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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【草間興信所と拳銃】


 それは、ある日の昼下がりのことだった。
「ただいま戻りました」
 外出していた草間零の声を聞き、ソファに寝転んでいた草間武彦は体を起こした。ダルそうに目元を擦り、零の姿を確認する。
 零は買い物袋を提げている。冷蔵庫の中身がスッカラカンになっていたので、零におつかいを頼んでいたのだ。
「うん? 何でお前がいるんだ?」
 武彦は零の隣に視線を止めた。そこには工藤・勇太の姿があった。
「あ、どうも。さっき偶然、零さんと出会いまして。お邪魔しまっす」
 爽やかに挨拶する勇太を、こいつ、昼飯をたかりにきたな、と武彦は半目で見る。
 すると、勇太もそんな武彦の視線に気づき、ニッコリ笑顔で、いえいえ違いますよ、そんなわけないじゃないですか、と無言の返事を返す。
 むむむ、と暫く二人は無言のやりとりをしていたが、先に折れたのは意外にも武彦だった。こんな事をしていても仕方がない、というように視線を零に向ける。
「零、買い物ご苦労だったな」
 武彦は零の頭をポンポンとする。すると、零の表情は心なしか緩んだように見える。
 武彦は零から買い物袋を受け取り、中を覗いた。最初に目に留まったのはコロッケだ。まだ温かい。揚げたてを買ってきたのだろう。
 さっそくいただこう、と素手で掴む。そこで、零が何かを取り出し、武彦に差し出した。
「なんだ、これは?」
「拾いました」
「……そうか」
 武彦は、敢えて関心のないふりをして、この話を流してしまおうとしたが、零は手を引っ込めない。
「俺に、これをどうしろと?」
「差し上げます」
 ぐいっと、零はさらにそれを武彦に押しつける。
「いや、いらねえよ!」
 零が持っていたのは拳銃だった。しかも、銃口を武彦に向け、零の指が引き金に掛かっているから、まるで脅されているみたいな形だ。
「おい、ここにいるの分かってるんだ!」
「隠れてないで、出てこいや!」
 外から、そんな物騒な声が聞こえてきたのは、そのときだ。
 武彦は勇太に視線を向ける。どういう事だ、これは、と言っているのは、表情を見ただけで分かる。
 いやー、すみませんっ、と勇太は武彦を拝むように、両手を合わせた。
 武彦は大きな溜息をついた。
 ああ、また厄介事だ……、と。


「すみません、草間さん……。実はかくかくしかじかで……」
 玄関口では今もドンドンという扉を叩く音と、男たちの厳つい声がする。そんな中、勇太は零からもらったコロッケをおかずに、ご飯をもぐもぐ。申し訳なさげに事のあらましを武彦に説明した。
「なんだそりゃ……」
 草間武彦は呆れ顔で、大きな溜息を一つ。だが、勇太と同様、口をもぐもぐさせながらなので、行儀が悪いし、様にもならない。
 未だに玄関口は騒がしいが、どこかアットホームな雰囲気すら漂っている。
「無視すんのも、ええ加減にせえや!!」
 怒りのせいか、なぜか関西弁で叫びながら、黒服の男三人組が、扉を蹴破り強引に部屋に上がり込んできた。勇太は黒服たちに視線を向ける。先程、撃退したばかりの、金髪と坊主とデカぶつの三人組だ。
 さすがに、男たちが上がり込んできたことで、緊迫した空気が流れる。そんな中、意外にも最初に口を開いたのは、零だった。
「ちょっと、あなたたち」
 ピンと張りつめた糸のような、細くて鋭い声だ。いつにも増して零さんがやる気だ、と勇太は零を見る。ぱっと見は、か弱い少女にしか見えないが、今の零は只ならぬ空気を纏っている。そんな零に、男たちも一歩、思わず後ずさる。逆に零は一歩、前へ踏み出して、決然と言った。
「他人の家に上がるのに土足とはどういう了見です! ちゃんと靴を脱ぎなさい!」
 ええー、問題、そこですか!? 勇太は内心で激しくツッコんだ。
 黒服三人組も、きょとんとした目で零を見ている。予想外の言葉に、どう反応していいのか分からないのだろう。武彦だけが動じることなく、我、関せず、といった様子で、欠伸をしながら窓の外を眺めたりしている。この人はホント、動じないよなあ、と勇太は感心すら覚える。
 すると、そんな周りの様子に気づいた零が、勇太に視線を向けた。
「どうしたのですか? 私、何か間違ったことを言いましたか?」
「い、いやー、間違ってないとは思いますけど……」
 頭をポリポリと掻き、
「今、気にするところ、そこですか?」
「だって、土足なんて! ここの掃除をしているのは私なんですよ」
 黒服たちに襲われても動じることのなかった零が、感情を露わにするのを見て、勇太は少し面食らった。零さんって、そういうこと気にするんだ、と。ただ、零の意外な一面を見れてラッキー、とも思う。
 何を暢気なことを、という感じだが、実際の所、勇太はそれほど緊急事態だとは思っていない。何せ、未だに手に握る茶碗と箸を手放してはいないのだから。


「おいおい、俺たちのことは無視かよ」
 金髪の男が苛立たしげに言った。零と勇太の、漫才のようなやりとりを見て、コケにされたと思ったのだろう。
「舐められたもんだな。さっきのようにいくと思うなよ。今度は本気を出させてもらう」
 スキンヘッドの男が、指の骨をポキポキと鳴らす。やる気満々である。
「ああ、ちょっと、ここではそういう荒事は控えてほしいんだけどな」
 窓に視線を向けたまま、武彦が独り言のように呟いた。武彦は黒服たちに全く興味なさげである。
「おい、オッサンはひっこんどいてもらおうか!」
 金髪男はそう言うと、デカぶつ熊男に指示を出した。熊男がのしりと前に出る。熊男は腕をぶんぶんと回す。今にも暴れだしそうだ。
「今の言葉は聞き捨てならないな」
 熊男に立ち塞がったのは武彦だった。
「お前らは机の下にでも隠れてろ」
 オッサンと言われたことに過剰反応した武彦が、勇太と零に指示を出す。こめかみをピクピクとさせているところを見ると、これは本気だ。
「零さん」
「うん」
 勇太と零は頷き会い、大人しく机の下に隠れたのだった。


 目の前では、武彦と黒服たちの戦闘が繰り広げられている。三対一だ。武彦のほうが圧倒的に不利である。武彦は周りを取り囲まれている。
 黒服たちは武彦を捕まえ、動きを封じようとする。そうすれば、後はどうとでもなる。数の利があるのだ。動きさえ封じてしまえば、武彦はどうすることもできなくなる。
 しかし、狭い部屋の中で武彦は細かく動き回り、黒服たちを撹乱し、翻弄する。
 拮抗し、緊迫した戦闘だ。というのに、
「零さん……。このコロッケ美味しいですね」
「うん……、美味しい……」
 勇太と零はのどかに食事を続けながら、そんな会話をしていた。
「コロッケ、もう一個もらってもいいですか?」
「どうぞ」
 そして、それは勇太がコロッケに箸を伸ばした時に起きた。
「ぐふっ!」
 黒服の一人、熊男が二人の隠れる机に突っ込んできたのだ。
「……!」
 勇太は驚愕の表情を浮かべる。黙ったまま、目の前に倒れる熊男ではなく、自分の手元をじっと眺めている。そこにあるはずの物が無くなっていた。視線を落とせば、それは無残な姿を晒している。
 勇太の視線の先にある物、それはご飯を床にこぼし、二度とは元に戻らない割れた茶碗だった。


「俺……、力使っていいですか……?」
 勇太の体はわなわなと震えている。キッと上げられた勇太の目は怒りの炎に燃えていた。
「ああ、別にいいぞ。俺もそろそろ疲れてきたし」
 武彦は手をひらひらと振りながら、それを了承した。深く考えず、適当に返事をしているのは明らかだ。
 だが、今の勇太にはそんなこと関係ない。草間さんの了承も得たんだ、と勇太はリミッターを解除する。
「はんっ、またテメエが相手か」
 金髪男が嘲るように鼻を鳴らし、
「今度はさっきのようにはいかな……、いぞ……?」
 スキンヘッドが威勢よく、金髪男に続いて言葉を発したのだが、勇太の様子に気付いて、尻すぼみになった。最後が疑問形になったのは、
「な、なんだ、これは!?」
 部屋の中の机や椅子、ありとあらゆる物が重力を失ったかのように、宙に浮いていたからだ。黒服たちは我が目を疑う。しかし、驚愕の光景はそれだけで終わらない。
 宙に浮いた机や椅子が、伸びたり、膨らんだり、合体しながら、その姿を変えていく。気付けば、机だったはずのものは巨大な虎に、椅子だったはずのものは合体し大蛇へと、その姿を変えていた。
「ひいっ!」
 と黒服たちは悲鳴を上げ、後ずさる。
「この程度で許されると思うなよ」
 しかし、これは勇太にとって、ただの脅しにすぎない。これはサイコジャミングによる幻覚だ。恐怖を与えることは出来ても、幻覚では制裁をくわえることは出来ない。食べ物の恨みは、深く恐ろしいのだ。
 勇太は右手を黒服たちに掲げる。すると、勇太の頭上に光が集まり、次第にその形を形成していく。念の槍、サイコシャベリンだ。
「ちょちょちょ、ちょっと……、いいい、いったん、落ち着こう……、ね?」
 顔を真っ青にしながらも、引き攣った笑顔でスキンヘッドが言った。その後ろで、金髪男と熊男も、ぶんぶんと首を縦に振っている。
 すると、勇太はニコッと笑顔を浮かべ、
「そうだよね。いったん落ち着いて……、られるかああああ!!」
 鬼の形相で叫んだ。
「ぎやああああ!!」
 黒服たちは勇太に背を向け、一目散に扉へと逃げだす。
「待てこらああああ!!」
 その背中に槍をぶちこもうとする勇太の頭を、
「それはやり過ぎだ」
 丸めた新聞で、ぽこっと、武彦が叩いた。
「あいてっ」
 と勇太が振り向くと、そこには武彦の呆れ顔があった。そこで、勇太ははっとする。完全に我を忘れて、能力を暴走させていた。
 勇太が落ち着いたことで、念の槍は消え、虎や大蛇に見えていた机や椅子も、重力を取り戻してガタガタと床に落ちた。
 すると、遠くから、
「噂は本当だったんだあああ! くそお、もう二度とこんな所には近づかねえからなあ!」
 という叫び声が聞こえてきた。武彦はやれやれ、と溜息をつく。これで、あの黒服たちが興信所にちょっかいを出してくることはもうないだろうけど、武彦にとって有難くない噂がまた広がることだろう。


「あの……、すみません……」
 勇太は部屋の惨状を見て、二人に頭を下げた。サイコキネシスを辺り構わず使ったせいで、部屋の中はゴミ箱をひっくり返したような有様だ。深く反省である。
「まあ、気にするなって」
 武彦は勇太の肩に手を置き、笑顔を浮かべた。
「草間さん……」
 勇太はそんな武彦の優しさに感激する。そこで、ふと零の事が気になった。やけに静かだ。方向性は少し違ったが、黒服たちに最初に怒っていたのは零である。まさかとは思うが、もしかしてどこか怪我でもしたのだろうか、と勇太は零に視線を向ける。
「零さん、大丈夫?」
 見た感じ、怪我をしている様子はないが、念のため本人に確かめておく。
「はい、もちろん」
 零は力強く頷いた。よかった、と勇太が安心すると、
「もちろん、コロッケは無事です!」
 どこか誇らしげに、零はコロッケを勇太に見せた。いや、俺が心配したのはコロッケじゃないんだけど……、と呆れながらも、ほっとする。
 すると、零が勇太の顔に、ぐいっと顔を近づけた。少しドキッとする。
「でも、お片付けはちゃんとしてもらいます」
 ああ……、そうですよねー、と勇太は肩を落とす。零が綺麗好きだというのは、先ほど知ったばかりの事だ。
「ははは、まあ頑張れよ」
 武彦がバシバシと勇太の背中を叩く。すると、
「お兄さんも一緒にやるのです」
 ぎろっと零が武彦に視線を向ける。ええー、俺もー? と面倒くさそうにしながらも、最終的には、やれやれ仕方ねえな、と一緒になって片付けを始める。
「さあ、片付けが終わったら、食事の続きにしましょう」
 テキパキと片付けをしながら、零が言う。
「はいはいさー!」
 勇太は無駄に元気に返事をした。
 視線を横に向けると、渋々といった様子の武彦、その横にはテキパキと二人に指示を出す零。こうやって三人で部屋の片づけを一緒にやるというのも悪くない。勇太は自然と笑みを浮かべていた。
 部屋の隅に置かれた、皿の上に盛られたコロッケが、三人に食べられる瞬間を今か今かと待っている。そして、その横には黒く光る拳銃。すっかり、三人は拳銃のことなど、忘れているのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


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■         ライター通信          ■
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どうも、お久しぶりです。影西軌南です。この度はご依頼いただき、ありがとうございます。
前作の続きということで、ギャグ中心に描かせて頂きました。少しでも楽しんでいもらえればいいのですが。
勇太、武彦、零、三人のやりとりは書いていて、とても楽しかったです。今後、またご縁があることを楽しみにしています。
それでは、またどこかでー。