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水晶猫を捕まえて
風が随分と暖かくなってきた。
道行く人々も心なしかどこか明るい雰囲気を漂わせているような気がする。
フェイト・− (フェイト・ー)はそんな人々の間を縫い、久々の東京都内を歩む。
黒のスーツに身をかため、さらにサングラスをかけ隙無く歩む姿には浮わついたところは感じられない。
そんな彼の向かう先には古びた古書店があった。
古書店の前には店主であろう男性の姿がある。どうやら竹箒で店の前を掃いている所らしい。
仁科・雪久(にしな・ゆきひさ)。
しばらく前に会った時から、あまり見た目は変わっていない。若干白髪は増えたような気がするが、それがまた、どこか雪久らしいとフェイトはちょっとだけ表情を綻ばせた。
そして古書店店主もまた、やってきたスーツ姿の彼へと気付いたらしい。
「いらっしゃいませ」
笑顔で彼はフェイトを迎える。
――ああ、何も変わっていない。
「お久しぶりです、仁科さん」
声をかけられ一瞬だが古書店店主はあっけに取られた。
「……ええと、失礼。以前どちらで……?」
彼の怪訝そうな表情に青年は慌ててサングラスを外す。その下から現れたものは、人なつっこそうな緑の瞳。
以前より落ち着きを湛えてはいたものの、雪久は彼の瞳をしっかりと覚えていた。
「勇太さん! 元気そうで何よりだ」
工藤・勇太。それが雪久の知る彼の名前。両腕を広げフェイトの訪れを雪久は歓迎する。
「しばらく見かけなかったけれど随分と立派になったね」
相変わらず細身ではあるものの、それでも以前とは比べものにならないくらいしなやかな筋肉が付いているのは雪久にも判ったらしい。
「今日は仕事が一段落して、近くまで来たので寄ってみたんですよ」
告げられ雪久も問いかける。しかし……。
「今はどんなお仕事を?」
問われてちょっとだけフェイトは口ごもった。
彼は今はIO2エージェントとして働いている。以前からの知り合いである雪久とは今まで通りの付き合いをしたい。
そしてエージェントである事は極力隠していたい。そんな思いもあったのだ。
「……ああ、ごめん……それに外で話す話題でもなかったね」
中でお茶でも――と雪久が告げた直後の事だった。
挨拶を交わす二人の傍を、たーっと何かが駆け抜ける。
「仁科さん、今何か……」
「うん……何か、出て行った……よね」
「猫みたいに見えたんですけど」
フェイトに告げられ雪久が慌てて店内へと戻る。次いでフェイトも踏み居ると、本棚から落下したらしき一冊の絵本が、開いたままに床に落ちていた。
「……というわけで……いや、ホントお仕事が一段落して休憩中の所を申し訳無い気持ちではあるんだけれど……お願いできるかな。フェイトさん」
ざっと近況の報告をする間もなく――出来た事はといえば、勇太が今はフェイトというエージェントネームを持っているのを告げる位か。
雪久は大変困ったように告げる。しかしフェイトとしては躊躇いは無い。寧ろ、彼としては懐かしさを覚える依頼だ。
不思議なモノがひょいひょい発生する。それが古書肆淡雪。
「大丈夫です! 任務了解ですよ!」
笑顔でフェイトは雪久の依頼を受ける。
――ああ、なんだか学生時代に戻ったみたいだ。そんな感慨と共に。
さておきフェイトは早速、砂糖を溶かしたミルクを手に猫を探す。
外見は透明。そして縁あるモノにしか見えないという話だし、非常に特徴的だ。
「猫ちゃーん、どこ行ったかな〜」
周囲を見渡すフェイト。どこからともなく聞こえる「ンなー」という猫の声。
こんもりした木々に覆われた公園の方から聞こえた気がして、彼はそちらへと駆け寄る。
正直な所、今の彼の姿を見たならば、同僚達は間違い無く驚く。
仕事中の彼は極めてクールに、そしててきぱきと物事をこなす。ゆえに猫に対して優しく接する姿はあまりに意外に見えるかも知れない。
さておきフェイトが猫の声がした方へと垣根を越えて進むと……。
「猫ちゃーん……あ!」
小さくフェイトが声をあげる。
クロネコにシロネコ、三毛やキジトラ。そういった猫が沢山居る猫のたまり場とでも言うような所に、よくよく見れば奇妙な子猫が居たのだ。
透き通った姿をした、水晶のような子猫。
「ほーら、猫ちゃん。おいで」
ニコニコ笑顔でフェイトは猫じゃらしを振ってみる。途端に子猫は「にゃー!」と元気に突撃。
――こんな姿を同僚達が見たら気絶くらいするかもしれない。が、それはおいといて。
よし、タイミングを見て切り返すぞ、等とフェイトが猫じゃらしを大きく動かそうとした瞬間、他のにゃんこたちも突撃!!
「……お……わぁぁぁぁあ!?」
にゃーとかみゃーとかンなーとかぷるなーとか一斉に元気に鳴きながら猫たちはフェイトの持った猫じゃらしへと突貫!
猫じゃらしに夢中過ぎてフェイト本人を踏んづけるモノまで居る始末。
さしものフェイトといえど大量の猫に襲撃されてその場に倒れ込む。
――寧ろ、猫相手だからこそ無抵抗で踏んづけられたような気もするが。
そんな彼の指先に何かが触れた。
ぺろぺろ、と何かが指を舐めているらしい。
フェイトがそちらを見やると、例の水晶猫が心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「にゃおん?」
「大丈夫だよ。これくらい何てことない」
身を案じられた気がして、笑顔で答えフェイトは身を起こす。
「それより、お腹すいてない?」
砂糖を溶かしたミルクを子猫の前に置くと、子猫だけではなく他のにゃんこ達も一緒にぺろぺろと舐め始める。
「みんな余程お腹すいてたんだね」
そっと指先で猫へと触れてみる。水晶猫だけではなく、他の猫達もフェイトに撫でられるままだ。
彼は猫たちを撫でつつ空を見上げる。まだまだそれほど時間は経っていない。
という事は、まだまだ猫たちと遊んでも問題ないという事。
「折角だし、もうちょっと遊ぼうか」
フェイトがそう告げると水晶猫もそれを喜ぶように「にゃーお♪」と鳴いた。
それから――。
フェイトは夕暮れ時まで全力で猫と遊び倒した。
水晶猫は勿論、その他の猫たちも一緒だ。
「うりゃっ!!」
ちょいちょい、と動かしていた猫じゃらしを頭上高くに掲げる。ヒートアップした猫はフェイトを足がかりにしてでも猫じゃらしに飛びつこうと必死だ。
そしてフェイトも今度はもっと猫じゃらしの高さを上げようとジャンプ。猫たちもついていこうと頑張る!
全力だった。
あまりに全力な遊びっぷりだった。
今のフェイトの姿を同僚達が見たら「明日は世界の終わりだ」とか言い出すかもしれない。
日頃の彼からはあまりに想像できない程の笑顔で、フェイトは猫たちと戯れる。
それは、少しだけ彼の居る険しい日常から解放されたひとときだったのかもしれない。
気付けば空は赤く染まっていた。もうしばらくしたら上空は次第に青く変遷していく事だろう。
「任務完了いたしました!」
ニコニコしながらフェイトは古書肆淡雪へと戻ってきていた。
胸にはすっかり懐いて安心したのかすーすー眠る水晶猫の姿。
しかし、古書店店主はといえばそんな彼を驚いたように見つめている。
……というのも。
フェイトは頭の天辺から爪先まで、嵐にでもあったのだろうか? と言いたいくらい凄まじい格好になっていたからだ。
折角のスーツもしわくちゃになり、ネクタイは曲がっている。靴も泥だらけ。髪には葉っぱがついている。全身猫毛だらけとなれば驚くというもの。
「ありがとう。しかし……」
ちょっと何かを言いよどんだ雪久に、何か不都合でもあっただろうか、とフェイトは一瞬だが険しい表情に戻る。
「ええと、勇太さん、良かったら風呂と着替えくらい貸そうか?」
成程改めてみなおせば酷い格好だ、とフェイトは苦笑を浮かべた。
すう、と息を吸い込むと、湿った土の匂い、そしてまだまだ新しい草木の匂いがする。そして、抱きかかえた温かな猫の、日向のような匂い。
昔、この古書店を訪れた時によく嗅いだ気がする、なんだか懐かしい日常の匂い。
「いや、いいです! 今日ななんとなくこのままで居たい気分なんで! ところで……」
「うん?」
フェイトの意味ありげに区切った言葉に今度は雪久が不思議そうな顔をした。
「勇太さん、って呼んでくれましたね」
「……ああ、なんだかそう呼んだ方が良いかな、と思ったんだ。ダメだったかな?」
「いや、そんな事ないですよ」
フェイトは頭を振る。
何せ心中にはなんだか嬉しい気持ちもある。
なんだか高校時代の自分に戻ったみたいで。
雪久ももしかしたら、今のフェイトの中に「工藤勇太であった頃の彼」を見たのかもしれない。
「折角だし晩ご飯でも食べていくかい?」
ありもので悪いんだけど、と雪久は切り出す。
「え? いいんですか?」
「ああ、勿論。それくらいしかお礼と言えそうなものが出来ないのが申し訳無いけれど。それに、水晶猫のおかげで全然君と話が出来なかったからね」
雪久は、今日も以前と変わることなくフェイトの訪れを歓迎してくれていた。
ならば歓待に答えるのもきっと大事な事だ。
「じゃあ、遠慮なく頂きます!」
笑顔でフェイトが答える。
あまりにも平和な、あまりにもごくごく普通の日常。
時間が滞留しているような気がする程、以前と変わらない場所。
これから、フェイトに険しい特殊任務の日々が訪れるとしても、古書肆淡雪はいつでも彼が羽根休めに帰ってくるのを待っている事だろう。
――変わることのない日常の場所として。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8636 / フェイト・− (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント
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■ ライター通信 ■
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お世話になっております。小倉澄知です。
今回は水晶猫のお話……なのですが、学生時代のフェイトさんの日常の話……もちょっぴり混ぜてみました。
変わっていくフェイトさんと、あまり変わらない雪久。それでも雪久はフェイトさんが遊びに来るのを楽しみにしているはずです。
この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。
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