コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


心情

 広大な拓けた土地に巨大な都市を造ろうと言う計画があり、この大地に多くの機材と働く人間たちが集まっていた。
「違う違う、それはそうじゃないだろ」
 大きな図面の用紙を手にし、手には軍手、頭には安全帽、作業服に長靴を履いた現場監督の男性が忙しく動き回る作業員達に指示を飛ばしている姿がある。
 逞しい姿のその男性を、近くにあるプレハブ小屋の窓から見ていた郁は心底幸せそうに微笑みながら働く彼を見ていた。
 幸せをひしひしと幸せを噛み締めた、その時だった。
 突然空が暗くなったかと思うと、先ほどまで作業していた男達が悲鳴を上げ始めたのだ。
 郁は弾かれるように窓際に駆け寄ると、上空にはとてつもなく巨大な水晶で出来た巨樹があった。
「まさか……!」
 その瞬間、巨樹から恐ろしいスピードで怪光線が放たれ、地上を逃げ惑う男達や機材なども含め全てを次々に消し去って行ってしまう。
 郁はすぐさまプレハブ小屋から飛び出し、その場から離れた。
 何かを焼き切るかのようなレーザー音がすぐ傍を駆け抜けていく。
「…………っ」
 身を固くして縮こまっていた郁は、先ほどまで男達が逃げ惑っていた音が何もしなくなった事に恐る恐る目を開くと、目の前の状況に大きく目を見開いた。
 目の前は何一つ残されていない、ただの更地になってしまっている。
「そんな……また、なの……?」
 自分の愛する夫もまた逃げ遅れ、あの巨樹の餌食になった。
 郁は体中が戦慄く。数年前の記憶がザワザワと音を立てて甦ってくる。
 数年前。自分はあの巨樹に遭遇し、今と同じようにたった一人生き延びた……。


                  *****

 ―― 環境局

「ようこそ」
 目の前にはにこやかに郁を出迎える老女史の姿があった。
 その老女史は、礼の巨樹退治に生涯を捧げている人だった。その老女史に呼び出された郁は促されるままに目の前のソファに腰を下ろす。
 友好的なように見えるが、郁にはとてもそう見えない。
 お茶を出されるが手をつけることはせず、黙ったまま目の前に腰を下ろす老女史を見つめていた。
「さて、早速ですが本題に入らせて頂きますよ」
 キラリと老女史の目が光る。
「数日前に起きた、あの巨樹。あの一体には滅多に現れないものですが……、何かご存知ではありませんかね?」
「……もしかして私を疑っているんですか」
 郁の言葉に、老女史はきゅっと目を細めた。そしてフンと一度鼻を鳴らすとこれまでの態度を一変し郁を睨むように見据えてきた。
「お前は2年前にもアレに遭遇しているはずだ。ベル植民地……」
 その名前に郁はぎゅっと手を握り締める。
「お前はベル植民地でも生き残り、今回も生き残った唯一の生存者だ。あの巨樹は細菌を含めた有機物を根こそぎ捕食する化け物。その化け物がお前だけを残していなくなることなど有り得ない」
「私は、何も……」
「共感能力で巨樹を呼んだのか?」
 追い討ちをかけるように問いかけられた郁は首を横に振り食って掛かる。
「私だって被害者よ! あの巨樹のせいで夫を失ったわ!」
 思わずそう声を上げると、女史はドンと机を叩く。その音に郁はビクっと体を跳ね上げた。
「被害者ぶっていれば同情されるとでも?」
「そんな……」
 郁は酷く傷ついた。完全に自分はあの巨樹を操る首謀者扱いだ。
 下唇を噛み締め、郁はポロポロと涙を流す。
 郁は悔しくて悲しくて、堪らず膝の上に置いた手をきつく握り締めた。
 このままここで言い争っても埒が明かない。ならば、自分で身の潔白を晴らさなければならない。
「……分かりました。なら、私じゃない証拠があればいいんですね」
 涙を流しながらそう言った郁に、女史は冷たい目線ながら片眉を上げた。
「私もアレには娘を奪われているんだ。もしお前じゃない証拠があるなら、是非見てみたいものだね」

        *****

 あれから郁は必死になってあの事件のことを寝る間も惜しみ徹底解析していた。
「ない。ないわ……何か決定的な何かがあるはずなのよ……何かが……」
 郁は暗がりに手元のライトだけで、沢山の資料を前に爪を噛む。目の前に残された壊れかけのモニター映像を睨むように見詰めていると、ふとしたことに目が止まった。
 食い入るように見詰め、目を見開く。
「これだわ!」
 郁は見つけた情報をすぐに女史の元へと届けた。
「巨樹の放つ振動。その痕跡の追跡を提案するわ」
「いい情報だ。なかなかやるじゃないか」
 女史は郁の持ってきた情報に気を良くし、早速追跡を開始する事にした。
 郁の自室で老女史がグラスで音楽を奏でる通信を開発しはじめる。美しい音が響き、その振動を相手との交信に使えると思ったのだ。
 ふと、女史は手を止め郁を見た。
「ところで聞きたい事があるのだけど……」
 そう呟いた女史に、郁はそちらを振り返った。そして彼女が言い出すよりも先に口を開く。
「娘さんのこと?」
 聞き返すと女史は頷く。
「ベル植民地にいた時も私はずっと多忙で娘の事をほったらかしだった。だから気になっていたんだ……娘は私のことを恨んでいたかどうか」
 郁は女史の言葉に首をゆるゆると横に振った。
 女史の娘と全てを共感していた郁は、やんわりと微笑む。
「娘さんは、むしろ学者であるあなたを尊敬していたわ。巨樹に襲われたあの日も、恋人と一緒に本当に嬉しそうに合奏していた。とても幸せそうだったわ。あなたを恨んでいたとしたら、あんなに幸せそうにしていなかったはずだもの」
 その言葉に、女史は心底嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうか……」
 満足そうな女史を見て、郁もまた微笑むのだった。


『助けてくれっ! すぐに援護を……ぎゃあぁあああぁ!』
 断末魔の救護要請が途絶える。
 郁たちは巨樹の痕跡を辿り、今亜空間に来ていた。二人の目の前には巨樹が事象艇を襲撃している。そこからの救護要請だった。
 二人が急いで駆けつけたが、船内はすでにもぬけの殻と化しており、巨樹に吸収されてしまっていた。
 ふと外を見れば、そこには巨樹が浮遊している。
 二人は顔を見合わせると、すぐに開発したグラスの音楽で巨樹との疎通を開始した。
 こちらの音に呼応するように巨樹もまた反応を示してくる。
 女史は続けて音楽を奏でていたが、突然破壊的な音楽を奏で始め、巨樹に対して攻撃的になる。
「女史! 何を……!」
「娘の為だ!」
「……っ」
 娘の為だと言う女史に、郁は言葉を呑んだ。
 自分も巨樹には夫を奪われた。ならばこのまま消してしまっても……。
 復讐を考えたが、すぐに首を横に振った。
「駄目よ! やめて……っ」
 郁が止める間もなく、女史の奏でた音楽によって巨樹は目の前で砕け散ってしまった。
 二人の上にキラキラと雪のように舞い落ちてくる巨樹の破片を愕然としたまま見詰めていた郁に、女史は奮起した様子でいた。
「娘の仇だ」
 そう呟いた女史に、郁は顔を伏せ首を横に振った。
「そんなこと……望んでない……」
「何?」
 郁は真っ直ぐに女史を見詰め、娘の残留思念と交信する。
「娘さんはそんなこと望んでなかった。お母さんには人命に替わる巨樹の餌を開発し、巨樹と和解して欲しかった。そう、言っているわ」
 女史はその言葉に目を見開いた。
「そんな、まさか……」
 自らの復讐心だけに捕らわれ、娘の望むこととは間逆のことをしてしまった自分に、女史はただ呆然とするしかなかった。