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Route6・お家騒動?/ 葛城・深墨
澄んだ空気と冷たい風。普段なら分厚い雲に覆われているこの冬に、綺麗な青色の空が広がる。
葛城・深墨はその空を見上げて白い息を吐くと、緩やかに目を瞬いて歩き出した。
今日は午後の講義が休みだ。久しぶりに葎子の働く喫茶店に足を運んでも良いかもしれない。
そう思うのだが、ふと彼の足が止まる。
「……いるの、かな」
ポツリ、零して視線を落とす。
先日葎子と言葉を交わして以降、彼女には会っていない。学校のレポートの関係で時間が取れなかったのは勿論だが、他にも理由はある。
「どうしたら葎子ちゃんの力になれるんだ……」
落ち込んでいる葎子。彼女の置かれた状態を考えればそれは仕方のない事だ。
だが葎子は落ち込んでいる自分を隠そうとする。それは一度や二度ではなく、何度も何度も。
まるで落ち込むことが悪いとでも言う様に、葎子は自分の感情を隠して笑う。
そんな彼女を想うと、深墨の心がチクリと痛んだ。そして必ず「自分には何がしてあげられるんだろう」と思ってしまう。
だから足が自然と遠ざかってしまっていた。
「俺は……」
クシャリと紙を掻き上げて息を吐く。
何故こんなにも葎子を気に掛けるのか。何故こんなにも気になるのか。
乱暴に掻き乱した髪にもう一度ため息が零れる。そうして歩き出すと、葎子の店とは逆の方向に歩き出した。
「こんな気持ちのまま会う訳には――」
――会う訳にはいかない。
そう思ったのだが、不意に深墨の足と目、そして思考が止まる。
商店街の片隅に在る小物屋の前に、見慣れた人影があったからだ。
「……葎子ちゃん?」
店のショーウインドー越しに何かを見詰めるのは間違いない、葎子だ。彼女は食い入るように窓の中を見詰め、苦しそうに眉を寄せている。
その顔がガラス越しに見えて、深墨はギュッと自分の胸を掴んだ。
(何だってこんな……)
痛んだ胸に妙な違和感が付き纏う。それでも足は自然と前に動いていた。
「葎子ちゃん、何見てるの?」
「!」
自然に声を掛けた筈だった。
けれど振り返った彼女は驚いた様に目を見開き、今見ていた物を隠すように体を動かした。
「……深墨ちゃん、こんにちは」
ニコッと笑った彼女の顔に、ズキリと胸が痛む。
(違う……こんな笑顔じゃない……)
ギリッと奥歯を噛み締め、そして彼女の顔を見詰める。
「深墨ちゃん?」
何も言わずに真剣な表情で見詰める深墨に、葎子の顔に不安の色が浮かぶ。しかし彼女はまたそれを隠して笑顔を見せた。
「えへへ、今日は良い天気だね。深墨ちゃんは学校の帰りなのかな? だったら葎子と同じ――」
バンッ!
突然響いた音と衝撃に、葎子の目が見開かれた。
「深墨、ちゃん……?」
葎子を囲う様に窓に着いた両手。間近で見下ろす葎子の顔には困惑しか浮かんでいない。
でもそれで良い。
深墨は驚く葎子の額に自分のそれを重ねると、彼女が隠した物を見た。
陶器で出来た2人の女の子を模した人形。形からしてオルゴールだろうか。同じ姿をした女の子2人が、楽しそうに踊っているその姿は、葎子と彼女の姉を連想させる。
(……やっぱり、お姉ちゃんのことで悩んでるんだ……)
それなのに、必死に笑って自分を隠そうとする。
今だって深墨に驚かされて怖いはずなのに、必死に笑おうと顔を歪めている。その顔を見ていると、自分でも不思議なくらいに苛立つ。
「……笑うな」
低く、絞り出すように零した声に葎子がハッと目を見開く。
「……そうやって笑うのは、律子ちゃんの優しさだって思う。――でも……それでも、俺は律子ちゃんにそんな風に笑っていてほしくないんだよっ!」
ガンッと、再びショーウインドーが大きな音を立てる。その音に店員も飛び出してくるが深墨は構わず葎子の顔を見詰めた。
「無理、しなくて良いんだよ」
合わせた額を擦り寄せ、縋る様に頬を寄せる。と、そこで深墨はあるものに気付いた。
頬に触れる湿った感触。それを辿る様に顔を上げると、彼女の瞳から涙があふれているのが見える。
「っ、ごめん……」
反射的に離れて視線を逸らした。
(何だって俺はこんな……)
早鐘を打つ心臓と、頭にのぼった血に戸惑いを感じる。
そもそも深墨は何かに執着すると言うことがない。にも拘らず葎子にはそれに似た感情を抱いてしまう。
それが何故なのか……。
「……葎子ちゃん」
ポケットから取り出したハンカチを差出して彼女の頬に触れさす。そうして彼女の手を取ると、葎子の足が動いた。
まだ嫌われていない。
その事に安堵の息を零し、深墨は出て来た店員に頭を下げ、この場を後にした。
2人が向かったのは、商店街から僅かに離れた街路樹の下。人目から逃れるように身を寄せたそこで、深墨は泣き止むよう自身を落ち着かせる葎子を見詰めていた。
(……葎子ちゃんは本音を隠そうとする。彼女も、俺に似ているのかもしれない。だから……)
だからあんなにも感情的になったんだ。
そう自分自身に言い聞かせ、深墨は閉ざしていた口を開く。
「……まだ時間はある。だから、一緒に幻の蝶を探そう」
前に饕餮が現れてからひと月ほどしか経っていない。なら半年と告げられた葎子の姉の余命はまだ残っているはずだ。
「俺に手伝えることがあったら言って。出来ることなら何でもする、力になりたいんだ」
真っ直ぐに見詰める視線に葎子の視線がぶつかる。
彼女を手伝いたいと言う気持ちは嘘じゃない。
出来ることなら葎子に本当の笑顔を戻して、2人で笑い合えたらと思う。それが葎子を本当の意味で助けることになり、自分自身を納得させる方法だと思うから。
「泣かせた俺の言葉じゃ、信じられないかな……?」
こうして質問を投げるだけで心がざわめく。
自分の言葉ひとつひとつに葎子が何を想い、どう反応するのか。それを想像するだけで、気持ち悪いくらいに緊張する。
(でもこれは自分が招いた種だ……俺が葎子ちゃんを泣かせたから……)
ギュッと奥歯を噛み締め返事を待つ。
すると涙を納めた葎子の顔に微かな笑みが乗った。
はにかむような、どこか照れくさそうな笑顔。
それは決して華やかではないけれど、嘘ではない本当の笑顔だ。
「そんなこと、ない」
ふわりと零れた笑みに、深墨の顔からも笑みが零れる。
「良かった」
心の底から安堵した声が零れ、へたり込むようにその場に座り込む。全身から力が抜けた様に脱力したが、嫌な気はしない。
寧ろ、嬉しい。
「……ありがとう」
そう囁くと、葎子の髪が視界に入った。
「葎子ちゃん?」
「えへへ、深墨ちゃんとお揃い」
にこっと笑って顔を合せる葎子の視線が近い。
彼女も深墨と同じようにしゃがみ込んで小首をかしげている。その仕草がおかしくて、深墨は思わず笑い声を零してしまった。
「もう。そこまで笑わなくても良いのに……先にしゃがんだのは、深墨ちゃんだよ?」
ぶぅ。っと頬を膨らます彼女の顔に陰りは無い。くるくると動く表情は、はじめて会った頃の彼女と同じで、それでもどこか違う力の抜けたもの。
(俺は、葎子ちゃんのこの表情が見たいんだ……何も飾らない、本当の彼女の……)
そこまで思った所で、ふと自分の鞄に目を落とした。
「そうだ。葎子ちゃんに渡そうと思ってた物があるんだ」
そう言って取り出したのは一冊の本だ。
葎子の探す幻の蝶。それに関して何かないかと本屋を巡っていたときに見つけた本だ。
「……詩集?」
「うん。短編のお話が詰まった本なんだけど、詩集と言うよりは絵本に近いかな」
本屋で見つけた時、思わず葎子の顔が浮かんだ。
だから迷わず購入したのだが、葎子は気に入るだろうか。
「うわぁ、綺麗な絵……」
パラリと開かれた本の中には、水彩を使った綺麗なイラストがある。その随所に1・2行の短い詩が載っており、葎子は食い入るようにそれを見詰めていた。
「どう、かな?」
見ているだけで心落ち着くようなイラストに、優しい音で心を擽ってくる詩。今の葎子にはこんな本が合うんじゃないか……そんな自分の感覚で選んでしまったのだが。
「あの……気に入らなかったのなら別のに――」
「そんなことない!」
思った以上に力強い声が返って来て目を瞬いてしまう。
「葎子ちゃん?」
「あ、あの……」
葎子も自分の勢いに気付いたのだろう。
頬を真っ赤に染めて俯くと、大事そうに本を抱きしめた。
「……すごく、嬉しい」
ありがとう。
極々小さな声で発せられた言葉に深墨の手が伸びた。そして彼女の肩に触れようとした所でハッとする。
(……何、しようとした……?)
高鳴る鼓動と、自分の不可解な行動。
それらに目を瞬き、深墨は伸ばした手を下げると、耳まで赤く染める葎子を見詰めた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート6への参加ありがとうございました。
かなり甘酸っぱく攻めてみましたが如何でしたでしょうか。
リテイク等何かありましたら、遠慮なくお声掛け下さい。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
この度は本当にありがとうございました!
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