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<東京怪談ノベル(シングル)>


【テロ組織殲滅作戦1 部下の先行と最後の足掻き】


 暗い山の中。動物の気配さえ感じられないのは、テロ組織の本拠地がこの近くにあるせいだろうか。
 琴美はふと空を見上げる。今夜は満月だ。それは意外にも、眩しいほどの光を地上に降り注ぐ。それは琴美が闇に生きる存在だからこそ、そう感じるのかもしれない。
 ただ、満月は嫌いではない。琴美は血が疼くのを感じた。満月には本当に、野生の何かを呼び覚ます効果があるのかもしれない。
「それでは、私が敵の殲滅に向かいますので、あなた方二人はここで、ヘリの護衛をお願いできますか」
「え?」
 眼鏡の部下は、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。琴美の言葉は、あまりにも予想外のものだった。
「我々も同行します」
 そう言ったのは巨漢の部下だ。こんな少女に、そんな危険なことを押し付けて、自分たちだけのうのうと、ここでお留守番など出来ない。
「そうです。我々も同行します」
 眼鏡の部下も男の意見に賛同する。気持ちは巨漢の部下と同じである。
 それに、この少女が本当に噂のような人物なのか、という好奇心にも似た思いは、二人が共通して抱くものだ。
「そうですわね……」
 琴美は渋るように、呟いた。二人の同行に賛成しかねているのは、明らかだ。
 風がなく、山の中が静まり返っているせいか、琴美の沈黙は実際以上に重いものに感じる。
「……わかりましたわ。三人で向かいましょう」
 しばらく悩んだ後で、琴美は妥協するように、言った。
「ありがとうございます」
 二人は内心で、ほっとする。琴美の任務に同行できるだけでも、二度とない機会かもしれないのだ。それなのに、こんな所でお留守番など、していられるわけがない。
「それでは、時間も惜しいですし、さっそく向かいましょうか」
 琴美はそう言って、先行しはじめる。二人は頷き、その後に続くのだった。


 期待はずれ、にも似た気持ちを二人は抱いていた。琴美にではない。どちらかと言えば、テロ組織に対してである。
 こんな山奥にアジトを構えるくらいだ。よっぽど警戒心の強い組織なのだろう、と思っていたのだが、建物までの山中に、トラップなどの仕掛けは一つもなかった。
 これでは琴美の実力を測るにも、測れない。また、建物まで琴美は、トラップなどを警戒する気配を見せず、ランウェイを歩くモデルのように、すたすたと優雅に歩くものだから、二人は思わず気を削がれてしまった。
 何だ、この警戒心のなさは。考えなしの馬鹿なのか、それとも初めからトラップがないことに気づいていたのか、と眼鏡の部下はちらりと琴美を見やる。
「さて、ここまでは何もなかったですわね」
 琴美は二人に振り返る。
「どうしますか? お二人はここで待っていてもらっても構わないですが」
「いえ、もちろん最後まで同行させて頂きます」
 眼鏡の部下が答え、巨漢の部下も頷く。ここまで来て、お留守番など出来るはずがない。
 そこで、琴美は何かを思案するように、顎に手を当てて黙ってしまった。何を考えているのか、二人にはわからない。
もしかしたら今度こそ、ここでお留守番を命令されるのかもしれない。琴美は二人にとって上司だ。命令となれば、逆らうことは出来ない。二人はじっと琴美の言葉を待つ。
「それでしたら……」
 琴美は二人の顔を順に窺って、
「あなた方二人に先行して頂きましょうか」
「我々がですか?」
 眼鏡の部下が聞き返した。先程までは、ここに残るように言っていた琴美が、今度は先行しろと言いだしたのだ。言っていることが真逆である。琴美の真意が分からなくて、眼鏡の部下は困惑する。
「やはり、それは無理だったかしら? それなら、お二人にはやはりここで」
「いえ、先行の役、務めさせて頂きます」
 巨漢の部下が琴美の言葉を遮った。琴美としては、二人には先行を断ってここで待機しておいてほしかったのかもしれないが、そう狙い通りに動いてやってたまるか。それにもしかすると、わざとらしく挑発をして、二人に先行をさせるのが狙いだったのかもしれない、とも巨漢の部下は思った。本当は、一人で建物に乗り込むのに怖気づいたのかもしれないぞ、と。
 もしそうだとすれば、見た目通り、可愛らしいところがあるではないか。巨漢の部下は改めて琴美に視線を向ける。
 長い黒髪に、品のある顔立ちをしている。こうして見ると、どこかのお嬢様だと言われても、納得の容姿だ。そんな少女を守ってやるのも、気分としては悪くない。
「それでは、私は後方支援に回らさせて頂きますわね」
「はい、先行はお任せ下さい」
 巨漢の部下がドンッと胸を叩いて答える。
「おい、どういうつもりだ?」
 眼鏡の部下がこっそりと、琴美に気付かれないように、巨漢の部下に尋ねる。
「今回の俺たちの目的は、水島・琴美の実力を確かめることじゃなかったのか」
 眼鏡の部下が言う目的というのは、任務としてではなく、二人の間で決めた目的だ。琴美の任務に同行したことのある人間というのは、部隊の中にもほんの一握りしかいない。
 今回の任務にどうして二人が同行するよう指示が出たのか、本当のところ、二人は知らない。だが、またとない機会である。二人はこの任務が言い渡されるとすぐに、「水嶋・琴美の噂は本当なのか、それほどの実力を持つ人物なのか、この目で確かめようではないか」と話し合ったのだった。
「それなのに、どうして俺たちが先行をするんだよ。これじゃ、水島・琴美の実力なんて見れないじゃねえか」
 眼鏡の部下は巨漢の部下を責めるように睨む。
「まあまあ、いいじゃないか」
 巨漢の部下がそう言ったところで、
「話し合いはお済みになりましたか?」
 琴美が二人に尋ねた。
「ええ、ばっちりです」
 巨漢の部下が慌てて答える。
「なにがばっちりだよ」
 眼鏡の部下が毒づくが、聞こえなかったことにして、
「それでは任務に取り掛かりましょうか」
 巨漢の部下は琴美に言った。
「そうですわね。お二人とも、よろしくお願い致します」
 琴美にそう言われて、巨漢の部下はもちろん、眼鏡の部下も悪い気はしない。
「ええ、お任せ下さい」
 眼鏡の部下も気持ちを切り替えたところで、三人はようやく建物への潜入に取り掛かるのだった。


「ぜんぜん警備の人間がいねえけど、本当にここにテロ組織が潜伏しているのか?」
 巨漢の部下が疑問の声を上げる。建物の外はおろか、すでに建物に潜入をして、建物内の捜索に取り掛かっているのだが、まだ一人も敵の姿を見かけていない。
 建物内に明りは一つもついておらず、人の気配もまったくしない。建物内がそれなりに綺麗に保たれているのが、唯一の人がいた痕跡ではあるが、それがすなわち、今現在も人がいるという証拠にはならない。
「もしかして、ガセ情報だったのかもな」
 眼鏡の部下も、訝しく思い始めていた。だが、警戒を緩めたりはしない。鋭く周辺を窺いながら、
「或いは、罠の可能性もある」
「ああ」
 眼鏡の部下の言葉に、巨漢の部下も頷く。
 二人の装備はアサルトライフルだ。迷彩服に、防弾チョッキ、暗視スコープでアサルトライフルを構える二人は、テンプレとも言える、如何にもな出で立ちだ。
 だが、その動きに無駄はなく、伊達に特務統合機動課の隊員ではないことが分かる。
 琴美はそんな二人の後ろについていく形だ。二人が先に進み、敵・トラップの有無を確認し、安全だと判断したところで、琴美が二人についてくる。
 建物に潜入してから、琴美は一言も言葉を発していない。二人の力量を測っているのか、それとも完全にその辺りのことは二人に任せるつもりになったのか。
 ちゃんと着いてきているな。眼鏡の部下はちらりと琴美の姿を確認した。
 初めは、巨漢の部下とは違い、琴美のことをまだ噂通りの凄腕である可能性もある、と考えていた眼鏡の部下は、後ろから自分の力量を測られているような居心地の悪さを感じていた。だが、今では琴美のことを護衛対象のように認識している。
 琴美が言葉を発しなくなったのは、言葉を挟む余地がなかったのではないだろうか。そう自分で思えるくらい、自分たちの潜入行動は完璧なものである、という自負が眼鏡の部下にはあった。きっと琴美は言葉を発しないのではなく、発せないのだ。
 眼鏡の部下がそう思った、その時だった。
 なんだ!?
 突然、視界が何かに塗りつぶされたかのように、利かなくなった。
 二人は暗視スコープを外し、すぐさま、目の前に手をかざし、目を細める。眩しい。突然の光に、目が眩む。
「ようこそ、特務統合機動課の諸君。と言っても、たったの三人のようだけどね」
 そんな男の声が聞こえる。だが、視界はまだ回復していない。
待ち伏せられていたようだ、と今更ながらに気づく。この光は、敵が照明で三人を照らしているからだ。
「本当は手厚く歓迎したいのだけどね、我々もそこまで暇ではないのだよ。悪いが死んでくれたまえ」
 反射的に、横に飛び退る。すぐに銃声が建物内に響き渡る。あまりの数に、連続する銃声が一つの長音に聞こえる。
 眼鏡の部下が右に、巨漢の部下が左へと駆け抜けた。敵の照明が二人を追いかけてくる。
 二人の肩や膝に銃弾が掠めたが、致命傷となる怪我は、何とか免れた。
 まずいぞ、どうする……。眼鏡の部下は何とか柱の影に身を潜めて、考える。巨漢の部下友は引き離されてしまった。だが、あいつも致命傷は負っていないはずだ。これまでともに任務をこなしてきた相棒であるからこそ、分かる。
 水嶋・琴美はどうなった? そこで、思い至る。巨漢の部下なら大丈夫なはずだが、あの少女は無事なのか?
 状況は最悪だ。まえ情報では、敵の数は二十前後と聞いているが、正確な数は今も把握できていない。それに、巨漢の部下とは引き離され、自分と同じように、どこかに身を潜めているだろうが、彼と連絡を取る手段はない。そして、水嶋、琴美。彼女に至っては安否すら分からない。
 ざっと辺りを見回してみる。琴美の死体が転がっているということはない。
 噂ほどの実力があるのかは謎だが、あの程度でやられるほど、やわではなかったようだ。だが、状況が最悪なことに変わりはない。
 どうする? このまま身を潜めていてもジリ貧だ。その内、見つかってしまうのは目に見えている。
 それならいっそ、こちらから仕掛けるか? 急襲を駆ければ、相手に少しくらいの動揺を与えることが出来るかもしれない。そうすれば、相棒がその隙を突いて、何らかのアクションを起こしてくれるだろう。
 水嶋・琴美がどう出るかは分からないが、邪魔さえしてくれなければそれでいい。
 二十対二。絶望的な戦力差。それでも、このまま黙って殺されるくらいなら、最後の足掻きぐらい見せてやる。それぐらいはやってやらなければ、死んでも死にきれない。
 今、思えば、初めから妙な任務だったのだ。二十以上の戦力があるテロ組織をたったの三人で殲滅しろ、だなんて。それに、相手組織にもこちらの動きがばれていたみたいだ。今回の作戦にはきっと裏がある。
 だが、今更そんなことに気づいても、後の祭りだ。なら、最後くらい、格好良く散ってやる。
 男はアサルトライフルを構え直し、敵へと踏み出したのだった。