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<東京怪談ノベル(シングル)>


あくまでも研究者ですから

 日差しは柔らかく、吹く風も心地良いまさにお出かけ日和と言わんこの日。セレシュは鍼灸院を臨時休業にして地下の工房にこもっていた。
 装飾品の作成依頼が舞い込んできて、そちらに今日一日をたっぷり時間を当てようと思ったからだ。
「セレシュ。ご飯持ってきたよ」
 自宅で昼食を作りトレーに乗せて階段を降りてきた悪魔は、朝から机に齧りついているセレシュの下に戻ってきた。
「あー、ありがと。そこ置いといて」
 セレシュは顔を上げもせず、手元の細やかな装飾品をレジストしている。
 手元を大きく見せるレンズを覗き込みながら先の細い工具を両手に持ち、細々と作業を続けていた。
 悪魔はトレーに乗せたサンドイッチと野菜スープ、そして珈琲の乗ったトレーをセレシュの作業している台の邪魔にならないところへ置くと、彼女の近くに置かれていた椅子に腰を下ろす。
「そんな細かい作業、よく続けていられるわよね」
「しゃあないやろ。これも大事な仕事なんやから……」
 相変わらずレンズを覗き込んだまま返事するセレシュは、手元にしっかり集中しているようだった。
「上手く噛み合わんなぁ……。こうしたらどうやろ……」
 独り言のようにブツブツと呟きながらセレシュは作業続け、悪魔はしばしその様子を黙って見学していた。
 しばらくの間大した会話もなく、黙々と作業していたセレシュがレンズを避け、大きな溜息を一つ零す。
 時刻はお昼をすっかり回り、世間で言うおやつの時間にまで差し掛かっていた。
「ふー……。とりあえず完成や」
「出来たの? 時間かかったね。もうお昼過ぎちゃったから、ご飯食べたら?」
「せやなぁ。そうしたいところやねんけど、上手く出来たか気になるんよ」
 そう言いながら持っていた装飾品を見詰めていた目を、チラリと悪魔に向ける。悪魔はそんなセレシュに目を瞬かせ、キョトンとした顔を浮かべていた。
「なぁ。悪いけど、ちょっと手伝ってくれへん?」
「え? 手伝うって……?」
 嫌な予感を感じた悪魔が引きつった顔で答えると、セレシュはニッコリ笑う。
「何警戒しとんのや。上手く作れてるかどうかの確認だけや。これをつけて、うちの目見てくれるだけでええねん」
「ちょ、は? なに? 嫌よそんなの! だってまた石化したら……」
「あのなぁ、中途半端なもんをお客さんに渡す訳にはいかんやろ。ちゃんとチェックせなあかんねん。それに石化せんはずやし、万が一があっても死んだりせえへんって。な? 頼むわ」
 拝み倒す勢いのセレシュに、悪魔はジリジリと後ずさりしながら首を横に振った。
「そ、そんなん自分でやればいいじゃない」
「まぁ自分でやってもええねんけど色々手間なんよ。あんたが手伝ってくれた方が作業は捗るし、手間が省けて早く作業が終わるんよ。な、頼むわ」
 必死に協力を求めてくるセレシュに、悪魔は最後まで嫌だとは言い切れず手伝う事になった。
 手渡された装飾品を耳につけた悪魔を見て、セレシュは眼鏡に手をかける。
「ほんなら、いくで」
 そう言いながら眼鏡を外すと、セレシュは真顔で真っ直ぐに悪魔を見つめる。
 悪魔も同様にセレシュの目を見詰めるも、すぐに気恥ずかしさから顔を赤らめ目を逸らしてしまった。
「何しとんねん、目を逸らしたら意味ないやろ」
 目を逸らしてしまった悪魔に、セレシュはムッとした顔を浮かべる。
「で、でも、何か恥ずかしいじゃない……」
「何も恥ずかしいないやろ。何照れとんねん」
「う……いや、その……」
「ほら、ちゃんとしいや。こんなんで時間食っとる場合やないねん」
 恥ずかしくもなんともないと言い張るセレシュに、悪魔はここで恥ずかしがったら負けだと思い確認作業を続ける事にした。
 しばらく見詰め合うが、石化はしないようだった。
「うん。バッチリやな。ほんなら次行ってみよ」
 次に手渡されたのはネックレスだった。
 イヤリングを外しネックレスをつけて改めてセレシュと見詰め合う。
 見詰め合う度になんとも言えない恥ずかしさが込み上げどうしても顔が赤らんでしまうが、悪魔は負けじとセレシュを見詰める。
 こんな作業が続けられ、依頼品も残すところ後一個となった。
「これが最後や」
 これまで何事もなく進められてきた確認作業に、悪魔は少々油断していた部分があった。
 最後の一個と言われ深い溜息を吐く。
 再び手渡されたイヤリングを耳につけ、見詰め合うことにもだいぶ慣れて来た悪魔が真っ直ぐにセレシュを見つめた時だった。じわじわと足元から動きが取り辛くなっていくのを感じる。
「ちょ……。セレシュ、あ、足が……」
「ん?」
 焦りの色を見せ始めた悪魔に、セレシュはすぐさま彼女の診断を始めた。
 確かに足元は固まりつつあるが、石化には至らない。
「へぇ……。害はなさそうやけど、何や変わった現象が起きとるな」
「あ、あの……セレシュ……か、体が……」
「どないしたらこんなんなるんかな。何か組み込み間違えたやろか」
「セレシュってば……」
「おかしいなぁ……。同じように作ったんやけど」
「セレシュ……」
 悪魔の体の硬直具合を真面目な顔で診断していたセレシュは、すっかり硬直してしまった悪魔に改めて気付く。
「な。ちょっとデータ取らせてくれへん? こんな現象滅多にあるもんやないねん」
「じょ、冗談でしょ……」
 表情も固まってしまっていた悪魔だったが、何とか話す事は出来る。
 石化までいかず、人形のように硬直してしまっていた悪魔は、またも拝み倒してくるセレシュを見る。
 ここで嫌だといえばそれだけ体の自由が戻るのは時間がかかる。それに、データを取らせるまでセレシュもこれを解くつもりはないだろう。
 そう考えると渋々承諾するしかなかった。
「分かったわよ……。早くしてよね……」
「ほんま、おおきに!」
 セレシュは嬉々として悪魔に起きている現象のデータを取り始めた。
 触っても完全に石化した時とは違い、皮膚は柔らかく、硬直している手足の関節はセレシュが動かせば動く。
 両手を真上に上げて、顔に手をかけ、グイーッっと引き伸ばせば面白い具合にそのままの表情になる。紙に統計を取り付けながらも、セレシュは次第にプププっと噴出した。
「あっはっはっはっは! まるで人形そのものやな!」
「人で遊ばないでよ〜っ!」
「あ、ごめんごめん。ついおもろくて笑ってもうた」
 セレシュは装飾品を手に取り、自分が組み込んだ物を元のものと比べつつ書き込んだ。
「よし、こんなもんかな」
 全ての統計を取れたセレシュが悪魔に目を向けると、悪魔は糸で吊るされた操り人形のような面白おかしい形で留まっている。
 ついデータを取るのに夢中になっていたセレシュは、その悪魔を見て再び噴出した。
「プーッ!!」
「ちょっと! セレシュがこんな形にしたんでしょっ! データ取れたんなら早く戻してよねっ!!」
「あ、あは、あははははは。ご、ごめんごめん! 現象としてはおもろいけど実用性はなさそうやな」
 そう言うと、セレシュは悪魔に手を翳し、セレシュにかかった硬直状態を魔法で解いた。
 ようやく自由が戻った悪魔は深い溜息を吐き、脱力する。
 そんな悪魔に、セレシュはにこやかに笑いながら礼を述べた。
「ありがとうな。おかげでおもろいデータ取れたし、仕事も無事に終了や」
「…………」
 満足そうなセレシュとは違い、悪魔は複雑な心境に陥ったのだった。