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Scene1+α・超☆スペシャルなはじまり / フェイト
白く明ける空の下、住宅街のど真ん中で佇む人物が居た。
黒のスーツにサングラスの男の名は『フェイト』。訳あって5年ほど前に東京を離れ、最近戻って来た。
「……わからないってどういう事ですか」
通信機の向こうから響く声にため息を零す。
『元々特殊な相手だ。簡単に倒せると思う方が間違いだろう。それよりもその近辺に悪鬼が潜んでいるとの情報が入っている。そちらを優先しろ』
今彼が話しているのは『職場の上司』だ。とは言っても、普通の職場でない。
会話の内容からも想像できるように、かなり特殊な職場だ。それこそ特殊任務を扱う様な、表には出る事もない場所。
フェイトはもう一度息を吐くと、周囲に視線を馳せた。
朝を迎えたばかりの住宅街は人通りも少ない。故にフェイトの声も周囲に響いているが、時間的に起きている人間も少ないはずだ。
起こすほどの大声をあげなければ問題ないだろう。
「……潜んでいる悪鬼の詳細は?」
『ある訳がないだろう』
こともなげに言われた言葉だが予想の範囲内だ。
今の職場に属して以降、詳細な情報が与えられたのは数えるほどしかない。寧ろ、そうした情報がないことの方が多い。
フェイトは腕の時計に視線を落し、それから視線を上げた。
可能ならば近隣の住人が目を覚ます前に全てを終えたい所だ。
「窮奇殲滅の任を一時解除し、悪鬼の殲滅行動に移行します。詳細は結果が出た後で――」
――報告します。そう言って言葉を括ろうとしたのだが、思わぬ所で上司の声が遮った。
『ああ、そうだ。一応報告しておこう。君の他にもう1人エージェントが向かっている。君の先輩にあたる人物だ。くれぐれも喧嘩などしないようにな』
そう言い終えて切られる通信にフェイトの目が落ちる。彼はじっと通信機を見詰めると、ゆるくそれを瞬いた。
「先輩……まさか、りっちゃん……?」
少し前に、上司がそれらしい事を言っていた気がする。だがりっちゃんこと「蝶野・葎子」は所用で東京を離れているはずだ。
今頃は普段と違うベッドで眠りを貪っているだろう。となると、葎子と言う線はなくなる。
「彼女でないとすると、いったい誰が……」
そう、呟いた時だ。
――……ッ!
「今の音は!」
住宅街の静寂を打ち破る高い音にフェイトの足が動いた。
ここは昔よく足を運んだ場所だ。だからこそ迷わず音を辿れるのだが、それにしても本当に変わらない。
「確かそこの角を曲がると突き当り……っ、これは!」
記憶の通り行き止まりに辿り着いた。
だがフェイトが驚いたのはソコではない。それとは別の、想像もしていなかった事象に彼は驚いた。
「ああ、狙いが外れたか。まあ安心しろ、元々簡単に殺す気はないからな」
やんわり笑んで銃を構える女性。
その前に居るのはフェイトが探していた悪鬼の一種――黒鬼だ。
黒鬼は片腕を失った状態で唾液を延々と垂らしている。その視線の先に居るのは勿論、銃を構える女性だ。
「まさか……アレが『先輩』……?」
美しい長い黒髪に、スラリとした身長。パッと見は知的で素敵なお姉さんだが、眼鏡の向こうにある瞳は狂気を孕んでいて尋常ではない。
「確か黒鬼は痛覚が無かったのだったか。実験には好都合な体だな」
そう言って笑うと、女性は改めて引き金に手を掛けた。その瞬間、黒鬼も凄まじい勢いで地面を蹴る。
「悪くない反応だ……死ぬなよ」
ニイッと笑って放たれた弾丸が黒鬼の腕を貫く。
これで二本の腕が無くなった。
同時に充満する異臭が濃くなり、流石のフェイトも眉を潜める。
「これ以上は危険だ」
小さく零した声と共に抜き取った銃は、悪鬼を追い始めてから扱っている物だ。彼は安全装置を解除すると、手早く照準を合わせた。
その視界に銃を構える女性の姿も見える。
「次は足を奪ってやろう」
そう言いながら狙いを定める姿に目を細め、フェイトは引き金を引いた。
バンッ!
女性の目の前で黒鬼の頭が吹き飛ぶ。
そうしてのぼった黒い瘴気に彼女の視線が動いた。
「……何だ、貴様は」
底冷えするような冷たい声にフェイトの目が向かう。
女性は獣の安全装置を外したまま近付くと、フェイトの姿を爪先から頭の先まで眺め見た。そして彼の持つ銃に視線を落とすと、呆れたように呟く。
「対霊マグナム銃……店長の差し金か」
――店長?
ふと疑問に思ったが。その疑問を口にするよりも早く、冷たい感触が額に触れた。
それに視線を上げると、女性の銃が額に添えられているのが見る。
「今の悪鬼はあたしの獲物だ。それを奪った代償は重いぞ?」
意地悪でもなく本気の言葉。それは女性の目を見ればわかる。
しかしその言葉に反論する必要はないだろう。
「臭いに堪えられなかったのでつい」
フェイトは人好きする笑みを浮かべると、指の先で彼女の銃を払った。
その仕草に女性の眉が上がる。
確かに悪鬼の中でも黒鬼と呼ばれる存在の臭いは異常だ。それこそ消えた今でも臭いが鼻について苦しい程に。
「黒鬼は損傷場所が多くなればなるほど臭いを発します。それを防ぐには一撃で仕留めるべきだと判断しました。勿論、獲物を奪ったことに謝罪はします。申し訳ありませんでした」
そう言って目を伏せると、すぐさま彼の顔が上がった――否、上げられたのだ。
「……貴様、名は?」
顎に添えられた銃がフェイトの顔を掬い上げる。そうして視線が合わせられると、彼はサングラスの向こうに在る目を細めた。
「フェイトです」
「フェイト? ……確か、その名……」
女性の視線が一瞬だけ外される。
だが次にそれが戻って来ると、彼女は人の悪い笑みを浮かべて彼を見た。
「貴様、葎子の王子様か」
クツリと笑んだ声に目を見開く。
今、何と言った?
――葎子の王子様。そう、言ったのか?
困惑するフェイトを他所に、女性は言葉を続ける。
「葎子の王子様なら、今回の事は特別に許してやろう。だが、無償と言う訳にはいかんぞ」
そう言うと、女性は一枚の名刺を差し出した。それは酷く見覚えのある作りをした物で、フェイトの目が眩しそうに細められる。
「感慨深いか?」
「!」
「フェイトとは良く言ったものだ。確か貴様、昔店に来て葎子を指名していたよな」
言われてハッとした。
長い髪と化粧でわかっていなかったが、彼女は葎子と同じ店で働いていたメイドだ。
何度か言葉を交わした記憶がある。
「今の葎子に昔の記憶はない。思い出したらどうなるんだろうな?」
女性はそう言うと、楽しそうにフェイトの顔を眺め見た。
その視線に彼の目が眇められる。
「……何が言いたい」
自分のことならば何を言われても問題ない。
だが葎子のこととなれば話は別だ。
「あたしの実験体になれ。そうすれば昔の事は黙っていてやろう」
葎子に話されて困る過去はない。だが今の彼女が過去を思い出して、何か支障が出る可能性も否定できない。
ならば穏便にやり過ごす方が良いに決まっている。
「……わかった」
フェイトはそう言って僅かに頷くと、改めて女性の顔を見た。
葎子とはまるで印象の違う女性。扱っている銃も明らかに普通の物とは違う。きっと組織から配布された物ではないだろう。
では彼女は何者なのか。
そもそも彼女が言った「店長」とは誰の事なのか。そして葎子も働いていた喫茶店「りあ☆こい」はどう云った場所なのか。
フェイトは表情を引き締めると、女性からもらった名刺に視線を落とした。
「菜々美ちゃん、か」
ポツリ、零して顔を上げると、酷く冷めた目が自分に突き刺さっているのが見えた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 8636 / フェイト・− / 男 / 22歳 / IO2エージェント 】
登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはScene1・蜂須賀菜々美ルートへのご参加有難うございました。
素性を隠してとの事でしたが、流れ的にこちらの方が自然かと思いこんな感じに納まりました。
葎子が菜々美に何を言っていたのかなど、想像しながら読んで頂けると嬉しいです。
この度は御発注、本当にありがとうございました!
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