、綺麗な宝石類を頼んで、譲ってもらっていた。だから彼女の申し出に快く頷いて、ティレにそう言い置き部屋を後にする。
そんなシリューナを見送って、ティレはまた目の前の、様々に美しい宝石に視線を戻した。手に取っても良い、という女性の言葉に甘えて恐る恐る、時には大胆に、色とりどりに輝く石へと手を伸ばす。
そのうち、ただ見ているだけではつまらなくなって、ティレは軽く魔力を篭めてみはじめた。
「これは‥‥わッ、幻覚が見えた? こっちは‥‥ひゃッ、変身した!?」
そうして宝石がもたらす効果に、驚いたり、わたわたしたりしながら、興味津々に次から次へと見て回る。いつしか不思議な魔法の宝石に、すっかり夢中になりながら。
●
ちょっと休憩するわ、と知人が席を外したのは、シリューナ達が場所を移して再び談笑を始めてから、しばらく経ってからの事だった。その間、ずっとティレが姿を見せなかった事に、気付いてシリューナはティレのいる部屋へと向かう。
また何か、トラブルを引き起こしては居ないだろうか。引き起こしていたら、それはそれでシリューナにとっては、楽しみが1つ増えるだけでもあるのだけれども――何しろ、困っているティレもたいそうに可愛らしいのだから。
そんな事を考えながら、ひょい、と顔を出してみると、けれども特に何かが起こった様子はなかった。ティレはうきうきと楽しそうに、色んな魔法の宝石を眺めているだけだ。
ちょっと残念に思いながら、シリューナはそんなティレに声をかけた。
「ティレ。どれか、気に入ったのはあった?」
「ぁ、お姉さま! これ見てください、すごいですよね!」
するとティレイラは、まるで本物の木を模したような宝石の装飾を持ってきて、ほら、とシリューナに見せる。それは確かに素晴らしい出来栄えだったけれども、幾度も足を運んだシリューナにも、一度も見た記憶がない。
一体この部屋の何処にあったのだろう、とシリューナは形の良い眉をそっと顰め、首をかしげた。そんなシリューナに気付いていたものか、ティレはその宝石に魔力を篭め始める。
「ティレ?」
「色々と試してみてるんです。綺麗な景色が見えたり、チョウチョになったり、楽しいんですよ」
思わず声をかけたシリューナに、ティレは無邪気にそう笑って、ますます宝石に魔力を籠めた。どうやら他の宝石も、色々と試してみたらしい。
仕方のない子ね、と苦笑して、シリューナはティレの手元の宝石に眼差しを注ぐ。相変わらず好奇心旺盛のティレは、それでしょっちゅう失敗することを失敗するまで忘れているうっかりさんでもあって、そんなところもまた可愛いのだ。
何かあっても、自分が居れば対処出来るだろう。ティレの魔力でも発動する程度のものならそう問題はないだろうし――
そう、考えていたシリューナの目の前で、突然ティレの手の中の宝石が眩く光り出した。と同時に、宝石自身がどろりと溶けてしまったのではないかと錯覚するような琥珀色の液体が噴出して、生き物のように蠢き始める。
「きゃ‥‥ッ!?」
ティレが悲鳴を上げて、宝石を放り出した。けれども琥珀色の液体の噴出は止まらず、むしろこの部屋中に置かれている、魔力が籠められた宝石類を包み込むように蠢き、張り付き始めたではないか。
それは、宝石だけに留まらなかった。全てを飲み込みつくした液体は、さらなる魔力を求めるかのように、ティレイラやシリューナの全身にも纏わりついてくる。
「お、お姉さまぁ‥‥ッ!」
「ティレ‥‥ッ」
ティレは慌てて声を上げ、敬愛するシリューナへと助けを求めようとした。けれどもその声はまるで水中に居るかのようにくぐもり、上手く発することが出来ず、答えるシリューナの声も同じような具合だ。
その間にもティレが発してる魔力を吸収するように、纏わりついた琥珀色の液体は、指先からどんどんと凝固していった。それは見る見るうちに腕へと広がり、ゆっくりと、だが着実にティレの全身を琥珀色の塊へと変化させていく。
「この‥‥ッ」
それはシリューナに絡みつく液体も、変わらない。何とかこの宝石を止めようと魔力を集中するのだが、そうすればするほどに、全身に纏わりついた液体が魔力を吸い上げるように凝固して、シリューナの肢体を絡め取っていくのだ。
とはいえ限界はあるはずである。元の宝石の大きさや、宝石自身の許容量にも寄るけれども、無限に魔力を吸い込み続けられるマジックアイテムなど、そうそう転がっているはずもない。
だからその限界を超えた魔力を篭めれば――そう考えたものの、シリューナの発する魔力もまた琥珀は端から吸い上げていく。少しずつ、全身が動かなくなっていく。
(もう‥‥ダメ‥‥ッ!?)
限界が、見えた気がした。そう思った次の瞬間には、シリューナもまた琥珀色の塊に閉じ込められ、ピクリとも身動きが取れなくなっていたのだった。
●
「シリューナ、ティレイラ。何かありました?」
この屋敷の主たる女性は、自身の休憩を終え、部屋で待っていても戻ってこない知人とその愛弟子の姿を求め、魔法の宝石を陳列している部屋へと足を向けた。恐らくシリューナは、ティレの様子を見に行ったのだろう、と考えたのだ。
けれども部屋に足を踏み入れた瞬間、広がっていた光景に女性は『まぁ』と目を見張る。それは琥珀の森に迷い込んだような、それはそれは幻想的な光景だったのだ。
木の幹のように立つ幾つもの琥珀色の柱。その中には2つの大きな琥珀の彫像が転がっている。
「あらあら、まぁまぁ‥‥シリューナに、ティレイラじゃありませんか」
その彫像の顔を覗き込み、女性は純粋な驚きに目を見張って、探していた知人達の変わり果てた姿を見つめた。けれども、慌てふためいた様子はどこにもない。
彼女にははっきりと、この事態を引き起こしたのが先日手に入れた、樹木を模した珍しい魔法の宝石の効果だろう、と言う事が解っていた。実際に使ったことはまだなかったけれども、そう言う効果を齎す宝石だと言うことは、売人から聞いていたのだ。
だから彼女はうっとりと、琥珀の部屋を眺めながら呟いた。
「なんて素敵な魔力なんでしょう‥‥♪」
そうしてまるで恋する乙女のように宝石に篭められた魔力に思いを馳せ、それはどんな光景だったのだろう、どんな魔法だったのだろう、と己の中の想像の世界へと羽ばたき始める。――つまる所、シリューナと趣味が似ている、というのはこういう部分なのだった。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15 / 配達屋さん(なんでも屋さん)
3785 / シリューナ・リュクテイア / 女 / 212 / 魔法薬屋
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けがすっかり遅くなってしまい、申し訳ございません;
お嬢様達の、魔法の宝石から始まるトラブル物語、如何でしたでしょうか。
今回はお師匠様の方まで巻き込まれてしまうとは‥‥お弟子さんのトラブルメーカー度は凄まじいのですね(ぇ
そして知人女性がなぜか面白い事になってしまいまして、本当に申し訳ございません‥‥(遠い目←
お嬢様達のイメージ通りの、琥珀に彩られたノベルになっていれば良いのですけれども。
それでは、これにて失礼致します(深々と
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