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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


アリアちゃん@旅行中





「――旅行がしたい?」

 唐突な娘からの要望に、少女の母親は小首を傾げた。
 一児の母であるとは到底思えない若々しさに、崩れていないスタイル。街を歩けば十人に九人が振り返り、残りの一人はその美しさから振り返る事すら畏れ多いと平伏する可能性すら有する、そんな女性である。

 対して、そんな母を持つ少女。母親と同じく水色の髪を肩口まで伸ばした彼女は、将来は母に似るだろう事が容易に想像出来る整った顔立ちをしている。つまる所、美少女と称するのが相応しいだろう。眠たげな瞳がどこか残念な感はあるのだが、それもまたどこか神秘的な魅力であったりもする。

 さて、そんな少女――つまりはアリアが唐突に申し出た言葉に、アリアの母は少々困惑する。どちらかと言えば放任主義であるアリアの母。黙って数日いなくなる程度ならば珍しくもない、そんなアリアがわざわざ許可をもらえるように申し出て来たのだ。氷の女王の血縁者、つまりは人間ではない彼女にとっては構わない事だが、人間である自分の夫は、たかだか13歳の娘が旅に出る事は少々抵抗もあるだろう。

 ――旅行を旅と言っている時点で、アリアの母はそれ相応に長い期間がかかりそうな、そんな気配を感じ取っている。

「……売上金、貯めてたの。それで、ちょっとお出かけ」
「あら、自分のお金で出掛けるつもりなのね? 偉いわね〜」

 褒められた事で小さな胸を張って少し自慢気なアリアである。

「お父さんには私から伝えてあげるから、好きになさい」
「……うん」

 返事をしたアリアが立ち上がり、早速出かけようとする。そんなアリアに、母として一応行く先を尋ねるアリアの母に返ってきた答えは、なんとも想像の斜め上を行く答えであった。

「――ん、氷河」






◆◇◆◇◆◇





 方向音痴、という言葉がある。
 方向・方角に関する感覚の劣る人のことをいう。音痴が変化してできた言葉なのだが、今のアリアはそれを上回る、言うなれば『世界音痴』とでも言うべきだろうか。

 彼女の今いる場所。
 それは、“異世界の極地”。極寒の白銀が広がる大地である。

 何をどう間違えればこんな場所に出るのか、誰もが彼女に問いただしたい所だろうが、それは徒労に終わるだろう。なんせ彼女は、ただ街から「寒い気配がする方」へと向かって歩くだけという、なんとも常識外れな行動から辿り着いてしまっているのだ。

「ん、気持ちいい」

 ワンピースさながらの少女が、そんな極寒の地で歓喜を混じらせつつ呟いた。普通の人間であったなら、この言葉を聞いた途端に「寝たら死ぬぞ」というお約束のフレーズに直結しそうなものである。

 何はともあれ、残念ながらこの地に人はいない様だ。もしも人がいるとすれば、バナナで釘を打つどころの騒ぎではないこんな寒い場所でワンピース姿で歩いている少女を見たら、唖然として口を開くか、もしくは慌てて逃げ出すだろう。主に妖怪的な意味で、である。

 ――さて、そんな極寒の大地でアリアが早速行ったのは、本能の成せる業と言うべきだろう。

 頭の上には意匠の凝らされたティアラが氷によって作り上げられ、さらに氷のドレスに身を包む。ロングドレスではなく、ミニドレスの仕様ではあるものの、その細部に至るまで施された刺繍の様な意匠に至っては、アリアの想像力がものを言ったというべきだろう。腕や指、首には白く輝くアクセサリが用意され、氷の女王ならぬ氷の王女がそこには誕生していた。

「やっぱりこういう場所では、こういう正装をしなくちゃね」

 何をもって正装だと言うのか些か疑問が残る言葉である。

「でもここ、やっぱりおかしい……?」

 疑問に至るまでの判断の順番がおかしいのは、もはやご愛嬌といった所だろう。アリアの目に映ったのは、ペンギンの姿であった。

 黒と白の身体。首元が黄色くなっている姿。そしてヨチヨチと歩くそれは、見紛う事なき王様ペンギンという種に、近い。

 近い、という言葉に至ったのは、その大きさが体高にして三メートル前後はあるからである。その周りには首元に色のついていない、二メートル前後の白と黒のペンギンである。

 ――王様ペンギンもどきは、どうやらあの集団の王である様だ。

 さてはて、この光景にとうのアリアは興味を惹かれたのか、その群れへと歩み寄る。一歩一歩歩いている彼女が、次の一歩を踏み出した途端、その群れは一斉にアリアへと振り返った。

「……こっち向いた」

 ペンギン達が横一列に並び、両手を横に広げて構える。なんとなくその動きを真似てみたアリアは、首を傾げながらも両手を開いてみせた。

 そして、王様なペンギンが一声。
 それと同時に、その黒と白の横一列が、猛然とアリアに向かってかけ出した。

 自分より明らかに大きいペンギン軍団による、突然の特攻。これはさすがのアリアも予想外であると言えた。横一列になったペンギン達の怒涛の行進を前に、アリアは小首を傾げた。
 その距離はもう十メートル程度である。

「ぶつかる」

 もはやその勢いは止まらないだろうと考えたアリアがすっと手を翳すと、ペンギン達と自分を遮る様に分厚い氷の壁が生まれた。腹を地面にぶつけ、さながらダーツの様に突っ込んできたペンギン達がその氷の壁にぶつかり、鋭利な嘴を氷の壁に突き刺して動きを止めた。

「戦いたいの?」

 氷の壁を消し去り、脅しではない、ただの疑問を投げかけたアリアであった。
 しかしこの言葉が、知能の高いペンギン達には「これ以上やるなら手加減はしないぞ」という一種の脅しに聞こえたのである。もちろん、アリアはそんな気はない。

 しかし血の気の多い一羽のペンギンが、氷の壁がなくなった事をこれ幸いにと飛び出し、アリアに肉迫する。

 巨大の身体をぐっと倒し、再びのダーツの様な攻撃で真っ直ぐアリアに向かったペンギンであったが、次の瞬間、横に飛んだアリアが具現化した氷の球体がそのペンギンの真上に現れ、ペンギンの身体を押しつぶした。
 動けなくなった氷の球体が徐々に消えていくのに合わせ、潰されていたペンギンの身体が氷に包まれていく。その光景はさながら、氷によって身体を侵食されていく様にすら見える。

「遊んであげるよ?」

 アリアの笑みが、少々獰猛さを醸しだした。この氷の世界という状況が、アリアの中に眠る女王の気質を僅かばかりに蘇らせつつあるのであった。そんなアリアを見つめていた王様なペンギンがスッとアリアに歩み寄り、その頭を下げた。

「……どうしたの?」

 その後顔を上げ、キュルルっと喉を鳴らしてから低く大きい声をあげた王様ペンギンもどき。すると、その王に付き添っていた群れが、同じく王と同じ様に頭を下げ、その場でアリアに平伏した。

 どうやらアリアは、この群れによって王よりも上の位とも呼べる、女王として認められた様だ。





 氷の大地で出来た、アリア親衛隊と呼ぶ様なペンギン達は足並みを揃えて行進していく。椅子を作り上げてみたアリアを、ペンギンの若い者達が持ち上げ、運んでいく。その中には、先程アリアにあっさりと負けたペンギンの元気な姿があった。

 女王様気分もここまで来ると相当に満足出来る様であった。

 途中現れたホッキョクグマもどき。これに至っては何故かペンギンよりも弱いらしく、その大きさは実物像とたいして変わらない。思わずもふもふしてやりたくなったアリアが椅子から飛び降り、ホッキョクグマもどきへと歩み寄り、手を伸ばした。

 当然、獰猛な彼はそれを良しとはしない。普段であれば、その鋭い爪をもって制裁してやろうという所だろう。

 しかし、そんな彼を射抜いた、自分より明らかに獰猛かつ巨大なペンギンの軍団。そんなものが目を光らせている最中にそんな事をすれば、自分の命すら危ぶまれる事は間違いないだろう。

 今はされるがままにしておこう。
 そんな事を考えたホッキョクグマもどきであったが、その思考はそこで分断された。

 氷漬けにされたのである。

「うん、もふもふする為に持って帰ろう」

 極寒の地で生きるペンギン達であるが、そんな彼らでさえ悪寒を感じたアリアの小さな笑みとその言葉である。言葉の意味こそ理解出来ないが、その雰囲気から何を考えているのかは彼らも理解出来る様だ。




 練り歩くだけ練り歩いた彼女は次々と珍しい生き物を探しては氷漬けにしていく。それを見る事にも慣れたペンギン達は、自分達が家臣として働いているからこそ、無事であると思い込んでいる。

 しかし、その言葉は間もなく打ち砕かれるのであった。

「帰りはみんなは持って帰れないから、三つぐらいに絞らなくちゃ。その色の違う子と、あとはどれにしよう……」

 言葉が理解出来ない彼らであるが、その言葉に戦慄めいたものを感じた王様なペンギンは、自分だけ色が違うという誇りを、今だけはかなぐり捨てて逃げ出したい気分であった。







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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

ペンギンの話題が出ていたので、
ペンギン部隊という謎の集団を作ってみました。

王様ペンギンはアウトですね。完全に持ち帰り確定でしょう。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共、機会がありましたら
是非宜しくお願い致します。

白神 怜司