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<東京怪談ノベル(シングル)>


■自称人間万能工作機械■
「くふふ…、ふふっ……♪」
ガッチリと厳重に施錠された部屋から、何やら楽しそうな声が零れてくる。
「夢見る乙女の理想像よ、現実になぁれ♪」
ようやく形を成したその音は、部屋の主、郁の声だった。
その言葉を合図に、一人の男が現れる。
「……。」
男はギギギと音が聞こえてきそうな感じに首を傾げて郁を見下ろす。
無言で怪しい雰囲気こそあるものの、顔も体格もパーフェクト。
なんせ、郁の理想を形にしたのだから。
「やったぁ!あたしの理想の彼氏!あたしモテ期到来!」
郁は大喜びで二、三度小さくジャンプ。
そしてトントンッと足音を鳴らして男の傍により、そして男の腕に自分の腕を滑り込ませた。
「まずは男前になってもらわないとね。っていうわけで行こっかー♪」
理想の彼氏を『創った』次は、理想の彼氏を『作る』に決まっている。
男はコクリと頷いて、郁に導かれるがままについて行く。
ただその歩くスピードは、自然と郁のペースに合っており、郁に気付かれないように少しだけ屈んで、身長の高い自分の目線を郁に合わせていた。


「ね?こうするの、髪の毛はこう。わかる?」
二人(正確には一人と+α)が向かった先は資料室。
あちらこちらの男前全てを纏めた究極のデータを立体映像に出しながら郁は身振り手振りで教える。
それを真似しつつ立体映像を見る男。
驚くほどのスピードで格好良くなっていく。
先ほどまでただの「男」であったそれが、みるみるうちに郁の「彼氏」に変わっていった。


基地司令の私室で、見て見てー♪というテンションで郁は彼を紹介する。
「綾鷹さん、それはまさか……」
司令は『まさか』と言っただけだが、郁はコクコクと嬉しそうに頷いた。
そう、そのまさかである。 彼は人造人間。 そして今は郁の彼氏。
「あなた、なんてことをしてくれるの……」
司令は右の手を軽く握り、そのまま額に当てて考える人のポーズ。
「これくらい、いーじゃん!男子禁制なんだから!あたし干乾びちゃうよ!」
そう言い放ったのは郁。
笑って怒って、くるくると表情が変わる郁を、彼はニコニコと楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに笑って見ていた。


「キャアァァ!何このイケメン!」
郁は彼を認めてくれない司令の部屋に、ずっと居るわけもなく、司令の部屋から真っ直ぐに喫茶室へ向かった。
喫茶室へ入った途端に、彼に気付いた隊員達が、彼を囲んで大騒ぎ。
ため息が零れそうなほどに完成された物憂いげな表情。
ふわりと揺れる長い髪。しかもいい香りつき。
目がハートになって吸い寄せられるように、二秒で隊員達の輪が完成。
「えへん!凄いでしょー!」
「すごいよ、郁! 格好良……、…ッ!!!」
「えっ?」
その場が一瞬で静寂に支配された。
どうやら全員が凍りついたようだ。
「ちょ…っ!ちょっと!何やってんのよ!こらー!」
突然張り上げた郁の声で静寂が破れる。
あろうことか郁の『彼』が隊員の唇を塞いだ。 勿論唇で。


「ず、頭痛が……」
その頃久遠の都では、司令と長官が郁の彼氏の処遇について深刻な相談中だった。
「司令、…彼には教育が必要よ。」
「教育? 人間と同じように学校へ通わせろと……、そう仰るんですか?」
「造られたのだとしても、命なのですから」


「は?」
そう言ったのは、呼び出された郁。 問題の彼氏も一緒。
「ですから、綾鷹さん。 私達は彼に教育を受けさせるべきだと……」
「ふッッッざけんじゃないわよ!」
司令の言葉を遮って郁が怒鳴る。
「ババァども!私の彼氏を寝取る気でしょ!」
「綾鷹郁。 言葉に気をつけなさい。」
「こげんよかにせ、こけえたらおっとらるっ!」
「なんですって?」
「もういいっ! ほら行くよ!」
口から不思議な言葉が飛び出したが、それを説明することはなく、郁は彼を連れて廊下へ出た。
後ろ手に凄い勢いで扉を閉め、はー…、と一度だけ長い溜息を零す。
そして彼の顔を見上げると、何故か彼は、郁とは違う方向を見ていた。
「ちょっと? ねぇ」
声を掛けてみるも、彼の視線は同じ方を向いたまま。
その視線の先を追うように、郁も同じ方を見た。


そこには一人の隊員の姿。
隊員も真っ直ぐに見られている意味がわからないようで、挨拶のつもりで小さく微笑んだ。
その瞬間、郁の横に居た彼の体がグラリと揺れて床に倒れて落ちた。
「え、ちょっと?!」
その様子に勿論気付いて、視線の先に居た隊員も駆け寄ってきた。
「やだ、ちょっと!嘘でしょ?!ねぇってば!何があったのよ!返事して!」
彼の服を両手で掴んで、彼の揺らす郁。
不安そうに揺れる郁の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「郁、動かさないで。 とにかく医療の場へ運びましょう。」
冷静な隊員のその言葉に、郁はうんうん、と頷きながら唇を噛み締めた。
服を握り締めた両手の甲には、郁の涙がバラバラと落ちる。
「嘘でしょ……? 嘘でしょ!? なんでよ! うわあぁぁん!」
堰をきったように溢れる涙。
意識のない彼に触れて、その冷たさに泣き声も抑えられなくなっていった。


脳外科へ運ばれ、直ぐに緊急手術となった彼。
手術室の前で椅子に座り、祈るように泣きじゃくる郁。

「無理です、これ以上は……」
「そうね、治した傍から拡がっていく。 手遅れだわ。」
「どうしますか?」
「綺麗に縫合して、運んであげましょう。 もう我々ではどうすることも出来ない。」
「わかりました。」

手術室の扉が開く。
その音を聞いて、弾かれたように郁が立ち上がる。
「手術は!?」
「郁さん、残念ながら手遅れだったわ……」
女医のその言葉に郁は愕然として、崩れ落ちるようにへたり込んだ。
そしてキッと女医を睨み上げ
「ばかあぁぁ!!」
「お黙り!」
心の底から叫び出した言葉は、パァン!という長官の平手で遮られた。
「………。」
何も言わず俯いてしまった郁。
そして暫くの沈黙。
「郁さん、貴方の彼は、未熟で脆弱だったのよ。 私の言っている意味がわかりますか?」
女医が沈黙を破る。
けれど、その言葉が届いたのかどうか。
俯いたままの郁は、同意も否定もしなかった。
「さぁ、彼が待っています。早く行ってあげて下さい。」
フラリと立ち上がる郁。
「女医さん、鮮やかな執刀ご苦労様。郁、彼氏にお別れなさい……」
女医は目を閉じ、ゆっくりと頭を下げた。


病室。
郁の彼氏の為に用意された場所。
ベッドの上に横たわった彼を見れば、再びじわりと涙腺が緩む。
「か…おる……」
郁が彼の傍に寄ると、彼の唇が動いた。
そして、『郁』と、確かにそう言った。
郁は驚いて、彼の右手を両手で掴む。
けれど何も言葉が出てこない。
いつも元気な郁が、今はただ瞼に涙を溜めて、静かに彼の傍に寄り添っている。
「僕は…、幸せ、でした…。郁、結婚し…よ……」
その言葉は、最後まで紡がれることはなく……
穏やかに微笑み、郁を真っ直ぐに見たそのままで、彼の言葉は永遠に閉ざされた。
「う、わあぁぁぁぁん!」
ギリギリの所で抑えられていた郁の涙と声が、ついにほどかれる。
そして暫くの間、その部屋では涙の声が響いていた。

「あ、あたし……」
郁はグシュグシュと袖で涙を拭いて、もう動かなくなった彼の体を抱きしめた。
そして彼の首元に顔をうずめる。
「あたし、貴男を忘れ…るわ。本当の夫といつか……」
彼を抱きしめる腕に力が篭る。

「いつか本当の夫と結婚するもん!」



Fin



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ご依頼ありがとうございました。
ちなみに方言は鹿児島です(笑)