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とある日常風景
− お茶とセレシュとネコ探し −
1.
「おう、どうした?」
いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。
「近く寄ったさかい、顔出したんやけど…相変わらず暇そうやね」
苦笑いでセレシュ・ウィーラーは肩のあたりに張り付いた桜の花びらを払い落とした。
「そうだったんですか。…あ、そうだ! 折角ですし、お茶の時間にでもしましょうか」
零が嬉しそうにいそいそとお茶の用意をし始める。
「暇そう…ではなくて、来るべき依頼のために鋭気を養っていると言ってほしいな」
草間がハラハラと落ちていく花びらを見ながら「…桜も終わりか」と呟いた。
「ものはいいようやね。前向きな意見で、うちはええと思うよ」
セレシュが笑うと、草間は「そりゃどーも」と新聞で顔を隠してしまった。
柄にもなく照れているんやろか?
そう思って覗き込もうとするセレシュの視線を、草間はことごとく新聞で遮る。
…よっぽど見られたないんやなぁ。
セレシュはこれ以上の詮索を止めにした。野暮はいけない。
「紅茶とスコーンをお持ちしました。さぁ、おやつの時間にしましょう」
そう言ってよい香りを漂わせて零がお盆に3つの紅茶とスコーンの乗った皿を乗せて持ってきた。
「スコーンは手作りですのでお口に合うかわかりませんが、紅茶はお客様用のとっておきですから美味しいですよ」
「あ〜…なんや気を遣わせて悪かったわ。いつもんでよかったのに…」
セレシュが恐縮してそう言うと、零はにこにこと微笑む。
「いえ、せっかく来ていただいたのですから、美味しいお茶をお出ししたかったんです」
どうぞ、とテーブルの上にセットされる紅茶とスコーン。
草間も何食わぬ顔してソファに座り込む。
「それじゃ折角やし、いただこかな♪」
セレシュもソファに座ると、和やかなティータイムが始まった。
2.
「最近仕事どーなん?」
「…鋭気はばっちりだ」
「ご近所トラブルの解決に尽力を注いでいます」
セレシュの問いに草間兄弟は見事に別々の回答をした。
「そ、それは…まぁ、世のため人のために役立ってて何よりやね」
美味しい紅茶を頂きながら、セレシュは苦笑する。
「セレシュの方はどうなんだ?」
「うち? 満員御礼、商売繁盛や。うちの腕をかってくれとるからね、皆」
「そりゃ、うらやま…いや、結構なことだ」
思わず本音の片鱗が出てしまった草間は紅茶を飲んで口を塞ぐ。
その時、電話が鳴った。
草間は立ち上がり、所長の机に置かれた受話器を取り上げた。
「もしもし、こちら草間興信所…」
セレシュと零は小声でスコーンの味について、議論を交わす。
「うちはも少し甘くなくてもええ気がするなぁ」
「そうですか? …じゃあ今度作る時はもう少しお砂糖を減らしてみます。焼き加減はいかがですか?」
「バッチリやと思うよ。うち好みや」
そんな女子の会話を尻目に、草間は仕事の依頼らしき話を電話の向こう側としている。
「えっと…あんまり要領を得てないんだが、つまりネコが逃げたんだな? で、そのネコを探してほしいと」
…ネコ?
草間の言葉に思わずセレシュは耳を傾ける。
「あー…うーん…そうだなぁ…」
ちらりとこちらを見た草間とセレシュは目があった。瞬間草間はにやりと笑った気がした。
「…わかった。いいだろう。その依頼、受けよう」
そう言って受話器を置いた草間は、セレシュに向き直った。
「さて、久しぶりの依頼だ。ネコを探してほしいそうだ」
「ネコ探しかいな。ネコ…か」
「そう、ネコ。誰かいい助手が欲しいなぁ〜。どこかにいい助手はいないかなぁ〜」
草間はそう言いながら視線を興信所内に彷徨わせる。
わざとらし!
そう思いながらも内心ネコに引っ掛かる。
「しゃ、しゃーないなぁ。うちが手伝ったるわ。特別やで?」
もしかしたら…今度は仲良くなれるかもしれない。
そんな淡い期待でセレシュは草間の手伝いを買って出た。
誰と? 決まっている。
ネコとだ…!
3.
そもそも、ネコという動物には興味があった。
三角の耳、光によって変わる瞳孔の形、そして人に媚びないのになぜそんなに可愛がられているのか?
興味の尽きない対象ではあったのだが…相手は動物である。
動物は野生の勘で自分の生命危機を感じればすぐに逃げて行ってしまう。
セレシュもまたネコにとってはそんな対象のようで、仲よくしようと何度か試みてみたものの…結果は惨敗である。
「あぁ、言い忘れていたんだが…依頼主の話がよくわからなかったんだが、どうもネコがカエルを見ると逃げ出すとかなんとか…そんなことを言ってたんだ」
草間がネコの特徴を教えてくれた後に、そんなよくわからない話をして別れて探すこととした。
カエル? なんでカエルやねん??
さっぱりわからないが、まぁ、とりあえず近くの公園から捜索開始。
「ネーコーさーん。おったら返事してやぁ?」
…返事はない。
公園の遊具の影、茂みの中、ベンチの下…いたるところを探してみたが、影も形もない。
「うちの存在に気が付いて逃げよったかな?」
そうだとしたら目も当てられない。これじゃ草間の手伝いではなく邪魔をしていることになってしまう。
…まだそうやと決まったわけじゃないし、もう少し探してみよか。
公園を出て、今度は路地裏に入り込む。
「ネーコーさーん!」
ニャッ! っと逃げていく声に振り向いてみたが、どうやら目的のネコではないようだ。
「ここにもおらんかぁ」
『主が探しておるのはネコかえ?』
「そうそう、こうちっさくてな、真っ黒い…丁度アンタさんみたいな…ネコ…?」
声に振り向いたセレシュの後ろには真っ黒な小さなネコが尻尾を振って座っていた。
「えー…っと? ネコさん?」
『いかにも』
「…喋るんかいな」
『ネコも年を取ると博学になるものよ』
そんなわけはない。これはおそらく『猫又』と呼ばれる日本の妖怪の類であろう。
「まぁ、今更草間さんとこにどないな依頼が来ても不思議やないわ」
1人そう笑ったセレシュに、ネコは話しかけた。
『お主を見込んで、少々頼みがある。我が家に住み着きおったカエルめを追い出してはくれぬかえ?』
「は? カエル??」
そう言えば草間がそんなことを言っていたような…?
「なんでカエルを?」
『カエルは好かぬ。グアグア鳴いて跳び回る。あの態度が好かぬ』
よくわからないが、とにかく嫌いらしい。
とにかくこのネコが家出をした理由がカエルにあるというのなら、それを取り除かなければ家に戻したところでまた飛び出すだけだろう。
「ネコから依頼なんて初めてやわ」
『何事も経験よ』
ネコはすまし顔で顔を洗った。
4.
ネコの先導でネコの家へとやってきた。
確かに玄関脇に大きなカエルがこちらを見ている。これが例のカエルらしい。
ネコを見ればぷいっと横を向いて無視を決め込んでいるものの、尻尾の毛が立っている。
よっぽど嫌いらしい。
「しかし…どうしたもんやろな。こないにでかいカエルはちょっと触るの躊躇ってしまうわ」
うーんと考え込んだセレシュにネコは何事もないかのように言った。
『お主が近寄りさえすれば、ヤツはここよりいなくなるであろう。その理由は、お主の方がよくわかっておるはず』
…このネコ、うちの正体を知っている!?
セレシュは思わずネコを見たが、ネコは素知らぬ顔で『ほれ、早う』と急かすだけ。
言われたとおりにセレシュは恐る恐るカエルに近づく。
カエルはセレシュが近づくにつれ、その顔色を変えて汗が吹き出し、そして逃げ出した。
カエルが逃げていくガサガサという音は次第に遠くなり、そして聞こえなくなった。
「コレでよかったんかいな」
『うむ。大儀であった』
ネコはそう言うと自ら玄関を開けて家の中に入っていった…。
「ネコが見つかって依頼主も感謝してたぜ」
草間が紅茶とスコーンを前に上機嫌に言った。
「そらよかったわ」
ネコ探しの依頼の後、興信所で零がまた紅茶を入れて労ってくれた。
「ネコさんもお家に帰れてよかったですね」
「まぁ、俺にかかれば朝飯前よ」
「草間さん、なんもしてへんやん」
そんな和やかなティータイムを、突如でかい呼び鈴の音が引き裂いた。
「ちっ。また依頼か?」
草間が立ち上がり、ドアを開ける。
…が、誰もいない。廊下を見渡したが誰かがいた気配もない。
「まったく…誰の悪戯なんだか……?」
いや、いたずらと違う。コイツの仕業や。
セレシュの横にいつの間にかちゃっかりと黒猫が鎮座していた。
「そのネコ、今までいたか?」
草間の問いに、セレシュは軽く笑って首を振った。
「なんだかセレシュさんを訪ねてきたみたいですね」
零がそう言うと、ネコは「にゃーん」と一鳴きした。
「話さへん…。コイツ、ネコ被っとる」
ネコはセレシュを見るとまた「にゃーん」と鳴いた。
どうやらネコはネコを被り続けるつもりのようだ。
セレシュは恐る恐るネコの頭に手を置いて、優しく撫でた。
ネコはセレシュのされるがままに、目を細めてじっとしている。
コイツなりのお礼なんやろか?
ネコの真意はわからなかったが、セレシュはネコと少しの間戯れた。
人間がネコを可愛がる理由が少しだけわかった気がした…。
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
■□ ライター通信 □■
セレシュ・ウィーラー 様
こんにちは、三咲都李です。
この度はご依頼いただきまして、ありがとうございました。
ネコ! ネコいいですね! 私も好きです。
セレシュ様が少しでもネコと戯れて楽しくなれば幸いです。
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