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<東京怪談ノベル(シングル)>


【テロ組織殲滅作戦2 】


 俺が道を切り開く。
 眼鏡の部下はあさるトライフルを構え、敵前へと一歩、踏み出した。一気に駆けだす。散らばっていた敵の照明が眼鏡の部下に集まる。敵の銃口が自分に集まるのを、目ではなく、肌で感じる。針で刺されるような、鋭くて冷たい気配。
 その圧力に、足が竦みそうになるのを無理やり押さえつけ、眼鏡の部下は走る。そのままアサルトライフルを構え、引き金を引き絞る。
 連続の銃声とともに、その反動が眼鏡の部下の腕や肩に掛かる。この一発一発が、人を死に至らしめるだけの威力を持っている。それは人に恐怖を植え付けるには、十分なものである。が、今の眼鏡の部下のように、走りながら、照準もまともにつけず、無闇に撃ったところで当たる可能性はほぼゼロだ。
 相手が戦場での戦闘経験が皆無な一般人であったなら、今の眼鏡の部下の行動も敵をひるませるのに十分な効果があっただろう。しかし、目の前にいる敵はそんな平和ボケをした甘い相手ではなかった。
 逃げも隠れもせず、敵は落ち着き払って、眼鏡の部下に照準を合わせる。
 ああ、俺はここで死ぬんだな……。覚悟していたことではあったが、いざその時が来ると、素直に怖い、と思った。死ぬのは、怖い、と。
 だが、今更どうすることも出来ない。
 せめて相棒は、俺の作ったこの機会に一矢報いてくれるだろうか。
 銃声が鳴り響く。
 眼鏡の部下はすべてを受け入れるように、瞳を閉じた。


 痛みはなかった。死ぬ時とは、そういうものなのかもしれない。だが、銃で撃たれた衝撃も、血が噴き出すことも、意識が飛ぶこともなかった。
 銃声は確かに聞こえたのに、敵の銃弾が眼鏡の部下の体に穴を穿つことはなかった。それどころか、今も尚、銃声は鳴り止んでいない。劈くような、けたたましい音が響いている。
 なにが、起きたんだ?
 眼鏡の部下は瞼を上げる。
「水嶋・琴美……」
 琴美は右手を前に突きだし立っている。琴美の突き出す手の前で、壁に阻まれるかのように銃弾が弾き落とされる。
 呆然と琴美の背中を眼鏡の部下は見つめる。すると、不意に琴美が口を開いた。
「やっぱり私、まどろっこしいのはあまり好きではないみたいですの」
 琴美の言葉の意味を理解できず聞き返す眼鏡の部下。
「任務は優雅にテキパキと。お二人に付き合ってあげるのはここまでですわ。ここからは私のやり方でやらせて頂きます」
「何をごちゃごちゃと。お前たちはここで死ぬんだよ!」
 敵のリーダーらしき男が叫んだ。敵の攻撃が更に激しさを増す。しかし、琴美は微動だにしない。それどころか、眼鏡の部下に振り返り、微笑を浮かべてみせた。
「そこで大人しくしていて頂けますか?」
 場違いにも、眼鏡の部下はその微笑みに見惚れてしまった。
「それでは」
 琴美は敵に向かって、駆けだす。
「まっ!」
 待て! と言おうとしたのだが、そんな余裕はなかった。琴美が離れたことにより、重力フィールドも男のそばから離れる。
 敵の攻撃はほとんどが琴美に集中しているが、眼鏡の部下にも銃弾は飛んでくるのだ。男は慌てて、柱の陰へと身を隠した。
 しかし、たとえ琴美が重力フィールドを使えたとしても、この数を一人で相手にするのは無謀だ、と眼鏡の部下は思う。噂に見合った実力があるのかもしれないが、それでもやはり無謀だ、と。
 何とかしなければ。男は琴美の背中に視線を向ける。微力でも、援護をしなければ。
 その時、琴美の姿が霞んで見えた。そして、すぐに琴美の姿を見失う。
 消えた? そう思った時には、敵の悲鳴が建物内に木霊していた。
 視線を向ける。琴美の姿があった。すぐそばで、血の花が咲いていた。形容ではなく、本当に花が咲いたかのように、血が宙を舞っていた。
 そばにいた敵が慌てて、銃口を琴美に向ける。しかし、その時にはそこに、琴美の姿はない。気づけば、慌てて銃を構えた敵が、新たな血の花を咲かせている。
 それは夜空に花開く花火のように、一瞬の出来事。そんなことが、間をおかずに、また起こる。
 眼鏡の部下は、少しではあるが、琴美の動きを捉えられるようになった。
 残像ほどしか捉えることは出来ないが、男の目に映る琴美の姿は、空を舞っているかのようだった。躍動的なその姿は、お嬢様のようだと思った琴美とは全く違う。これが本来の、水嶋・琴美の姿なのだろう。
 特務統合機動課での訓練で身につけてきた技術とは、戦闘技術であり、つまりは人殺しの方法だ。それは眼鏡の部下も、琴美も変わらない。祖のみに宿すのは、人を殺す術。
 そのはずなのに、水嶋・琴美は、唯々、美しかった。
 戦闘を、人殺しを、美しいと思ったことなど、これまで一度もなかった。
「……すごい」
 気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。
 これが水嶋・琴美の、本当の姿。
 何度でも言おう。戦闘とは、つまりはただの人殺しだ。それは偽りようのない事実で、純然たる現実だ。
 首を裂く、腱を切る、心臓を抉る。
 水嶋・琴美のそれもまた、ただの人殺しでしかない。特務統合機動課に所属する者ならこれまで幾度となく経験してきた、何も生み出さない、血生臭くて、汚い行為。
 だが、水嶋・琴美は微笑を浮かべている。人を殺しながら、笑う。壊れている。狂気に取り憑かれている。そう思うのに眼鏡の部下は、彼女のことがどうしようもなく美しいと、そう思ってしまうのだ。
 眼鏡の部下はアサルトライフルを構える。
 構えたからには、敵に照準を向ける。なぜ、と思う。なぜも何も、敵が目の前にいるのだから、殲滅するのが、当然だ。そうではない。そんな必要はどこにもない、と男は理解している。このまま何もしなくても、水島・琴美が敵を殲滅することは、誰が見ても明らかだ。圧倒的な力量。噂通り、いや、噂以上の実力。
 俺が加勢する意味などない。むしろそれは、水島・琴美の邪魔にしかならないかもしれない。眼鏡の部下はそう思うが、アサルトライフルを構える。男はあの戦闘の中に自分の居場所がほしかったのかもしれない。まるで、子供が楽しそうに遊んでいる友達の輪に混ぜてもらいたいと、そう思うように。或いは、水島・琴美と舞踏を踊るかのように、あの戦闘の渦の中に自分の居場所が欲しい。
 恋い焦がれるかのように、動悸は早くなり、心ばかりが急く。早く、早く、と捲し立てるように、心臓の音がうるさい。
 それなのに、敵に向けた照準がなかなか合わない。敵は、圧倒的な戦力でこの場を支配している琴美に気を取られ、こちらへの警戒など全くしていない。ただの的も同然だ。
 それなのに、どうしても照準が合わない。
 どうしてだ、なぜだ?
 早くしなければ。焦りが募る。
 そこでようやく気付く。
 男の手が震えているのだ。止めようとしても、止まらない。
 意識したことにより、さらに震えが大きくなった気すらする。
 俺はどうして震えているんだ。
 ガタガタと震える体は、自分の体ではないかのように、言うことを聞かない。立っていることすら辛く感じてくる。
 水嶋・琴美が、また一人、敵の動脈を切り裂く。その姿を見て、ぞくりとする。心臓が跳ねる。縮こまる。震えが一層大きくなる。
 男は、どこまでも残忍で、どこまでも圧倒的で、どこまでも美しい水嶋・琴美に、目が離せないほどに魅了され、恐怖しているのだ。
 それはその時だった。
 一発の銃声。
 敵の撃つ銃声が響く中でも、はっきりとそれは聞こえた。
 巨漢の部下、相棒の撃つ銃声だ。
 眼鏡の部下は音の発生源へと視線を向ける。
 アサルトライフルを構えた体勢のまま、立っている相棒。
 そして、その銃口は真っ直ぐ、水嶋・琴美へと向けられていた。