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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


卒業式ごっこ

0.
「………」
「…ハ〜イ!」

 目と目があったその瞬間、草間武彦(くさま・たけひこ)は思わず扉を閉めてしまった。
 が、相手も躊躇なくその閉められようとした扉をガッと掴むと体をねじりこんできた。
「酷いではないですカ〜!? お久しぶりの再会だと申しマスのに〜」
「俺はおまえなんか知らん。記憶にない。すべては黒歴史!」
「…ちゃんと覚えててくれたのですネ〜!? 嬉しいデ〜ス!」
 ガバッと草間に抱き着いたピンクのハデハデ、性別不明、国籍不明、住所不定。
 名を『マドモアゼル・都井(とい)』と言う。
 突如興信所に現れてはなんだかんだとトラブルを起こしていく厄介者である。
 ここ数年、まったく顔を見せなかったヤツであったが、なぜ今更ここにこいつが来るのか!?
「アタクシ、卒業式へ草間さんをご招待しにきたのデ〜ス!」
「卒業式?」
「3月は別れの季節…しかし! 卒業式が学生さんたちだけの特権であるなどというのはオカシイとは思いませんカ〜!?」
「オカシイのはおまえの頭だ…」

「とにかく、なんでもいいので卒業式をいたしまショ〜! 煙草でもパチンコでも人間でも…好きな物から卒業するのデス!!」

「いや、最後のはマズイだろ!?」

 草間の突込みなどどこ吹く風、マドモアゼルは卒業式の招待状を置くと「それでは、お待ちしてマ〜ス☆」と興信所を後にした…。


1.
 どこをどう調達してきたのか…招待状の場所に来た草間と工藤勇太(くどう・ゆうた)、清水コータ(しみず・こーた)、晶・ハスロ(あきら・はすろ)は目を丸くした。
 そこは歴史がありそうな立派な講堂で、文壇の上には大きな生け花と漆器のお盆。
 赤絨毯が敷き詰められた講堂内にはパイプ椅子が数個、ぽつんと置かれている。
「卒業式…?」
 何それ、美味しいの? と言わんばかりの勇太。しかし、面白そうだと思ったから参加してみた。
 いったい皆何を卒業するのか、ちょっと期待する勇太である。
「いいよね、季節感あふれることってさ」
 にこにこと頷きながらコータは講堂内を見渡した。
「タケさんは何か卒業するものがあるんですか?」
 晶がそう訊くと、草間は苦虫を潰したような顔をして煙草を吸い始めた。
「あるか、そんなもん」
「なら…なんで来たんですか?」
「…アイツ、来ないとしつこいから…」
 彷徨う草間の視線。それはいったい何を意味するのか?
 すると、ババーーン! という効果音と共に、マドモアゼル登場!!
「ヲォウ! 皆様ご来場誠にありがとうございマ〜ス! アタクシ、本日の司会進行を務めさせていただきます、マドモアゼル都井と申しマ〜ス! 以後お見知りおきをっ☆」
 入ってくるなり、草間から順に握手を求め始めるマドモアゼル。
 しかし、草間は拒否した!
 それを苦にすることもなくマドモアゼルは勇太、コータ、晶と次々に握手をすると、文壇の上へと駆け上った。
「それでは只今より、卒業式を執り行うのデ〜ス! 卒業するものを壇上に上がって披露してくだサ〜イ」
 G線上のアリアが厳かに流れる中、けっして厳かとは言えない卒業式が開幕したのであった。


2.【工藤勇太の場合】
 まず壇上に上がったのは勇太である。
 …まぁ、参加している人ほとんどいないし…まぁ、気楽に行こうか。的な余裕な顔して壇上に上がる。
「ごほん」
 マイクに向かってひとつ咳払いをして、元気に話し始める。
「俺はギャグキャラを卒業する! 超イケメンシリアスキャラになってやるんだ!」
 おぉ〜! っとコータと晶、マドモアゼルから拍手が送られる。
 しかし、草間だけは何やら思うところがあるようだ。
「勇太…おまえ、それ本気で言ってるのか?」
「!? 草間さんは俺にできないと思ってんの!?」
 いや〜な目つきで草間は生暖かく勇太を見つめる。その視線が痛い。痛いったら!
「そ、そりゃ少なくとも俺は高校入ってから、ギャグキャラ要素多かったけどさ…」
 自分の半生を振り返る。たくさんの思い出たちが走馬灯のように勇太の頭の中を駆け巡る。
 それは少しの涙と共にあふれ出る満ち足りた不幸と悲しき幸せの記憶…。
「異次元に繋がるトイレに落ちてガチムチな三下さんに襲われそうになったりとか…最初の頃は零さんの後ろの気配にびくびくしてたりとか…。友人の双子の姉妹には俺が草間さんに変な感情持ってると思っているみたいだし…」
 そこでいったん言葉を切ると、勇太はカクリと肩を落とした。
「もしかしたら、まだ誤解してんのかなぁ…」
 違うんだけどなぁ…。俺、ただ認めてほしいだけなんだけど。
 大体、普通に女の子が好きだよ?
 可愛い子見ればそれなりに気になるし、大人の色気とかはそれなりにドキドキする。
 …勇太はそんなことを思っていたわけだが、その『それなり』という部分におそらく皆疑惑を持つのだと思うよ?
「おまえ…やたら苦労してるな」
 草間がポンポンと勇太の肩を叩いた。ちょっと涙が落ちそうになった。
「素晴らしい卒業の瞬間デ〜ス! 皆さん、盛大な拍手を!!」
 マドモアゼルにそう促されてパチパチと拍手が聞こえる。
 勇太は気を取り直して、マイクに向かう。

「ありがとうございました! 俺、マジで頑張ります!」


3.【清水コータの場合】
 勇太が席に着くと、次はコータの番だった。
 座っている勇太や晶に軽く笑顔で会釈して壇上に上がると、マイクを前に神妙な面持ちで語り始める。
「俺はこいつから卒業するよ…」
 コータは握った手のひらを差し出すと、そっとその手を開いた。
 中からはキラキラと光る小さなガラスでできたビー玉だった。
「ビー玉…ですか?」
 晶がそう訊くと、コータは小さく頷いた。
「ある夏の日にね、海沿いを歩いていたら夕立に降られたんだ。その時俺、ちょっと嫌なことがあって荒んでた。雨宿りに駄菓子屋の軒先に逃げ込んだんだ。ちっちゃいおばあちゃんが無言で差し出してくれたラムネ。無言の優しさが心に沁みたんだ…。あの夏の日…海…突然の雨…その後見た虹の綺麗だったこと…! そんな思い出のビー玉…」
 会場がシーンと静まり返る。
 心の奥を揺さぶられるようないい話だと誰もが思ったに違いない。
 実際勇太もそう思ったのだから。…しかし…

「…なぁんてね! 昨日掃除してたらさ、棚の後ろから出てきたんだよ。ビー玉。だから捨てなきゃと思っただけなんだよね」

 あっけらかんと笑うコータ。その笑顔に悪意はない。
「え? …嘘…ってこと?」
 勇太がそう訊ねると、コータはさらに満面の笑みで答える。
「うん! 卒業式でたいなぁって思ったんだけど、特に卒業するものなくてねー。で、丁度良くこれが出てきたから、とりあえずいい話を付け足してみたんだ!」
 キリッ! という効果音が聞こえそうないい笑顔で、コータは言い切った。
「そ…そうなんですか…」
 晶はかける言葉が見つからないようで、そう言った後に苦笑した。
「スんバラシイ!! ビー玉と物語からの卒業、おめでとうございマ〜ス!!」

 パチパチと激しく手を叩くマドモアゼルに晶と勇太は顔を見合わせ、コータは「いやぁ、それほどでも」と照れ、草間はやれやれと脱力したのだった…。


4.【晶・ハスロの場合】
「俺は…自分のヘタレから卒業したい!」
 壇上に上がって開口一番、晶はそう強い口調で語りだし…そしてハッと我に返ったように冷静になった。
「その…もう数年後には二十歳だし、頼りになる男になれたら良いなって…」
 少し視線を落として考える晶。それを静かに聞く勇太とコータ。
 晶の言うことに共感した。勇太もそろそろ高校卒業後の進路を真剣に考えなければいけない時期である。
 頼りになる男に…未来の自分もそうありたいと願う。
 …そしてそれは現実になるのだが…。
「ヘタレって言われるのも、遊ばれるのも男としては頼りない証拠なのかなと」
 そう言うと少し溜息をついて、晶はもう1つ宣言する。
「それから、お化けが怖いのもいい加減どうにかしたい…」
「え!? 晶さん、お化け駄目なんですか!?」
 勇太が目を輝かせて立ち上がった。思わぬ共通点だ。
「恥ずかしながら…そうなんです。お化け屋敷で怖がる女の子を、男が守るのが本来のあり方なのに…!」
「同じです! 俺も…!」
 勇太は晶を見つめると、涙ぐんだ。
「そうか…勇太君も…」
 なぜかそこで親交が深まる2人。男同士の熱い友情の誕生である。

「…というか俺の周りの女の人、強い人が多い気がする…なんでかな?」

 何事かを考えていた晶はぽつりとそう言った。
 その顔は諦めと悟りが入り混じっていた…。


5.
 出席者の宣言が終わり、マドモアゼルが席を立った。
「さて、あとは草間さんだけですネ〜♪」
 マドモアゼルがそう言うと、草間はめんどくさそうに言い捨てる。
「俺は何からも卒業しない。煙草もパチンコも人間もやめない!」
「ずるいなぁ、草間さん。俺たちだけに卒業を強要するなんて…」
 コータがそう言うと、勇太もずいっと草間に詰め寄る。
「卒業式に出席しておいて、その言いぐさはないんじゃねーの?」
「俺もそう思います。卒業するものがないのに、何故卒業式に参加を?」
 草間、形勢不利である。じりじりと壇上への階段へと押しやられていく。
 そうこうしているうちに『G線上のアリア』の演奏が終わる。

 と、次に流れてきた曲は『四季より・春・第一楽章』であった。

「こ、この音楽は…!?」
 嫌な予感がする。卒業式とは真逆の明るく弾むようなその音楽。

「さぁ、皆様! 卒業式が終わったら今度は入学式なのデ〜ス!!」

『はぁ!?』
「いや、聞いてないし!」
「卒業式だけのはずだったのでは!?」
「入学? 入学のネタ…ネタは…」
 何を言っているのかさっぱり理解できるわけもない。
 ただ1人、マドモアゼルを除いては。
「春と言えば卒業式。卒業したからには今度は入学しなければなりまセ〜ン! オゥ? 皆様入学するものを持ってきていないのですカ〜?」
 さも困ったようにマドモアゼルは小首を傾げた後、ポンと手を打った。

「そうデ〜ス! 今卒業したものに再度入学すれば問題ありまセンね〜♪」

「え!? ちょ…うわ!!!」
 勇太が抗議しようと足を踏み出したところに、ナイスタイミングでバナナの皮という超定番アイテム!
 勇太は滑って転んで頭を強打した! クリティカルダメージ!! 混乱する意識…意識が…。
「…ってことは俺はこのビー玉捨てちゃダメってこと? …うん、まぁ、それもありだよね!」
 あははっと笑ってコータはビー玉をポケットにねじ込んだ。
「つまり…卒業はできないってことですか? 都井さん」
 晶がマドモアゼルにそう訊くと、マドモアゼルはにやりと笑った。
「このお話のタイトルをご存知ですカ〜? 『卒業ごっこ』…つまり、すべては楽しい遊びだったのデ〜ス!!」
 晶の顔から血の気が引いていく。

「ほら見ろ、だからコイツと関わるのは嫌なんだ」
 草間が昏倒した勇太、笑顔のコータ、顔色の悪い晶を見ながら溜息をついた。


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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 4778 / 清水・コータ(しみず・こーた) / 男性 / 20歳 / 便利屋

 8584 / 晶・ハスロ(あきら・はすろ) / 男性 / 18歳 / 大学生

■□     ライター通信      □■
 工藤勇太 様

 こんにちは、三咲都李です。
 お久しぶりの草間興信所の依頼をお送りいたしました。
 勇太様らしい元気さでなんだかホッとしたようなウルッとしたような…。
 アホなNPCに関わっていただきありがとうございました。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。