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<東京怪談ノベル(シングル)>


尊厳

 巨大な羽を大きく広げ、その翼に風を受けながら空を悠々と舞う一匹の鳳。その鳳の背には一人の女性が跨っていた。
 雲ひとつない大空。眼下には広い海が広がっている。
「う〜ん、いい天気。……ん?」
 何の問題もない航行だと思っていた女性、郁は眼下の海の一点に目線を奪われた。
 そこには船が一隻座礁しており、甲板に一人の少女が投げ出されているのが見える。
「大変!」
 郁はすぐに鳳を操り、少女の下へと急ぐ。
 沈みかけている船の傍まで降り立つと、気を失っていたのは光線銃を使う半裸猟銃民の亜土族の少女だと言う事が分かった。
「このままじゃ船が沈んでしまうわ。とにかく助けなくちゃ」
 郁は少女を抱え上げ、再び鳳の背に跨ると自分の船へと戻っていった。


「この子は、あなたが母親として面倒を見たほうがいいわ」
 少女の容態に異常がないかどうか確認を終えた一人の医師が、唐突にそう言った。
 突然の事に面食らった郁は、うろたえながら首を横に振る。
「む、無理よ。私が母親だ何て……」
「あら。私は向いてると思うけど?」
「……」
 ニッコリと微笑みながらそう諭された郁は、渋々ながら少女の母親代わりを勤める事になった。
 まだ気を失っている少女を連れ、士官室へと連れて行った郁は、この少女の年の頃なら喜びそうな物を揃え始める。
 ぬいぐるみ、本、オシャレな洋服などありとあらゆる、揃えられる物は取り揃えておいた。が、まるで何も興味がないようで気性の荒さを爆発させた。
 そこら中に置かれたぬいぐるみにも、洋服にも、何一つ躊躇いもなく投げつけ始める。
 元々そう言うものに興味がないのかもしれないが、この暴れっぷりは尋常ではなかった。
「ご、ごめんね。気に入らなかった? それじゃ、これなんてどう?」
 うろたえた郁が手にした絵本を見せると、少女は乱暴にその絵本を郁の手から叩き落し手元にあったぬいぐるみを壁に向かって投げつけた。
「いらない!」
「……亜土人って、みんなこんななの?」
 そのあまりの様子に郁は困惑し、頭を抱え途方に暮れたような顔をするしかなかった。


 翌日。朝から暴れ回る少女を何とか宥め医療室へとやってくると、医師が入念な診察を始めた。
 顔、腕、足、と見て、服の裾を持ち上げ、そこで手を止めた。
「どうしたの?」
 郁が訊ねると、医師はもう一度確認するようにそこを見つめ顔を上げた。
「彼女、もしかして虐待を受けていたんじゃないかしら」
「虐待?」
「えぇ。ここを見て」
 そう言って服をめくると、肋骨の部分に黒ずんだ跡がいくつもある。
 それを見た瞬間、郁は愕然としたように目を見開いた。
「しかも、亜土人じゃないわね」
「え?」
 予想外の言葉に郁が少女を見ると、少女はふっとどこか気まずそうに視線を逸らした。郁はそれを見て、まるで問いただすかのような目を向けた。
 しばしの沈黙の後、少女はどこか面倒くさそうに口を開く。
「10年前……」
 郁を、少女はチラリと睨むように見て話を進めた。
「瞬間移民艦を亜土族が襲い、撃墜したの。彼らは生きている人間たちを見つけては次々と掃討していった……」
 遠く思いを馳せるように視線を投げかけ、一度言葉を切る。
「あたしのお父さんとお母さんは、あたしを庇って死んだわ」
「!?」
 郁は驚いたように目を見開き、食い入るように少女を見つめる。
 少女は瞳を俄かに潤ませているのか、キラリと光った。
「その後あたしは亜土族の族長に拾われた。族長はとてもよくしてくれた……。だからあたし、帰りたい……」
 自分たちを襲った亜土族だと言うのに、その里親に当たるという族長を思慕している様子が良く分かった。だが、郁は腑に落ちない。
「あなたを虐待しているのに……?」
「……何かの間違いよ、そんなの」
 少女が顔を逸らしながら言い終わるが早いか、通信室に連絡が入った。二人は急ぎ通信室に向かい、信号をキャッチすると年老いた夫婦が映っていた。
 二人とも寂しそうな表情をしており、こちらが受信した瞬間いきなり本題に入ってきた。
『今そちらにいる子は我々の孫にあたります。単刀直入に申し上げて、その子をこちらに渡してください』
「何を突然……」
『還っておいで。ずっと心配していたのよ』
 まるで郁の事など気に止めてもいないかのように還るよう説得しはじめる祖父母に対して、少女は口も顔も上げようとはしなかった。
 そんな彼女を見つめ、郁は神妙な顔つきで写真を一枚取り出した。
「あなたは亜土人じゃない、あなたは人間なのよ。証拠にあなたはこの写真に写ってる」
「………」
 郁は少女の幼少時の写真を見せて説得を試みていた。だが、どんな言葉をかけようとも少女は俯いたまま口を開かない。
 困り果てた郁が余所見をした瞬間。少女が動く。
「……!?」
 郁は腹部に熱いような鈍い痛みを覚える。
 胸に飛び込んできたと思った少女はすぐさま郁から離れ、その場を立ち去った。
 郁は異物感のある腹部に手を当てると、生暖かいぬめりのある感触が手に触れた。それを見れば真っ赤に染まった自分の手が映る。
「……そんな……」
 その場に膝を着き、鈍痛に顔をゆがめた。


 前方に、負傷者受領の為に亜土の船が鳳に接舷してきた。
「娘を返してもらおう。渡さぬと言うのであれば交戦も辞さないぞ」
 こちらを睨むように見つめながら、亜土族の女族長が少女の引渡しを要求してくる。
「虐待の可能性が考えられる以上、引渡しには応じれない」
 虐待の懸念がある以上引渡しに応じるわけにはいかないと、久遠の都当局は女族長の要求を拒否した。
 その様子に、女族長は鼻で笑う。
「小娘如きで戦争……馬鹿馬鹿しいとは思わないのか。そもそも、虐待をした覚えはない。娘は狩りで負傷したのだ」
 こちらに銃を突きつけながら女族長は言い放った。
 少女は何も言わずその成り行きを眺めている。
「亜土族は十歳で自己決定権を得る。私たちは良かれと思って過ちを犯した」
 そう言い放つ女族長。そこへ、瀕死状態の郁がよろめきながら姿を現した。
「駄目よ……渡せ、ない……」
 痛みに顔を歪め、やっとのことでここまで歩いてきた郁はその場にガクリと膝を着いた。ボタボタと地面に血が滴り落ちる。
 少女はそんな郁を一瞥すると地面を蹴って自ら女族長の胸の中に飛び込んだ。
「………っ」
 その様子に、郁は悲しそうに瞳を揺らした。
 少女はそんな郁に向き直ると小さく呟く。
「短い間だったけど、有難うお母さん……」
「まっ……」
 郁は目を見開いたが、耐え切れずその場にぐしゃりと倒れこんだ。



「あんな別れ方って……」
 ICUに入り、治療を受けていた郁は尖った耳を赤く染めながら悲しそうに呟く。
「ないわ……。あんなの……」
 もうここにはいない少女を想い、郁は一人別れを惜しんでいた。