コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


異空三国志


 長きに渡る楓国と獣族との戦いは、楓国の勝利という形で一応の決着を見た。
 久遠の都に住むダウナーレイス族が、消極的に、とは言え楓国に対する支援を行っていたらしい。
 もっとも表向きには、ダウナーレイスはあくまで中立であった。
 戦争によって生じた難民のために居留地を造ったのも、ダウナーレイス族である。
 楓国・獣族を問わず、双方の難民が、ダウナーレイスの居留地で、それなりには手厚い扱いを受けていた。
 その居留地が、何者かによって爆破された。
 負傷した難民たちを救助すべく、久遠の都からダウナーレイスの一隊が派遣された。
 その中に、綾鷹郁の姿もあった。
 張り切って救助活動を行うつもりであった彼女は、上官である提督から、思わぬ荷物を預かる事となってしまったのだ。


 郁とそう年齢の違わぬ、少女である。
 頭では、髪をはねのけるようにして獣の耳が立ち、可愛らしい尻からはふっさりと尻尾が伸びている。
 獣族の、身体的特徴であった。
 この種族は現在、楓国の武力制圧によって、虜囚も同然の生活を強いられている。
 当然、テロ行為で楓国に抵抗しようと考える者たちもいる。
 今回の居留地爆破も、獣族の不平分子による犯行ではないか、という見方が濃厚であった。
 この獣の少女が、その犯行に関わっているのかどうかは、現時点ではわからない。
「この娘を釈放し、君の配下に付ける」
 提督が、意味不明な事を言っている。
 思考を停止させたまま、郁はとりあえず訊いてみた。
「えー、いきなりそんな事言われても……釈放って事は、今まで逮捕されてたって事ですか? その子」
「居留地で、楓国の難民を相手に、いろいろと問題を起こしていてな」
 提督が言った。獣族の少女は、何も言わない。無言で、楓をじっと睨んでいる。
 その眼光が、言葉よりも雄弁に、ダウナーレイス族ヘの不信感を語っていた。
「捕縛し、取り調べてみた結果……この娘が、獣族の族長とかなり近い関係にある事がわかったのだ。和平のための橋渡しを務めてもらおうと思ってな」
 楓国との戦に敗れたとは言え、獣族の族長は存命中・逃亡中で、潜伏しつつ様々なテロ活動を指示しているという。
「我々ダウナーレイスは、楓国と獣族との間に、何としても和平を実現させねばならん。だが今回の居留地爆破は、両者の新たなる争いを呼び起こす火種となりかねん……早急に、犯人を確保せよ。そしてこの娘を使って獣族の族長と接触し、和平交渉の席へと導き出すのだ」


「簡単に言ってくれるわ、まったく……」
 郁はぼやいた。
 ダウナーレイス母艦の、喫茶室である。
 少し離れた席では獣族の少女が、仏頂面で座り込んでいる。
 とりあえず郁は歩み寄り、微笑みかけた。
「ここ、座ってもいいかな?」
「……いいよ。あたし、どっか行くから」
 獣の少女が素っ気なく立ち上がり、立ち去ろうとする。
 図々しいのを承知の上で、郁は彼女の腕を掴んだ。
「行くとこなんて……どこにも、ないんじゃないの?」
「……ああ、そうだよ! あんたたちのおかげでねえ!」
 獣の少女の怒声が、響き渡った。
「あんたらダウナーレイスが、楓国のくそったれどもと結託して! あたしらの住む場所を奪ったんだ!」
「はい、これ」
 自分の小銃を、郁は少女に手渡した。
「引き金引けば、すぐ弾が出るようになってるから」
「何……言ってんのよ……」
「あたしらが許せないなら、とりあえず、あたしを撃ち殺してごらん」
 少女の目をまっすぐに見据えて、郁は言った。
「もちろん、あんたはここから生きて出られない……復讐したいんなら、それくらいの覚悟がないとね」
「で……出来ないと思ってんだろ!」
 少女が、郁に銃口を向けながら、うろたえた。
「出来ないと思って、ハッタリかましてんだろ!」
「ほたえる前に引き金、引いてみいや……」
 郁は口元で微笑みかけ、目で睨み据えた。
「弾が出て、人が死ぬ。そんだけの事ぞね」


 獣の少女は結局、引き金を引く事が出来なかった。
 それだけでなく、郁に対して一目置くようにもなってくれた。
 少女の案内で郁は今、獣族の女族長と対面している。
「信じる信じないは勝手だけどね……例の居留地爆破、あれは私らの仕業じゃあない」
 廃船も同様の、古びた戦艦の内部である。
 族長だけでなく、楓国軍によって住む場所を失った獣族の人々が多数、この動くかどうかも怪しい戦艦内部で暮らしていた。
 艦橋。ぼろぼろの艦長席にふんぞり返ったまま、女族長は言った。
「居留地には、獣族の同胞もいた。爆破なんて、するわけがないだろう?」
「うーん……楓国の人たちも、同じ事言ってるみたいなのよね」
 郁は頭を掻いた。
 この一癖ありそうな女族長を、楓国との和平のテーブルへと引っ張り出すのは、並大抵の事ではなさそうである。
「向こうは向こうで、獣族の仕業だって思い込んじゃってるから……とりあえずさ、和平交渉の場で堂々と身の潔白を証明して見せるってのはどう? 族長さん」
「私はね、対話による解決ってやつを基本的に信用していないんだよ」
 女族長が、即答した。
「その場の約束事なんて、後で幾らでも破れるからね。物事ってのは、戦いに勝って解決するしかないのさ」
「そ、そりゃ一理あるとは思うけど……」
「ボスは無実よ。居留地爆破になんか、関わってない」
 獣の少女が言いながら、郁に小銃を突き付けた。
「けど……ごめんね、ボス」
 その銃口が、楓から女族長へと向けられる。
「お前……」
 女族長が、息を呑む。
 小銃を構えたまま、少女は声を震わせた。
「ダウナーレイスの提督さんにね、お金……たくさん、もらえるの。お父ちゃんもお母ちゃんも、楽に暮らせるようになるの……」
「あのクソ提督……」
 驚愕と憤怒が、郁の中で激しく渦を巻いた。


 獣族の女族長は、実に一筋縄ではゆかぬ人物であった。
 ダウナーレイス側からの武器援助の申し出をきっぱりと断り、獣族自力でのレジスタンス活動を指揮して、楓国を大いに苦戦させ続けてきた。
 ダウナーレイスの支援によって一応の勝利を収めた楓国ではあるが、このままでは獣族の自治が復活してしまいかねない。
 楓国に強大になり過ぎてもらっても困るダウナーレイスとしては、獣族の自治復活はむしろ望むところではある。それを獣族に自力で成し遂げられてしまうのが問題なのだ。
 獣族に恩を売って政治的に介入する機会が、失われてしまうからである。
 自力で獣族の自治を復活させ、ダウナーレイス族の介入をも受け付けなくなってしまうような強力なリーダーなど、いてはならないのだ。
 あの女族長さえいなくなれば、獣族の指導者階級に残っているのは、ダウナーレイスからの武器援助を嬉々として受けるような小物ばかりである。貸しを作って操るのは容易い。
『全て順調です、提督』
 獣族の少女が、通信で報告してきた。
『これよりボスの……族長の、護送を開始します』
「よくやった」
 提督は、とりあえず労ってやった。
「全て終わったら、私の所へ来い。約束の金をやろう」
『……ありがとう、ございます』
 通信が切れた。
 無論、獣に払うような金などない。くれてやるのは、一発の銃弾のみだ。
「動物相手に約束をして、それを律儀に守る者などおらんよ……」


 廃船同様の戦艦もろとも、獣族の女族長は、ダウナーレイスの部隊によって護送・連行された。このまま行けば、居留地爆破テロ事件の主謀者として、久遠の都で裁かれる事となる。
 その護送を、楓国の艦隊が阻んだ。
 艦隊の司令官は、獣族の族長をこの場で処刑せよ、と要求してきた。我らの敵を庇い立てする事は、ダウナーレイス族と楓国との友好関係を損なう行為である。そんな事も言ってきた。
 ダウナーレイスの部隊は、あっさりと女族長を見殺しにした。
 廃船同様の戦艦は、その場で爆破された。


 女族長の護送任務をあっさりと放棄した、ダウナーレイスの部隊。
 その旗艦の甲板上で、2人の少女が暴れていた。
「提督! あんた、獣族に武器援助する交渉をこの子にさせてたでしょ!」
 怒声に合わせ、郁のしなやかな細身が竜巻の如く回転・躍動する。小銃が様々な方向に振り回され、銃剣が縦横無尽に一閃した。
 提督を護衛している兵士たちが銃を構えるが、その銃が片っ端から切断されてゆく。
「けど上手くいかなかったから、あの族長さんを始末しようとした! そうなんでしょ!?」
「な、何を証拠に……」
「証拠? そんなもん要らんき、腐れ外道は裁判抜きで死刑執行ぞ!」
 すらりと形良い脚が、跳ね上がって弧を描く。郁のスリムな脚線が、鞭のようにしなった。
 護衛の兵士たちが蹴り倒され、昏倒した。
「ひっ……」
 怯える提督に、獣の少女が迫る。
「さっき爆発した戦艦、無人だから……ボスもみんなも、とっくに別の隠れ家へ避難済み。残念だったね、提督さん」
 その手で、ナイフが光った。
「例の居留地爆破も、あんたらの仕業だよね。あたしら獣族と、楓国の連中を、ただひたすらに戦わせる。で、自分たちだけが上手く立ち回っていい思いする……ダウナーレイスってのは、そんな奴らばっかだね。ましなのは、郁くらい……」
「やめて……やめてくれえ……」
 提督が、泣き始めた。
「話す、裁判では私の罪を洗いざらい白状して刑に服す! だから私を逮捕してくれ綾鷹郁、司法に私の命を守らせてくれええ!」
「約束なんぞ、後で幾らでも破れるきに……」
 言いつつ郁は、提督の両手に手錠を叩き込んだ。
「破りよったら、司法なんぞ関係なしにどのドタマぶち抜いたるき。覚悟しときや」