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<東京怪談ノベル(シングル)>


取り残される恐怖

 東京湾。久遠の都の船が停泊している。機関室では顧問技師の鍵屋智子がビートラクティブの新種を焚いて試運転をしている。ビートラクティブ独特の香りか、新種だからこそ出る香りなのかは分からないが、室内はとてもいい香りに包まれている。その光景を見学中の綾鷹都は一瞬、閃光を見た。
「今何か光った?」
「そうかしら?私には見えなかったけれど?」
 気のせいか?と首をひねる都に智子が続ける。
「閃光なんて何かの見間違いか何かじゃないの?貴方この香りに酔ったのよ。ちょっと外の空気でも吸っていらっしゃい」
「う……うん。そうする」
 機関室からブリッジに出ると、ブリッジは大混乱中だった。船員を一人捕まえて話をきくと、なんでも月へ帰還予定の工作員が1人いないらしい。
「そんな!?」
その工作員なら都がちゃんと乗船許可を出して、のるときのチェックも都がしたはずだ。
「のってないなんて事ありえないわ。とりあえず船長に報告してくる」
 都は船長室に走った。
 船内はどこも忽然と消えた工作員の捜索で大混乱している。
 ブリッジで艦長は誰かと話をしていた。
「艦長!乗客が一人消えました」
「何?誰だ!」
「月帰還予定の工作員です」
 そう言って乗客名簿をパラパラとめくり該当のページを……見つけたはずだった。
「な……い?」
 アイウエオ順で並んでいる名簿にその人物は載っていなかった。
「君は私を馬鹿にしているのかね?そんなことに時間を割いている暇はないんだ。早く持ち場に戻りなさい!!」
「……失礼しました」
 唇を噛み締め、都はブリッジをあとにした。どうしても納得いかず、考えられる事、乗り遅れ、転落事故、誘拐、侵入者、狂言の可能性、全て調べた。しかし、そもそも客の個人情報自体が消えてる。
それはこの船に乗る予定の人間に該当者がいない。ということを示している。
「どういうこと?」
 あの乗客は確かに都が乗船許可を出して……
「あーもう。頭がこんがらがってきた」
 そう頭をかきむしりながら食堂に立ち寄ると、ちょうどお茶会をしているところだった。一息つこうかとお茶をいれに食堂の奥にある給湯室に向かう途中、給湯室が爆発した。壁さえなければ、爆風で船外へ吹き飛ばされるところだったが、背中を強く打ちはしたもののなんとかなった。
「痛っ……」
 そして惨状を見る。お湯をかぶり大やけどを負っている者、都同様壁に体をしたたか打ち付けてうずくまっている者。
 自分の背中の痛みよりも報告しなければと言う使命感に似た気持ちで全員の安否確認をすると、ブリッジに走った。
「艦長!」
「今度は何かね?」
「給湯室が爆発して……これが、負傷者のリストです」
「その名前は1つも載っていないが?」
 手元にあった乗客名簿を眺め、艦長がそう言う。
「そんなまさか!?ちゃんと見てください!!」
 そう言って都も名簿を覗き込む。しかし、誰の名前もなかった。
「納得したかね?」
「……」
「わかったら、持ち場に戻りなさい」
 何も言えなかった。工作員は消えたし、給湯室の事故も本当のことだ。必ず起きている。しかし、艦長にそれを説得する材料がない。被害者のデータは名簿から消えているのだから。最初からなかったかのように。
 自分だけでも、爆発の救護をしよう。そう思った都は食堂へと急いで戻った。
 しかし、そこで行われていたのは救護でもなんでもなく、お茶会だった。そこにいる乗客は何もなかったかのようにお茶を楽しんでいる。
「どういう……こと?」
 給湯室に近づく。そうすると、再び爆発が起こり、爆風で壁に打ち付けられた。そしてそこは惨状に変わる。
「またなの!?」
 再びブリッジに報告に行くが、そんな者は乗っているはずがないと、名簿を見せられる。当然名前は載っていない。
「君は疲れているんじゃないのか?仮眠室で少し休みなさい」
「……はい」
 失礼します。と頭を下げ、頭を上げた瞬間、目の前で艦長の姿が霧の様に消え、艦長の持っていた名簿がパタンと音を立てて落ちた。

 都内某所。探知機を携えた智子が骨董品を物色している。探しているのは船の瓶詰め模型だ。試験運転の際に、偶然、結界が発生してしまった。現在、船の瓶詰め模型に都が囚われている。その中は都自身が造った現実なのだが、乗客が徐々に消えていくという形で、結界は縮小し、最終的には瓶ごと消える。早く見つけて何かしらの手を打たなくては都も消えてしまう。
「あったわ」
 智子は結界に干渉し、なんとか突破口をみつけようとする。それが給湯室での爆発につながっているのだが、脱出するためには本人の自覚が不可欠。
「都……気がついて」
 船の瓶詰め模型を手に智子は空を見上げた。

 艦長の姿が目の前で消えた時、都が思ったのは、この船の乗客はあと何人残っているのだろう、ということだった。残っている人がいることを祈っていた。ひとり残されるのは嫌だった。
 名簿を拾い上げ、中身を確認する。そこにあったのはやはり自分の名前だけだった。
「そんな……」
 ボーゼンと立ちつくていたのは、どのくらいだろう。わからないが、頭をゆっくりを動かして、考える。
「おかしいのは私じゃなくて世界?」
 その結論にたどり着いた都は船に問いかけた。
「宇宙とは?」
 答えは返ってくるはずがなかった。都はそれを望んでいたし、本当の現実なら、船は喋らない。
『瓶です』
 どこからともなく声が聞こえた。
 やっぱり、おかしいのは世界だ。ある種の確信を持って都は言葉を返す。
「このおかしな世界からの脱出方法は?」
『一途な思いです』
 都は以前の彼氏を次々と思った。助けて、と。しかし、脱出はできなかった。
『その程度の思いならその方々との連絡を絶ってしまいなさい』
「……わかったわよ」
 船からの指示は聞いておかないといけないと都は思った。下手に反抗して、脱出できなくなったら困るからだ。
 携帯を取り出し、以前の彼氏達を電話帳から削除した。自然と涙は出なかった。
「智子……」
 彼氏達を消していく中、ふと鍵屋智子の名が目に入った。大切な友達。もう一度会いたい。
「助けて!このまま会えなくなるなんて嫌。大好きなの、智子!!」
 都がそう願いにも似た事を強く想うと結界が砕け、目の前に智子がいた。
「智子……会いたかったよ〜」
「お疲れ様。さて、本物の船に……」
 そう智子が言い終わる前に都は智子を抱きしめて号泣していた。ため息をついて智子は都の髪を撫でていた。
「泣き終わったら帰るわよ」
「うん」
涙声で都は頷いた。


FIN