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<東京怪談・PCゲームノベル>


某月某日 明日は晴れると良い

はじめまして

 それはセレシュが散歩をしている時の事だった。
 何の気なしに、足の向くままに歩いていると、ふと興信所の近くを通ったのである。
 そこに、ビルの入り口でうろうろと挙動不審な少女を発見した。
「どないしたん? 草間さんとこに用事?」
「……え? あ……」
 少女はペコリとお辞儀をする。
「……草間さんのお知り合いの方ですか?」
「うーん、まぁそうやね。うちはセレシュ・ウィーラー。あなたは?」
「……申し送れました。私はユリといいます」
 少女ユリと握手を交わす。
 見た目、あまり危ない感じもしない少女だ。興信所に厄介ごとを持ち込んだわけではあるまい。
「で、こんな所でうろついてどうしたん? 興信所に入らないん?」
「……え、えと……」
 何か後ろめたい事があるのか、ユリは言葉を濁す。
「興信所のモノを壊しちゃった、とかなら一緒に謝ったるで?」
「……ち、違いますよ。そんな事じゃなくて」
「うーん、要領は得んけど、興信所に用があるってのは間違いないんやね?」
「……まぁ、一応」
「それじゃ、簡単やん」
 セレシュはニッコリ笑ってユリの背中を押し、グイグイと階段を上る。
「……え、ちょ、待ってください!」
「こう言うのは勢いが大事なんやで。ほら、歩いた歩いた」

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「こんちわー、繁盛してます?」
「ボチボチでんな、って、見りゃわかるだろ」
 興信所のドアを開けると、暇そうにしていた武彦が迎えた。
 どうやら今日も今日とて、閑古鳥らしい。
「おや、ユリもいるのか。いらっしゃい。ええと、小僧は……」
「小太郎さんならお使いですよ、兄さん」
「ちっ、何と間の悪い」
「……あ、いえ、三嶋さ……小太郎くんがいないなら、別にそれはそれで」
 興信所の中に、いつもはいるはずの影を見つけられず、ユリは少し安心したようだった。
 そんな様子を見て、武彦はやれやれとため息をついている。
 どうやら、ユリが興信所に入るのを躊躇っていたのは、小太郎が原因らしい。
「……それじゃあ、私はちょっと近くを通りかかっただけなので……」
「このまま帰っちゃってええの?」
「……え?」
 帰ろうとするユリに向かって、セレシュは純粋に疑問をぶつけてみる。
「何か悩んでる事があるなら、解決出来る時にした方がええで。後回しにすると色々面倒クサなってしまうからな」
「……でも……」
 と、その時。
 元気よく階段を駆け上がってくる足音が一つ。
 それを聞いて、ユリは肩を跳ねさせた。
「ただいま帰りましたっと!」
 飛び跳ねるようにして、少年が登場する。彼こそ、件の三嶋小太郎である。
 体躯の小さなシルエットに、ツンツン跳ねた頭とジャージ姿。
 見かけが既にやんちゃ小僧を体現しているようだった。
「この子が小太郎って子?」
「おや、お客さんかな? 草間さん、対応悪ぃぞ! お茶くらい出してやれよ」
「うっせぇ、小僧に言われるまでもねぇよ。おい、零」
「はいはい、お茶は入ってますよ。皆さん、座ってください」
 零にも呼び込まれ、最早逃げ場を失ったユリは、あわあわと口を開閉させていた。
「おっ……ユリ、おっす」
「……こ、こんにちわ」
 ユリを見つけた小太郎も、軽く挨拶をする。
 ……だが、なんとなく両者共にぎこちない。
 セレシュは静かに武彦に近づいて耳打ちする。
「どういう関係なん?」
「話すと面倒くさいんだがなぁ」
 武彦は頭を掻きながら、思い出すように話す。

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 かいつまんで言うと、ユリが死にそうな所を助けたのが小太郎。
 歳も近く、助けてもらった恩義も感じ、ユリは次第に小太郎に恋心を抱き、小太郎もまんざらではない様子。
 しばらくの間は子供らしい、ピュアな、それでいて雰囲気の良い関係が続いたのだが、途中で事件勃発。
 興信所に持ち込まれた事件が原因で、ユリの記憶の一部、小太郎に関する部分がピンポイントで失われてしまった。
 ユリの事を好いていた小太郎は当然ショックを受けたが、小太郎の事を忘れたユリは全くお構いなし。
 むしろ、初対面のはずなのに馴れ馴れしい小太郎に嫌悪感すら抱き始めた。
 それからと言うもの、元々は割りと無愛想な面もあったユリに、小太郎は冷たくあしらわれ続けた。
「と言うのが最近までの展開だな」
「兄さん、ユリさんの記憶は既に戻ってます」
「ああ、そうそう。それがまたややこしいんだ」
「……今更やけど、草間さんと他人の恋バナするとは思ってへんかったわ」
「お前が聞いたんだろ!?」
 説明を続けると、ユリの記憶は最近になって戻った。
 完全に小太郎の事を思い出したユリだが、記憶を失っていた頃の記憶も残っている。
 ゆえにユリは『小太郎が好きな自分』と『小太郎が嫌いな自分』を同時に胸の内に抱えているという事である。
「なんだか面倒くさい話やね……」
「そうなんだよ。面倒くさいんだよ。だから、どうやって解決してやろうか悩んでるんだろうが」
「ふふ……草間さんはやっぱり、草間さんやね」
 小さく笑顔を零すセレシュ。
 困ってる人を見捨てない武彦のスタンスを再認され、苦労人という称号が思い浮かんだのだった。

「でも、元々はユリちゃんも、小太郎くんが好きやったんやろ? だったらお互いに気持ちを伝え合って解決やないの?」
「それがそうもいかないんだよ。今のユリの地は『小太郎を嫌ってる方』だからな。そこに『好きだった方』が帰ってきても、どうしても反感を覚えるんだとよ」
「じゃあ突き放せばええやん?」
「そんな二元論にはいかんのよなぁ。ガキの恋愛ごっこと侮っていた時期が、俺にもあった……」
「解決の肝はユリちゃんやね……ちょっとお話してくる」
 そう言って、来客用のソファで気まずそうにしているユリに、セレシュが近づく。
「こんにちわ」
「……あ、どうも」
「ちょっとお話したいんやけど、ええかな?」
「……はい、大丈夫です」
 相席を許してくれたので、セレシュは隣に座る。
 チラリと窺うと、興信所の隅に作られた席で小太郎が落ち着かなさそうにしていた。
「ごめんねぇ、強引に誘っちゃって。うち、込み入った事情だとは露知らず……」
「……いえ、セレシュさんの言った事も事実だと思います」
「うち、なんか言ったっけ?」
「……解決を後回しにすると面倒くさい事になる。それは本当だと思います」
 ユリはお茶をすすり、ゆっくりと息を吐いた。
「……解決したいとは思ってるんですけど、まずは自分の気持ちに整理をつけないと、にっちもさっちもいかなくなって」
「あぁ、乙女の悩みやね」
「……うっ、そう言われるとなんだかちょっと恥ずかしいです……」
「まぁまぁ、わかるで、その気持ち。若い内は悩んだ方がえぇで」
「……えっ、解決させなきゃダメなんじゃ!?」
「じ、時間のかかる問題だってあるやん! なぁ、草間さん?」
「そこで俺に振るんじゃねぇよ。ってか、お前らの話、ヒソヒソ話すぎて聞こえねぇんだけど?」
「乙女の密談に聞き耳立てるとか、信じられへん。草間さんのデバガメ!」
 散々な言われようにへそを曲げた武彦は、窓を開けてそっぽを向き、タバコをくゆらせ始めた。
 武彦の機嫌を犠牲に、何とか話は誤魔化せたようだ。
「まぁ、解決するっていう気持ちは大事やで。それがなきゃ、どんな難題も迷宮入りやで」
「……そうですね、ちょっと前向きになってみます。ありがとうございました、セレシュさん」
「うちはなんもしてへんで。がんばってな、ユリちゃん」

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 お茶を飲んだ後、ユリは早々に興信所から立ち去った。
 どうやらIO2の仕事が入ったらしく、こればかりはどうしようもなかった。
「さて、じゃあ、お次は君やけど」
「お? なんだ? ……じゃ、なくて。どうしました?」
 セレシュに声をかけられて、小太郎が首を傾げる。
「君はユリちゃんの事、どう思てんの?」
「い、いいい、いきなりなんだよ!?」
「ええから、お姉さんに話してみぃ?」
 面白いほど挙動不審になる小太郎を見て、セレシュはニヤリと笑う。
 これはもう、本人の口から聞かなくても、本心は透けて見えている。
「ユリちゃんの事、好きなん?」
「……す、好きだよ」
 意外と素直でもある。
 顔を真っ赤にしながらも、別に取り繕ったりはしていない。
「アンタ、もしかして結構事情を知ってたりすんのか? ……するんですか?」
「まぁ、今日の間に知りつつあるって感じやね。……って、その喋り方はなんなん?」
「敬語の練習。一応、アンタも目上っぽいしね。社会常識を学んだ方が良い、って言われて」
「なるほどね。……そう言えば、自己紹介がまだやったね。うちはセレシュ」
「ああ、これはご丁寧に。俺は三嶋小太郎」
 握手を交わした後、小太郎は首を傾げる。
「で、セレシュ姉ちゃんは何者なの?」
「どういう意味?」
「草間さんも普通に接してたからスルーしたけど、只者じゃないでしょ?」
 小太郎の目の色が少し変わっている。
 彼の目は通常見えないものを見る事が出来る。それは幽霊のような人外であったり、人のオーラであったり、様々だ。
 それを察して、セレシュは小さく笑う。
「便利な目ぇやな」
「これの所為で困ったこともあったけどね。……別に、セレシュ姉ちゃんが言い難いなら言わなくて良いぜ。無理に聞き出そうとは思わないよ」
「そう言ってくれると助かるわ」
「誰しも話しにくいことはあるだろ。草間さんもアンタを信用してるみたいだし、俺が首を突っ込む所じゃない」
 裏表のなさそうな少年は、そう言って笑う。
 彼にも『話しにくいこと』とやらはあるのかもしれないが、それを聞き出すのはためらわれた。
「そう言えば、小太郎くんはどうして興信所におるん? なんか、特別席みたいなのこしらえてたけど」
「ああ、俺、ちょっと草間さんに借金を……」
「えっ!? その若さで借金地獄!? 草間さんも子供に借金負わせるなんて、何考えて……ッ!」
「いやいや、ちょっと待って! 色々事情があるんだって!」
 武彦を怒鳴りつけようとしたセレシュを、小太郎が慌てて制止した。

 話を聞くと、どうやら初めてユリを助けた件で、依頼料が発生した所を小太郎が肩代わりしたらしい。
 その上で小太郎の希望で興信所の住み込みとして働き、借金を返しつつ生活をしているらしい。
「君も大概苦労人やね。親御さんはどうしてるん?」
「まぁ、ちょっと特殊で。片親なんだけど、親父は奔放なヤツだから許してくれてるよ」
「そか。……なんか、込み入った事聞いてすまんかったね」
「気にしてねぇよ。……ないですよ」
「別に敬語じゃなくてもええで」
「う……っ」
 どうやら敬語の勉強はまだまだらしい。

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「で、二人の事はちょっとはわかったか?」
 事務所内でお茶をすすっていた武彦が、そんな風に尋ねる。
 セレシュは宙を眺めて少し考え、
「まぁまぁ、ってところやね。人一人を理解するのは時間がかかるもんやし、それが二人分やから」
「そうかもなぁ。でもあいつらも悪いヤツらじゃないし、気が向いたら遊んでやっても良いぞ」
「そんな自分の持ち物みたいに……」
「ユリはともかく、小僧はウチの興信所の小間使いだからな」
「あ、そう言えば聞いたで、草間さん。あんな子供に借金背負わせてるんやってな?」
「うっ、それには色々とあってだな……」
 口ごもる武彦を見て、セレシュはまた、小さく笑った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】


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■         ライター通信          ■
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 セレシュ・ウィーラー様、ご依頼ありがとうございます! 『少年少女の恋模様』ピコかめです。
 まさかウチの子たちを弄ってくださるとは思っても見なかったので、ちょっと嬉しいですw

 さて、小太郎とユリは基本的にはわかりやすい子たちだと思います。
 バカ素直で真っ直ぐなのが小太郎、無愛想の皮を被った普通の女の子なのがユリです。
 以前に二人が中学生だった頃は、幾つか事件があって色々と関係がごっちゃになりましたが、高校生になって再スタートとしております。
 気が向きましたら、また二人を弄ってやってくださいませ。