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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −refrain−





 思い出してしまった。あの時の思い。
 やっと分かった。
 自分は誰かを想ってはいけない。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい―――
 訪れる後悔と懺悔。
 広げた手は血色に染まっているのだ。
 あのころは知らなかった。
 大好きだった。
 だから、あの日、自分はこの手であなたを、大切な人を―――殺してしまった。






 好き。なのだろう。
 ただそれは、あの時の彼に対する好きではなく、友達として彼女の――セレシュ・ウィーラーの事を、好きになり始めている。
 それを自覚した時、セシルの中で何かが弾ける様に熱くうねり出す。
 癒えたはずの傷が、何故だがじくじくと熱くなり始めているかのような錯覚。
 セシルは腹部を押さえ、その場に座り込んだ。
 折角人に戻ることが出来たのに、無意識に、そして自然に、セシルの髪が銀色に染まっていく。それに伴い瞳の色も赤く変化していくが、暴走してしまったときの様な獣の瞳のように全体が赤いものではない。
 吸血鬼としての力を使う時にだけ変化する、姿。
「やっぱり、染み抜きしても血は落ちへんかったんやけど――」
 部屋に入りがてら、どうする? と、続けようとした言葉が止まり、目の前の光景にセレシュは瞳を大きくしてセシルに駆け寄る。
「どないしたん! 神父が近くにおるんか!?」
 セシルが不用意に吸血鬼に姿になりたがらないと言う事は重々承知しているため、何かしら不測の事態が起きたのではないかとセレシュは警戒するように辺りを見回す。
「……違うわ…」
「なら、なして……?」
 セシルにだってその理由は分からない。さらりと頬にたれた髪が銀色の理由も、体の底から湧きあがる熱さも。
 違う―――
 分からないなんて、嘘。本当は痛いほど分かっている。それを自覚して、セシルはただぎゅっと唇をかむ。
 やはり、自分は他人と関わるべきではなかった。
 表面上はそう思っていても、心の奥底では無意識に人恋しいと感じていたが故に、突き放すことも、ここから去ることも出来なかったのだろう。
「戻らないの!」
 叫びながら顔を上げたセシルの瞳に溜まる涙に、セレシュはぐっと息を呑み、傍らに駆け寄る。
「わ…私、もう、人に戻れないの…!?」
「そんなわけないやろ! しっかりし!」
 人でありたいと、人なのだと、まるで自分に言い聞かせるように告げていたセシル。けれど、どこかで吸血鬼であることに諦めていた部分もあったのだろう。
 セレシュは安心させるようにセシルを抱きしめ、まるで子供をあやすようにポンポンと背中を軽く叩く。
「ほんま、どないしたんや…?」
 ある種の不安と恐怖に頭を抱えるセシル。
「分から――……」
 思わず口から出そうになった言葉をぐっと押さえ、セレシュをそっと押し戻す。
 分からないのではない。分かりたくないのだ。けれど――
「……さよ、なら…」
 セシルはばっと立ち上がり、窓を開けると軽く膝を折る。
「待ちっ…!!」
 余りにも突然の行動に、セレシュが伸ばした手は空を切り、窓に駆け寄るも、その姿はもう何処にも見当たらない。
「あないな状態で……ああ、もう!」
 吸血鬼としての身体能力をどこかで甘く見ていたのかもしれない。いや、本調子ではない状態しか知らなかったため、計り損ねたと言うべきなのだろうか。
 それでも、セレシュは家を飛び出す。
 今のさよならは、今までのさよならとは全然違う。
 あんなにも、小さく苦しそうに告げられた「さよなら」を放っておけるわけがない。
(セシル…! どこや!)
 地理的な有利はセレシュにある。
 どこかに隠れるとしたって、建物の中に入るという選択をするような少女ではないため、何処かの路地裏で蹲っているに違いない。
 たとえ一瞬で姿を消すほどの機動力を持ち合わせていても、何キロも一瞬で移動できるはずがない!
 セレシュはあえて人通りが無さそうな、薄暗い路地を選んで走る。
 どれだけ走ったか分からない。あれから、何分、何時間経ったのかも。
 そして、最初に出会った場所で、セシルは身を縮こませ肩を震わせていた。
 奥歯をかみ締め、セレシュはセシルに駆け寄ると、その腕をぐっと掴む。
「なん…で…?」
「あんな、一方的なさよなら、受け入れられるわけないやろ! 理由を言い!」
 掴まれた腕を振りほどき、セシルは眉根を寄せる。
「ダメなの! もう二度と、あんな事になりたくない…!!」
 そして、頭を抱え、指の隙間から銀の髪を振り乱しながら、首を大きく振って叫んだ。
「貴女を――セレシュを、殺したくない!」
 混乱してしまっているのか、周りがもう見えていないのか、セシルは独白のように叫び続ける。
「大好きだったの。私、彼のこと。でも、好きになっちゃいけなかった…!」
 セレシュの心のどこかが、やっかいやな…と、呟く。
 今までのように、生存本能的に血を求めていたのとは違う。吸血衝動が好意によって起こるものだとしたら――
「だって、私、貴女のこと…!!」

 タ―――ン!!

 セシルの額が打ち抜かれ、鮮血が飛ぶ。
「!!?」
 一瞬の出来事に呆然と瞳が見開かれるが、直ぐに我を取り戻すとセレシュは振り返り、叫んだ。
「何するんや!?」
 案の定、其処に悠然と立っていたのは、あの、神父。
「やっと……」
(…?)
 小さく呟かれた神父の声を最後まで聞き取ることが出来ず、セレシュは眉根を寄せる。
 血に染まった眼で、ゆらりと体を揺らしたセシルの額には、もう先ほどの傷は無い。口元だけを釣り上げるような笑顔は、何故だかぞっとするほどに冷たい。

「 」

「 」

「  」

 声を伴わない呟き。けれど、その唇の動きから、名を呼ばれたのだと理解する。
 次の瞬間、セシルの顔は目の前にあった。
(早っ…!?)
 セレシュは寸ででそこから繰り出された一撃のような手を交わすと、魔除けの力を目一杯働かせる。吸血鬼としての部分に少しでも効く事を期待して。
 ちらりと盗み見た神父は、何故だか何もしてこない。まさか、この状況を待っていたとでも言うのだろうか。
「このままでええんか、セシル!」
 暴走なのか、何なのか。声が届いてないというならば、確かに暴走なのだろう。
 もし、このままだったら、元に戻す方法が見つかるまで、石像として眠らせることも考えなくてはいけない。けれど、これは本当に最終手段。出来ればどころか、使わずに、元に戻って欲しい。
「セシル!!」

「    」

 セレシュの叫びに答えるように、セシルの唇が動く。けれど、そこから、声は出ない。
 神父が微笑む。
 そのまま受け止めるつもりで、セレシュはその場で構えた。
 セシルがそっと口を開け、地を蹴る。
 見えない速度ではない。
 が、その牙はセレシュに届くことなく黒いカソックに遮られた。
「な…!?」
 目の前の光景が信じられず、セレシュは言葉を発することが出来ない。
 セシルの牙は、神父の首筋に深々と突き刺さり、其処から溢れ出る血がカソックを染めようとも、元から黒い布ではその変化が見受けられず、辺りに鉄の匂いを漂わせる。
「か…庇って?」
 搾り出すように発したセレシュの疑問に、神父は掠れた声で答えた。
「……勘違い、するな…」
 ゆっくりとセシルの牙が神父から離れる。
 セシルという支えを無くした神父の体が、地面へと倒れ落ちた。
「あ、あぁ……」
 セシルの眼に、あの日の光景が重なる。
 あの時、こうして目の前に倒れていたのは、ヴァイクの弟であり、大好きだった彼。そして、ヴァイクは、血まみれになりながらも、彼を支えていた。
 なぜ、今、そのヴァイクが倒れているの?
「い…いやぁああああ!!」
 叫びと共に、セシルの瞳の色が人知れず戻っていく。
「セシル!」
 我に返ったセレシュは、泣き叫ぶセシルに駆け寄り、ぎゅっとその身を抱きしめた。
































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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −refrain−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 次で最後になります。これ以上言う事は特に無いかな、と、思います。
 それではまた、セレシュ様に出会えることを祈って……