コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


『心、解く者』


都内、所々に自然が残る高級住宅街。
明治から大正に掛けて建てられたといわれている古びた洋館。
「随分と古い建物ね」
朽ちた扉の板に指先で触れ、洋館を見上げながらポツリと呟いた一人の女性。
彼女の名はイアル。
既にオカルトスポットとなっているこの洋館に巣食う魔女の退治依頼を受けて訪れた。
キィ…と軋む音を響かせて、両手で扉を押し開けると、中から一陣の風が吹き抜けて、彼女の長い髪を揺らす。
その空気に目を細めながらも臆すことはなく、イアルは洋館の中へと踏み込んだ。

イアルが中へ入ったのを見届けたように、ひとりでに扉が閉まる。
振り返ってはいないが、扉にロックが掛かっただろうことは明らか。
おそらく「鍵」ではなく、不思議な力によって…。
それだけの気配を、イアルは肌で感じていた。

そして静まり返った空気の中、何かが床を鳴らす音が聞こえる。
歓迎されぬ者、イアルの訪問を拒む音。
暗闇の中、朽ちた場所から零れる光を頼りにイアルはその姿を確認する。
「獣?」
そう言って身構えたが、次の瞬間、イアルの瞳が大きく見開かれた。
「女の…人?」
言い直した言葉の通り、獣のように四つん這いで向かい来る何かは人間だった。
ただし、人であって人ではなく、その瞳は既に獣。
「ふふ、美しい女達でしょう? 何か御用かしら?」
多数の美しい女性達、野獣と化しているその女達の後から声が聞こえた。
そう、その女性こそが、今回退治を依頼された魔女。
「───美しい…」
そちらを見たイアルと目が合った途端、魔女の顔が不愉快そうに歪む。
ジワジワと魔女からは殺気が零れ、それに反応してイアルは攻撃態勢に入る。
…が、魔女の周りを囲む女性達が盾となっており、攻撃することが出来ない。
「キャァッ!」
攻撃すれば盾にされた女性達に当たってしまう、と怯んだ隙に、イアルは押し倒された。
「わたしは敵ではないわ!目を醒まして!」
容赦なくイアルの体を床へと押さえつける女達に声を掛ける。
「グゥゥ…」
しかし、女達の唇から漏れたのは、イアルの言葉への答えでもなければ、人の言葉でさえなかった。
「この子達との会話がお望みかしら? では言葉が通じるようにしてあげましょうか」
そう言いながら近づいてきた魔女の手が、イアルの細い首を掴む。
「──ッ!」
女達に押さえ込まれ、ただの一度も攻撃することが出来ずにイアルは魔女の手に落ちた。
ジッと顔を覗き込み、不気味に笑う魔女の声に、…イアルの瞳が揺れた。


***


あれから、どのくらい経ったのだろう。
暗闇の中で目を醒まし、手探りでペタペタと床を這う。
二本の足で歩く力が残っていないのか、それとも歩き方を忘れてしまったのか、イアルの二本の腕は上半身を支える足の代わりと化していた。
美しかった筈の長い金色の髪は汚れて輝きを失い、ズルズルと引き摺られていた。
「………」
力を失い、虚ろになった赤い瞳。
微かに動く唇は、一切の言葉を紡がない。
今の精神状態で何かを言おうとすれば、人ではない言葉を発してしまいそうな気がして……。
完全に人ではなくなってしまう衝動に、イアルは必死で耐えていた。
ただ生きる為だけに、何かが失われていく毎日を過ごしていた。

その時、床に寝転がっていたイアルの目の前を、一匹のネズミが走りぬける。
「ガァッ!」
そのネズミを捕えようとしたのか、空腹に耐えかねて食らおうとしたのか、伸びた爪でネズミを押さえつけ、反射的にイアルの唇が音を響かせた。
人ではない言葉を……。

──もう、時間の問題かもしれない。


***


都内某所の高級住宅街。その中に佇む古びた洋館。
所々が朽ちた建物の外観は光に溢れ、伸び放題の緑が生い茂る。
今日も変わらない。

「みーつけた」
そう言いながら一人の女性が扉の前に立ち、ヒュゥ♪と口笛を吹いた。
「さぁて、噂の魔女はどこかしら」
どうやら魔女が巣食うと知って、ここへ来たようだ。
どこか楽しそうな雰囲気さえ漂っている。
「いただきまーす」
そう言いながら、扉を両手で押し開けた。
そこはお邪魔しますだろうという異論は認めない感じで。

彼女の名前はエヴァ・ペルマネント。
気高きアーリア人を思わせる透き通るような外見だが、彼女は最新型の霊鬼兵。
自らが最強であることに強い執着を持つ彼女は、扉を開けた時の言葉の通り、おそらくは魔女の力を自分のものにしようと、この場所を訪れたのだろう。

「グルル…」
「あら、お出迎えかしら?」
エヴァが館へ入ると、野獣と化した女達が向かって来る。
その女達の姿にも、敵意ある呻り声にもエヴァは動じることなく中へ踏み込んで行った。
「新しい犬が来たようね」
いつかと同じように、女達を盾に、その後には魔女が立っていた。
だがエヴァは魔女の姿を見てニィと笑い、前へと進む。
すると、主人を守ろうとする犬のように、操られた女達がエヴァへと襲い掛かかった。

「ギャンッ!」
次の瞬間、エヴァへと襲い掛かった女達が、次々にバタバタと倒れていく。
エヴァはヒラヒラと両手を動かしているだけだが、その指先には黒く渦巻く何かが宿り、それが刃のように女達を叩き落していた。
「あら?運動神経の良い子が一人居るわね」
エヴァの指先によって倒されていく中、一人だけその全てを避けた者が居た。
金色の長い髪、獣と化した瞳。
呻り声を上げて飛び掛かったその女は、時の流れと共に完全に獣として支配されたイアルだった。
エヴァの余裕が見せた一瞬の隙をついて、イアルが背後へと回りこみ飛び掛る。
「ちょ、早ッ…!」
エヴァは慌てて後ろを振り向いたが、避ける態勢を取るのがほんの少し遅れ、それがエヴァの肌を傷つけた。
長く伸びたイアルの爪によって…。
怯んだ瞬間をイアルは見逃さず、バァンという音を立ててエヴァを床へと押し倒す。
「ヘイ、ユー、もしかして魔女より強いんじゃないの?」
首を噛もうと近づいてくるイアルの顔を、ギリギリと押さえて両手で止めながらエヴァがそう言った。
その時、先程まで指先に宿っていた何かがエヴァの膝へと移動し、ドンッと無防備になっているイアルの鳩尾へヒット。
「ガッ…」
短い呻き声を上げて、イアルはエヴァの上に崩れ落ちた。

イアルを横へ押しのけてエヴァは起き上がり、真っ直ぐに魔女を見た。
「小癪な…」
ギリと歯を噛み締める魔女に、エヴァは首を傾げてニコと笑う。
「小癪でも何でもいいわよ。 さて、飼い犬は全滅したようだけど、ユーはたいしたことないわね…ッ!」
言い終わると同時に一気に距離を詰め、先程イアルの鳩尾へと入った膝が、そのまま魔女へクリティカル。
「…!」
魔女は口をあけたものの、言葉を発する暇もなく崩れ落ちた。

「やっぱり、たいしたことなかったわね。」
エヴァはそう言いながら、ふふ、と笑った。


***


「あれ? 私達、一体何を…」
魔女が倒され、獣と化していた女性達が次々と元へ戻り始める。
呪いが解けた。
どうやらエヴァの攻撃は、全て急所を外されていたようだ。
「ガアッ!」
その中で一人だけ元へと戻らない女性がいた。
「わ、びっくりした! ユーは…」
エヴァとイアルは目が合った。
だがイアルにもう敵意は無く、ただ吼えた、ただそれだけのようだった。
「戻るのに時間がかかるのね、可哀想に。 …おいで。」
そう言いながらイアルに近づく。
イアルはほんの少し躊躇したものの、イアルを抱きしめたエヴァの胸に、クゥと甘えた。


「わたしと一緒に行こう。 いつか人に戻ったら、…仲良くなれると良いわね。」





fin