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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.24 ■ 真価






 ――その日、男はあまりにも簡単な任務に出る事に少々の肩すかしを食らった気分であった。

 自分達の上司とあたる存在によって下された命令は、ある一帯にいるターゲットの協力者達の誘拐。戦闘能力もなく、平々凡々と生きている者達を拐うという、どうしようもなく単純でつまらない任務だと思っていたのだ。

 男と同様にその任務に就いていた者達は、皆暗殺や隠密行動を得意とした、手練れとも呼べる存在であった。厳しい訓練に耐え、生き残り、そしてようやく一人前となったのが、彼らである。
 そんな自分達がこんなにも簡単な、誰にでも出来そうな任務をする事など、彼らにとっては退屈以外の何物でもないのだ。

 ――そう、こんな事態になるまでは、誰もが今日の任務は楽勝だと気軽な気持ちであった。もちろん、プロとして油断などは一切していない。その上でも、である。

 死屍累々。まさにそんな言葉が似合う、人の倒れた数々。一撃の元に意識を刈り取られた仲間たち。
 訓練された彼だからこそ思う。殺すよりも、一撃で無力化する事の方が難しいのだ。だからこそ、彼は仲間がやられた恨みよりも先に、圧倒的な強者に対する恐怖を感じていた。

 倒れた仲間達の身体を他所に、佇む一人の華奢とも言える女の姿。
 いるはずがない、ターゲットである。

 圧倒的な実力は、自分達の上司ですら要注意している人物だと彼の耳にも届いていた。

「出会ったら即逃げろ。運が良ければ見逃してくれる」

 そんな忠告を受けていた。しかし彼らは、その災厄の様な存在を前にしてしまったのだ。
 恐怖に打ちひしがれながらも、彼は何故ターゲットである女が、こんな所にいるのかと思考を巡らせていた。

 そんな時、ターゲットである女――冥月は口を開いた。

「何故自分達が動いている事が分かった?」
「――ッ!?」
「――そう言いたそうだな」

 開口一番、冥月によって思考を読まれた事に男は動転する。
 しかし冥月は表情を崩さず、相変わらず涼やかな顔をして男に歩み寄った。

「おかしいとは思わなかったのか。私の活動範囲が、どうしてこんなにも手狭な場所のみなのか、と」

 それは質問ではない。指摘だ。男はそれを悟った。

 確かに不思議であった。これ程あっさりと、訓練されたプロですら屠る力を持ちながら、どうして拠点を持つのか。そして、何故敵である自分達がその拠点を知ってもその場所から離れようとしなかったのか。

 そんな彼の思考は、カツカツと踏み鳴らされた足音と近寄ってくる冥月によって吹き飛ばされた。

「――お前等の様な連中がいるから、だ」

 その答えに、男は納得出来なかった。無理もない。それは冥月だからこそ成せる業であり、ただの斥候である彼らとは到底常識の範疇が違うのだ。

 ――そして男の意識は刈り取られた。

「さて、次は……」

 あっさりと崩れたその者達に一瞥し、冥月は自身の影の中へと姿を消した。

 虚無の境界が動き出した事を察知した冥月は、こうして幾つもの斥候部隊を壊滅させて回っていた。その位置も人数も、彼女のテリトリーの中へと入ってしまえば筒抜けである。

 そうして潰して回る、冥月。こうしていれば、一人ぐらいは“当たり”がいるだろうという彼女なりの判断である。





◆◇◆◇◆◇





 グレッツォとベルベットは、今回の任務には死に物狂いで望んでいた。自分達の直属の上司たるスカーレットの直接の命令。それに失敗すれば、自分達がどうなるのかを想像するのは容易であった。

 ――しかし、彼らの狙いは悉く挫かれていた。

「チィッ、どうなってやがる……ッ!」

 苛立ちを顕に、グレッツォは悪態をついた。いつまで経っても戦果が報告されない事が、自分達の不測の事態を招いているのではないかと、そう思えてならなかったのだ。

「苛立ってもしかたない。そうでしょ、フラペア」
「もたもたしてらんねぇんだぞ! スカーレットは本気だぞ!」
「解ってる。でも、今は苛立ってる場合じゃない、かも」

 ベルベットの言葉と共に、カツカツと足を踏み鳴らす音が聞こえてくる。
 ビルとビルの間、ちょうど狭い路地にあたるその場所で聞こえてくる足音は反響している。

 そうして背後に振り返った二人の前で足音は止まり、そこに立っている女――冥月を睨み付けた。

「……お前等か。こうして対峙するのは初めてだが、あの時私を監視していたな?」
「――ッ!?」

 予想外であった言葉に、グレッツォは頬に嫌な汗を流し、ベルベットはたじろいだ。
 遠視の呪具を使って行動を監視した、ただそれだけ。ただそれだけの事だと言うのに、目の前にいる冥月によって、自分達の存在は既に知られていたのだと知らされたのだ。

 冥月は牽制しているつもりもなく、ただ当たり前の様にそれを告げただけであった。目の前の二人組よりも、自分の影が把握している、興信所に向かう強い気配。先程まで潰していた雑魚とは全く違う存在である。

 武彦達なら対処出来るだろうと踏んではいるものの、早く安否を確認したいという気持ちには変わりない。故に冥月は、普段は押し込めている鋭く冷たい殺気にも似た雰囲気を纏いながら口を開いた。

「悪いがさっさと終わらせて貰う。お前達の遊びに付き合っている暇はないんだ」

 その言葉と殺気に、グレッツォが飛び出る。動かなくては、そのまま飲み込まれる。そんな気がしたのだ。ジリジリと追い詰められる精神に、グレッツォは痺れを切らしたと言える。

「クソがぁッ!」

 手に持った刀身の反り返った歪なナイフ。それを両手に逆手に持ったグレッツォが冥月へと攻撃を仕掛けたのだ。ベルベットも予想だにしていない冥月の殺気に、「よもや自分達だけは殺す気ではないだろうか」という一抹の不安のせいで思考を止めてしまっていた。

 ――故に、二人は二人組という利点を活かせなかったと言える。

 グレッツォの能力は、《斬撃の強化》。これは手に持った武器が刃物であれば、どんなものでも切り裂けるという、条件さえ揃えばある意味では最強の能力である。例え相手が刃物で防御しようとした所で、バターの様に切れてしまうのだ。

 手に拾いあげた鉄パイプで切っ先を弾こうとした冥月は、そのグレッツォの能力に一瞬目を向いた。得物を持っていた自分にすら衝撃がなく切り飛ばされた事。それを考えれば、能力の予測はついた。

 グレッツォはこれをチャンスだと考え、そのまま冥月に斬りかかった。

 ――この時グレッツォが、先日のリュウと冥月の戦いの中で見せた冥月の速度を理解していれば。そして、後方で出遅れたベルベットと協力さえしていれば、結果は違ったものになっただろう。

 振り下ろしたナイフが空を斬り、グレッツォは目を見開いた。
 つい先程まであった冥月の身体が、こつ然と消えたのだ。

「面白い能力だが、その程度ではな」

 背後から聞こえた声に、グレッツォは慌てて前方へと飛ぶ。その咄嗟の判断のおかげで、背後から繰り出された金槌で殴られた様な重い衝撃をなんとか多少は逃す事に成功し、意識を保たせた。
 しかし、意識は保っていても、息が出来なくなる程の重い一撃だったのだ。

「フラペア! お願い!」

 手に持っていた継ぎ接ぎだらけの人形に声をかけたベルベットは、その人形に自身の指を切った血を垂らした。すると人形は大きくなり、体高にして三メートル程度の大きさに膨れ上がり、唸る様に声をあげた。

 油断している。そう考えたベルベットの初手だったのだが、目の前で具現化させたフラペアのせいで視界が一瞬遮られた。
 その間に、冥月は挟撃を危惧し、グレッツォに追い打ちをかける。

 グレッツォが座り込みながら左手で突きつけたナイフを冥月が右足で蹴り上げる。もう片方の手をそのまま右足で踏み付け、その腕くるりと回った冥月の左足による回し蹴りがグレッツォの首を捕らえ、真横のビルの壁へと叩きつけた。

「が……ッ」
「まずは一人だ」

 グレッツォが叩き付けられたコンクリートの壁には幾重にも罅が走り、グレッツォは力なくその場に崩れた。
 フラペアを使ったベルベットが攻撃に移ろうかと接近してきた所で、冥月は振り下ろされた手から離れて後方へと飛ぶ。グレッツォの倒れた真横の壁を抉る一撃が、その尋常ではない力の強さを誇示していた。

「“マリオネット・パーティー”」

 ベルベットの言葉と同時に、フラペアの瞳が光る。両手を握り、槌の様に固めた拳を交互に振り下ろしながら冥月へと襲いかかる。この狭い路地はフラペアを使うベルベットにとっては都合が良い場所であった。おかげで、横をすり抜ける事は出来ないのだ。

「――人形遊びは趣味じゃないんだ」

 壁を蹴ってあっさりとフラペアを飛び越えた冥月は、そのままフラペアの背を踏み付け、弾ける様にフラペアへと肉迫する。

「――フラペアッ!」
「遅い」

 ベルベットの腹部膝蹴りを入れ、浮き上がった身体に一回転しながら手刀によって首の後ろを殴りつけた冥月。

 能力を一切使わず、二人をその実力によって鎮圧してみせたのだ。

 ベルベットが気絶した事により、フラペアが倒れ、元の人形サイズに戻っていく。確かに二人共、一撃の能力はあった。身体能力も高いのだろう。しかしそれは、あくまでも冥月と比べず、普通に鍛えた者達の中では、という程度であったのだ。

 冥月は安堵のため息も漏らさず、しかし倒した二人を前にしたまま、それでも先程からの殺気――いや、殺す気はない為、気迫と言うべきだろう。気迫を解こうとはしなかった。

「……いい加減鬱陶しい。そろそろ姿を見せたらどうだ?」

 誰もいない影を見つめながら、冥月が口を開く。
 すると、ゆらりと景色が歪み、そこには黒い装束に身を包んだ一人の男、陽炎の姿が現れた。

「蛇の様なまとわりつく視線を送ってくれていたな。始まる前から見ていたのはお前だろう? 私の移動についてきたのは誉めてやるが……、ここまでだ」

 冥月の言葉に、何も口を割ろうとしない陽炎が短刀とも呼べる、脇差を構え、腰を落とした。







                    to be countinued...




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いつもご依頼有り難うございます、白神 怜司です。

今回は完全にシリアスなお話でした。
冥月さん強すぎる。おかげでグレッツォとベルベットは
あっさりと沈没でしたw

お楽しみ頂ければ幸いです。

24−Uもお届けしますので、宜しくお願い致します。

白神 怜司