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<東京怪談ノベル(シングル)>


解き放たれた運命


 過酷な目に遭うという覚悟はしていた、つもりである。
 そんな覚悟など、あっさりと粉砕された。
 全身で、関節がガクガクと笑っている。乏しい筋肉が、熱を持って痙攣している。
 外傷はない。だが、あちこちで内出血が起こっている。
 準備運動だけで、工藤勇太の肉体は徹底的に破壊されていた。
「立てよ、黄色いの」
 まるで壊れた人形のようになった少年の細身を、教官が容赦なく引きずり起こす。
 大柄な黒人の男である。筋骨たくましいその身体に、空手着が柔道着か判然としない道着をまとい、黒帯を締めている。
 勇太も今は、同じような道着を着ているが、腰に巻かれているのは弱々しい白帯だ。
 IO2アメリカ本部の、戦闘実技練成場。そこで工藤勇太は今、猫に捕われた鼠のような扱いを受けている。
 教官の黒く力強い片手が、勇太の道着を掴んだ。
 片手の力だけで、勇太の身体は物のように宙を舞い、練成場の床に叩き付けられていた。
 背中を強打し、呼吸が詰まった。
 まだ受け身も取れない少年の身体を、教官は巧みに背中から落としていた。
「いくらかアレンジされちゃあいるが……ベースになってるのは、お前さんの国の武道だぜ?」
 息も出来ずにいる勇太を、やはり片手だけで引きずり起こしながら、教官がニヤニヤと笑う。
「もうちょっと、しっかりやってみろや……なあっ」
 よたよたと立つ勇太の両脛を、教官の痛烈な足払いが襲う。
 転倒し、床に全身を打ち付けながらも、勇太は思う。
 この教官は、弱い者いじめを楽しむ最低な男だ。が、あの研究施設にいた者たちよりは遥かにましである。
「俺を、ぶちのめしてえんだろう。やってみろよ」
 勇太を引きずり起こしながら、教官が言った。口元は相変わらずニヤニヤと歪んでいるが、目は笑っていない。
「本気出してみろ……おめえさんの本当の力、見せてみろって言ってんだ」
「……何の……話ですか……」
 ぜいぜいと、ようやく呼吸を回復させながら、勇太は呻いた。
「本気も、何も……これが、俺の全力……」
「この組織を何だと思ってやがる? ええおい」
 教官の片手が、勇太の道着の襟を容赦なく締め上げる。
 この黒人の力加減1つで、自分は容易く窒息死を遂げる。それを勇太は感じ取った。
「超常能力者ってぇ連中を、年がら年中相手にしてる組織だぜ……わかるかい黄色の坊や。おめえがIO2に入って来るってのはなぁ、犯罪者が警察に就職しちまうようなもんなんだよ」
 自分の過去を、何もかも調べ上げられている。
 考えてみるまでもなく、当然の事か。薄れゆく意識の中で、勇太はぼんやりと、そう思った。
 頸動脈を締め上げられ、頭に酸素が行かなくなっている。勇太は、失神寸前だった。
「自分の、本当の力……恐いのかい、受け入れられねえのかい」
 勇太の耳元で、教官が囁く。獣の唸りのような、囁きだった。
 受け入れられない。こんな力を、受け入れられるわけがない。
 この禍々しい力を否定するために、勇太はIO2を志願したのだ。こんな力に頼らずに済む強さを、手に入れるために。
「力は、力だろうが……何で使おうとしねえ? 活かそうとしねえ?」
 教官の囁きが、怒声に変わっていった。
「ヒヨッ子の分際で力の出し惜しみなんざぁ、100年早ぇんだよッ!」
(あんた……なんかに、何がわかる……)
 容赦なく圧迫される喉の奥で、勇太は呻いた。
(こんな、力のせいで……俺が今まで、どんな目に遭ってきたか……誰が、わかるってんだよぉ……っ……)
 そのまま勇太は、意識を失っていった。


 そんなふうに扱われているうちに、少なくとも受け身くらいは取れるようになった。
 爆風に吹っ飛ばされた勇太の身体が、くるりと丸まりながら路面に激突する。
 背中を強打し、呼吸が詰まった。
 慣れない頃であれば、後頭部を打って即死していたところである。
「ぐっ……ぶ……ッ」
 呼吸の回復と共に、喉の奥から血の味が込み上げて来る。
 げほっ、と真紅の飛沫を飛び散らせながら、勇太はよろよろと身を起こした。
 ロス市内の一角である。
 幸い、住民の避難は完了しているようであった。路上に倒れているのは、IO2の隊員ばかりである。
 道路に、大穴が生じていた。爆発によって穿たれた穴だ。
 その爆発を引き起こした張本人が、ゆったりと歩いて来る。
 鎧を着ていた。重厚な、西洋騎士の全身甲冑。その中身が人間の肉体であるのかどうかは、定かではない。
 がちゃ、ガチャッ……と重々しく鎧を鳴らしながら、その男は言った。
「無駄な抵抗はやめよ。滅びの運命を、拒んではならぬ」
 面頬の奥で、真紅の眼光が爛々と輝く。
「生きとし生けるものは全て滅び、霊的なる進化を遂げる……滅亡を経て、新たなる段階へと達するのだ」
 BOUNDARY OF NOTHINGNESS。虚無の境界。
 1999年の終末騒ぎの頃から存在を確認されている、テロ組織である。生体兵器の類を作り出す技術力を有し、このような破壊行為を世界各地で行っているという。
 倒れていたIO2隊員たちの中から、1人が立ち上がって小銃を構えた。
「このっ……カルト野郎が!」
 教官だった。
 怒声に合わせて小銃が火を吹き、甲冑騎士の全身で火花が散る。
 鎧が、銃撃を全て跳ね返していた。
「滅びゆく者どもの力など、その程度のもの……」
 甲冑騎士が、嘲笑う。面頬の奥で、赤い眼光がカッ! と激しさを増す。
 またしても爆発が起こり、教官の身体が吹っ飛んで宙を舞った。
 自分と同じだ、と勇太は思った。
 先天的に有していたものか後天的に与えられたものか、とにかく邪悪な力を開発されて怪物と化した男。
 甲冑などを着せられ、嬉々として破壊殺傷を行うその姿を、勇太は血を吐きながら凝視した。
(俺と……こいつ……一体、何が違うって言うんだ……)
「おい……ヒヨッ子……」
 声がした。
 高々と吹っ飛んでいた教官が、いつの間にか勇太の近くに落下し、路上で無惨な姿を晒していた。
 爆発の直撃は、辛うじて避けたのだろう。だがその全身は焼けただれ血まみれで、一刻を争う状態である。
「これで、わかったろ……力の出し惜しみなんざぁ、してられる仕事じゃねえって事……」
 甲冑騎士が、こちらに歩み寄って来る。
 その真紅の眼光が輝いた時、勇太も教官も、もろともに爆死する。
「まだ、わかんねえのか……! おめえにはな、力があるんだ……」
 教官が、勇太の腕を掴んだ。
「戦いたくても力のねえ奴が、大勢いるんだぜ……俺みてえになぁ……」
「くっ……!」
 恨み重なる教官を背後に庇う格好で、勇太は立ち上がっていた。
 そして、甲冑騎士に向かって拳銃を構える。
「ふん、まだ無駄な抵抗をしようと言うのか……」
 などという甲冑騎士の言葉を最後まで聞かず、勇太は引き金を引いていた。
 そうしながら、力を開放する。一生、封印しておくつもりであった力を。
 薬室内における火薬の爆発に、念動力が加わった。
 爆発と念動。2つの力で押し出されたマグナム弾が、通常の何倍もの速度で銃身内のライフリングを擦り、凄まじい加速を与えられて銃口から奔り出す。2発、3発。
 甲冑騎士の胸板に、銃声と同じ数だけ、穴が生じた。
 念動力を上乗せされた銃撃が、小銃弾をも跳ね返す鎧を貫通していた。
 面頬の奥で、真紅の眼光が苦しげに輝き、薄れ、消えてゆく。
 甲冑騎士は倒れ、動かなくなった。
「……やりゃあ、出来るじゃねえか……」
 教官が、死にそうな顔でニヤリと笑う。
「それでいい……力がある奴ってのは結局、戦うしかねえんだ……運命ってやつさ」
「運命、ですか……」
 ヘリの爆音が、上空から近付いて来る。
 IO2の、救護班のヘリコプターだった。
 この教官を含め、倒れている隊員たち全員が助かるかどうかは、わからない。
 1人でも死んでいたら、それは勇太が殺したという事になる。最初から力を使って甲冑騎士を早々に仕留めていれば、彼らが負傷する事はなかったのだから。
 力がある者は、戦うしかない。それが運命。
 教官の言葉を、勇太は反芻していた。
「運命、か……」
 1つ、名前が思い浮かんだ。
 エージェントネームをもらえる身分になったら、その名前を申請してみよう、と勇太は思った。