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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.23 ■ 選手交代のお知らせ






 虚無の境界による、草間興信所周辺で起きた斥候による情報収集。そして、リュウという名の準幹部との交戦から数日が過ぎた。
 今の所、虚無の境界の次の一手が打たれる気配はない。冥月にとっては願ってもいない僥倖であったと言えるだろう。

 虚無の境界に打撃を与えた今回の戦いが神経を逆撫でし、一斉攻撃に展開するという事態を招きかねなかったという点が、冥月の不安要素の一つであった。この数日の静けさが嵐の前の静けさなのか、或いは今回の件で虚無の境界の警戒度が上がり、今後の体制について考えているのかは定かではないが、冥月はこれを後者とは考えず、警戒の手を緩めるつもりはない様である。

「今日も特に動きはなさそうだ……」

 そうあてがわれた部屋――つまりは武彦の部屋の中で、一人言ちる冥月の表情の真剣さこそが、前述された事への警戒の表れだろう。冥月は思考を巡らせる。

 ――自分の探知範囲ならば、影を使えばそれが危険な人物なのか否か、それぐらいの判断は可能だ。

 これは偏に、暗殺や戦闘慣れしたものの特有の歩き方や影の動き。その細微とも言える違いから、冥月が判断する事が可能だからである。皮肉にも、同じ穴のムジナとでも言うべきだろうか。一般人の歩き方や僅かな振動、それに周囲に対する警戒心などから、その違いは見た目にこそ表れずに一般人には解らずとも、冥月には十分に違いが解るのだ。

(警戒するべきは多面展開。そして、簡単には落とせそうにない強者の登場だな……)

 影の能力によって、自分のテリトリーである影の中へと引き込めさえすれば冥月に敵はいないと言っても過言ではない。しかし、そう簡単には捕まってくれない実力者となれば、それを食い止めるには相応の労力を要する。

 そうなれば、自分だけではその状況を抑えこむ事は難しくなるだろう。

「憂の手配次第ではどうにかなるか……」

 しばし警戒から頭を切り離す事にした冥月は、座り込んでいたベッドの上に上半身を倒し、天井を仰いだ。黒い艶やかな髪がベッドの上に散らばる。
 一つの思考の波に捕らわれても碌な事にはならない。そう判断し、同時進行している内容に頭を切り替えた。

(ファングを助けた、エヴァと言う少女。あれは怨霊を使役していた。少なくとも退魔の効果を持つ聖水さえ用意出来れば、対抗手段は幾らか生まれる。
 それにしてもあのエヴァ。どこか零と同じ様な気配を感じた気がしたが……、気のせいなのか……?)

 かつてファングを仕留め損ねた冥月が対峙した、エヴァという少女。金髪を靡かせ、何処か飄々とした雰囲気すら放っていた彼女の事を、冥月はしっかりと記憶している。

 怨霊を操り、自分の影に少し見た目の似た怨霊の力。

(いずれにせよ、もしも私の推測が当たっているならば百合の為にも捕らえる必要があるという事か)

 ベッドから立ち上がり、冥月は姿見の鏡の前へと歩み寄った。推測もまた出口のない思考の迷路となってしまう。
 自身が用意したカードは他にもある。そんな事を考えながら、ようやく身体を起こしたのだ。

 姿見に映った自分。不意に感じた、身体への妙な温かさを思い出し、冥月は胸元のボタンを外して顕となった自分の肌を見つめた。

 白くきめ細やかな、戦闘の中に身を置いて生きてきたとは思えない肌。そこに浮かび上がる、赤い痕跡。

「まだ消えない……」

 何処か鬱陶しそうなその口調とは裏腹に、鏡に映った冥月の顔は優しく微笑むかの様であった。
 まだあの日の温もりがそこには形として残っている様だ。そんな事を感じた冥月は、その気恥ずかしさから顔を赤面させていく。

「……まてよ?」

 赤面しながら記憶を掘り返しているという矛盾を抱えた冥月は、ここにきて冷静に考える。

 よくよく考えてみれば、あの憂によって造られた猫セットによって、冥月は武彦の気持ちを知る事も出来た。そして自分も気持ちを伝える事が出来たのだ。そこまでは良い。

 ――しかし、その後の展開と言えば――

(……い、今思えば、色々行き過ぎた行為なんじゃ……!? そ、そりゃ私だって、あの道具のせいで感情に歯止めが利かなかったのは確かだが……! それにしたって、やっぱりその、つ、付き合うとかそういう男女の機微というものがあってこそではなかろうか!?)

 ――改めて思い起こした自分たちの行動に、冥月はようやくその飛び具合に気付くのであった。

「……うん、や、やっぱり今後の為にもしっかりと話し合うべき、だな……」

 それは虚無の境界との戦いの事なのか、あるいは自分との関係の事なのか。冥月はその真意云々よりも先に、さっさと武彦の元へと向かうのであった。





◆◇◆◇





 冥月が武彦を探して興信所に向かってみると、ちょうどこちらに背を向ける形となってソファーに座っている武彦の姿が目に入った。彼は現在、興信所の一室で紫煙をゆらゆらと登らせなている。

「武――」
「――それで、百合の身体に良い薬は出来たのか?」

 声をかけようとした所で武彦がそう口を開く。どうやら武彦は電話中の様である。電話の内容から察するに、話し相手は恐らく憂だろう。冥月は電話が終わるまで待つ事にした。

「……そうか。え? あぁ、まぁ、な」

 ――先程までの真剣な話し声から一転し、武彦の声が何処か笑みを孕んだものに変わる。

「あぁ、バッチリだったぞ。……はは、確かにな。耳と尻尾に触れるだけで反応してたぐらいだからな。そりゃもう可愛くて――って、何だと!?」

 会話の流れから、間違いなく猫セットの首尾を聞かれただろうと判断した冥月の顔が、妙な笑顔を貼り付けていたが、何事かがあった様だ。不意に武彦が椅子から腰を浮かし、声をあげた。

「……し、新アイテムだと……!? お、お前は、この世界に夢と希望を更に生み出すと言うのか!?」

 一瞬何事かと心配した自分の気持ちを返せ、とは冥月の言である。

「……フ、そりゃそうだ。そんなステキなアイテム、期待してるに決まってる! あぁ、分かった。楽しみにしてる。それじゃあな」

 携帯電話を耳から離し、煙草を口にして紫煙を吐いた武彦。その表情はどこか嬉しそうなものである。

「へぇ、そんなに良かった?」

 ――嬉しそうな表情は、その一言と共にガラガラと音を立てて崩れていくのであった。

 あまりに低い声。優しい口調ではあるが、これは一種の悪魔の囁きではなかろうか、と思わず武彦は世界の終焉を目の当たりにしたかの様に驚愕に表情を歪ませる。

「……み、冥月さん……?」
「そうだ、良い事考えた。そんなに気に入ったんなら、武彦もつけてみれば良いと思うよ?」

 今までにない口調。そしてその言葉と同時に腹部と両手をガッチリと縛り上げた影。その身体を浮かし、無防備になる身体。

 そして影から、冥月は取り出す。
 その手に握られたのは、黒い猫耳と尻尾、そして肉球のついた大きな手である。

「ま、待て! 話し合おう! 三十路のおっさんがこんなものをつけて語尾に「ニャ」なんてつけたりしたら、世間体と言うものが――!」
「大丈夫だよ」

 ニッコリと笑う冥月が武彦の前に歩み寄り、猫耳を装着。そして肉球ハンドを装着させ、無防備になった腰の下に尻尾を装着する。

「た・け・ひ・こ」
『音声認識完了。黒 冥月を対象者として登録しました』
「のおおおぉぉぉぉぉぉッ!!?」

 パタパタと動く猫耳に、脳内に伝わる音。そして尻尾がゆらゆらと動く姿。

 ――成る程、これは確かにちょっとかわいい。

 冥月が危険な趣味に目覚める一歩手前である。

「30分、楽しもうか。大丈夫、キスとお触りだけよ。シャワーもパンツも用意済み」
「ま、待て! 待とうじゃないか!」
『野郎のクセに腹も括れないヘタレですね。残り30分です』
「おいこら。この音声認識は何だ」
「何を言われたのかは知らないけど、その音声認識はずいぶんと挑発してくれる。さぁ武彦、私に嬉々としてやった事をたっぷりお礼しないとな?」

 フフフと笑う冥月は、もはやその正気を失った可能性すらあるのではなかろうか。
 そうして冥月が、そっと猫耳に触れる。

「うお……ッ、何だ、これ……」
「フフフ、それが猫耳や尻尾を触られる時に走る刺激だ。ほら、「ニャー」と鳴け。終わらないぞ?」
「……み、冥月さん……? キャ、キャラが……くッ」

 再び撫でられる耳によって、武彦の身体がビクッと動き、強張る。冥月はその様子を見て楽しんでいるのか、口角を吊り上げている。

 もはや完全なる女王様である。

「み、冥月……ッ! そ、そんな……さわ、るな……ッ」
「おやおや、自分の時はどうだったかな? ん?」

 武彦の苦悩の30分はまだ始まったばかりであった。






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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。

さてはて……。前半部分のシリアス展開はどこへやら……w
完全に冥月さんが違う方向に目覚める瞬間ですw

まさか野郎の悶える姿を描く事になるとは……!←

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは今後とも、宜しくお願い致します。

白神 怜司