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<東京怪談ノベル(シングル)>


油断大敵

 空はどんより曇り空。今にも雨が涙のように地上に降り注ぎそうなほど黒く重たい雲が覆いつくし、風は湿っている。昼間だと言うのにその雲のせいで薄暗い日中だ。
 決して恵まれているとは言えないこの天候の中、街から町へと向かう道中の護衛を頼まれたセレシュと悪魔は草原の道を歩いている。
「何や、雨降りそうな天気やなぁ……」
「傘とかカッパとか持ってきてないしねぇ……」
 行って帰るまでの間、雨が降りはしないかと気になるセレシュたちはそんなことを呟きながら隣町まで急いでいた。
 その道中、ふとどこからか子供の鳴き声が聞こえてきた。
 突然聞こえてきたその声にセレシュたちはビクリと驚き、足を止めて若干怯えたように辺りを見回す。
「こんな天気で薄暗い時に子供の鳴き声なんて、感じ悪いで……」
 苦笑いを浮かべながら辺りを窺っていると、道の先に大きな岩が一つ見え、どうやらその影から鳴き声が聞こえてくるようだった。
 セレシュ達はその岩に近づいていくと、岩の陰に年齢ならば3つか4つほどの小さな子供が蹲り、激しく泣きじゃくっていた。
「えぇ? こんなところに子供? 何? 迷子?」
 悪魔は動揺したようにそう言うと、護衛の依頼人がしゃがみ込み少女に声をかけた。
「大丈夫? お母さんとはぐれちゃったの?」
 そう訊ねると、子供は何度も涙を拭いながら大きく何度も頷いた。
「可哀想に。お母さん、どこに行ったん? ここにおったら危ないで? どうせやからうちらが家まで送って行ったるわ」
 気の毒に思ったセレシュがそう声をかけると、少女の動きがピタリと止まった。そしてその次の瞬間、うつ伏せていた顔が持ち上がる時彼女の目の奥が怪しげに光る。
「!」
 それにいち早く気付いたセレシュは、しゃがみ込んだままの依頼人を横へと思い切り突き飛ばした。
 突然突き飛ばされた依頼人は何が起きたのかと憤りを感じているような顔を浮かべたが、バシュッ! と言う音を上げて足元にあった草が刈り取られたかのように宙を舞った様子を見て凍り付いてしまった。
 寸でのところで攻撃を避けたセレシュは冷や汗を流し、少女を見つめながら依頼人に声をかける。
「罠や。人の親切心に付け込んだ悪質な罠やで。ここはうちらに任せてはよ逃げ! 目的地までもう目前まで来とるし、走っていけばすぐや」
 悪魔は大鎌を取り出し、身構える。セレシュは素早く手をスライドさせ、魔方陣を創り出し防御を張る。
 攻撃を仕掛けて来た少女はチカチカと目を怪しげに光らせ、口は大きく裂けた様にほくそえんだままゆらりと立ち上がった。
 見ればその手には何本ものナイフが握られている。
「子供や思うて手加減したらあかんで! 迂闊な動きしたらうちらがやられる」
「分かってるわよ! あいつ、私と同じ悪魔なのにタチの悪いタイプだわ」
 冷や汗をかきながら少女を見据えていると、少女はこちらが思うよりも先に地面を蹴り目にも止まらぬ速さで距離を詰めてきた。
「早っ……!?」
 グンと間近にまで迫った少女の顔に、セレシュは体を反らす。大きく振りかぶった少女の手に握られていたナイフがキラリと光り、素早くそれを振り下ろされる。
 セレシュは咄嗟に少女の体に向かって手を突き出し、圧縮した空気の弾丸を撃ち込んだ。が、少女が振り下ろしたナイフの方がそれよりも早くセレシュの頬に傷をつけ、少女は後方に弾き飛ばされた。
 血飛沫と汗が宙に舞う。
「セレシュ! 大丈夫?!」
 悪魔がセレシュの傍に駆け寄る。
 セレシュは少女を弾き飛ばした衝撃で自分も後方に飛んだが、何とか体勢を崩す事無くに済んだ。
 頬についた傷を拭いながら小さく舌打ちをする。
「あいつ、動きが早すぎや。防護壁作っとらんかったら、首持ってかれたわ」
 見れば、少女はあの岩に強かに体を打ちつけ、うな垂れるようにしてその場に座り込んだままだ。
「動きを止めないとどうにも出来ないってことよね……」
「せやな……。うちがあいつの動きを止めるまで、あんた頑張れる?」
「オッケー! 任せて」
 悪魔は得意げにニンマリ笑いながら親指を突き立てた。
 その間にも少女はむくりと起き上がり、僅かによろめきながらもその場に立ち上がると再び驚異的な速さで飛び掛ってきた。
 両手の指の間にナイフを幾つも構え、切り刻む勢いで襲ってきた少女に悪魔は大鎌で応戦する。
 ナイフと大鎌が擦れ合う耳障りな音と火花が飛び散り、相手の攻撃を弾き返す鈍い音が周りに響き渡った。
「さすが、同属と言うだけあって動きもバッチリ付いて行っとるな。ほんならうちは……」
 両手を大きく広げて体の前に大きな弧を描くと、その手の軌跡を辿るようにして大きな魔方陣が出現する。
 セレシュは悪魔たちの様子を窺いながら魔方陣に捕縛の術式を施し始めた。
「もうちょっとや。もうちょっと頑張ってや」
 一際大きく金属の弾ける音がこだまする。
 セレシュがそちらに目を向けると、弾き返されたのは悪魔の方だった。
「アカン!」
 弾き飛んだ悪魔に追撃を仕掛ける少女を見て、焦りの色が出てしまう。
 間に合うか否か。
 捕縛の術をそのままに、セレシュは急ぎ悪魔に向けて回復の魔法をかけた。
 少女が今にも悪魔に止めを刺さん勢いでナイフを突き立て、振り下ろす寸前に意識を取り戻した悪魔は咄嗟に大鎌を構えて力任せにそれを振り上げた。すると、今度は少女の手元のナイフが全て弾き飛び、よろめく。が、少女は物ともせず襲い掛かっていく。
「さんきゅ! セレシュ!」
 大鎌とナイフが二人の目の前で交差し、一歩でも気を緩めれば命に関わりかねない勢いだ。
 目線は少女に向けたまま悪魔がそう言うと、セレシュは魔方陣に素早く術式を刻んでいく。
「出来た!」
 セレシュが顔を上げると、上空でせめぎあっていた悪魔に向かい声を張り上げた。
「ここや!」
 そう叫ぶと悪魔は一度頷き、押し合っていた相手のナイフを力いっぱい押し返す。すると俄かに間が空き、その隙を突いて悪魔は大鎌を振り上げた。
「一発、ホームラーンっ!!」
 ブンと空気を切る音が聞こえ、悪魔の大鎌は少女の体をセレシュの作った魔方陣の上に弾き飛ばす。
 少女は抵抗する間もなく、狙い通りセレシュの魔方陣の上に叩きつけられるようにして着地した。
「ナイスやで!」
 捕縛の術にかかった少女は苦しげに呻きながらセレシュを睨み付ける。
 セレシュはそんな少女に勝利を確信したようにニッと笑って見せた。
「堪忍な」
 ワザとらしくそう言うと、指をパチンと弾いた。
 魔方陣は眩く光り輝き、地上から空に向かって光のカーテンを伸ばす。少女の咆哮が辺りに響き渡り、音もなく魔方陣が消え去ると少女もまた跡形もなく消えていた。
 地上に降りてきた悪魔に、セレシュは労いの言葉をかける。
「おつかれさん!」
「うん。セレシュもね」
 にっこりと笑う二人に、僅かに空の雲が切れ光が降り注いだ。