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<東京怪談ノベル(シングル)>


姉妹の確執

 この日、郁はかつてたった一人の生存者となったベル植民地跡へと向かっていた。
「懐かしい望郷に戻れる気分はどうだ? 感無量ってところだろう」
「……えぇ……そうね」
 船内の窓辺に立ち、明らかに浮かない表情を浮かべているのにも関わらず、乗組員が様々に声をかけてくる。
 懐かしい故郷。本来なら久しく帰っていない場所に帰ると言うのは、まさに感無量と言うべきなのかもしれない。
 しかし郁にしてみれば、ベル植民地は自分が仮死状態で発見された忌むべき過去。思い出すのさえも嫌悪してしまう。
 郁は深い溜息を吐いた。
 皆が気遣ってくれるその心遣いが痛い。皆が思うほど、自分はあの地に思い入れはない。あったとしても、辛い過去だけだ。
 そんな郁の気持ちも他所に、船は目的地であるベル植民地へと向かっている。


 久し振りに降り立ったベル植民地。辺りはとても殺風景で、所々に廃墟が点々とある。
 郁は調査班と共に、廃墟の一つへと向かう。
 ボロボロに崩れ落ちた壁。むき出しの鉄骨。破れたカーテンが時折風にはためき、ただひたすら虚しさだけを呼んでいる。
 外れかけたドアをこじ開け、郁達は廃墟の中に足を踏み入れる。中には散乱したシーツ、紙やペン、そして血液採取の際に血液を入れるためのスピッツや注射針、シリンジなど様々な者があちらこちらに落ちている。
「……確かに此処よ」
 郁は嘆息を漏らし、そう呟いた。
 その郁の目に映っているのは、発見当時自分が横たわっていた寝台があった。
 今はもう汚れたシーツと、スプリングの飛び出したマットがそこにあるばかり。床の上にもやはり様々な医療器具や布、毛布が落ちている。
 郁と共に来た調査班は、その部屋をくまなく調べ始めると、ほどなくしてあることに気付き振り返った。
「隠し扉があります」
 風化した壁の一部に、その隠し扉はあった。
 調査班がその隠し扉を開くと、表からは決して見えない隣室へと繋がっていた。
 中には様々な医療用機器がある。そしてその機材の向こう側に淡く緑色に光る液体の入った水槽があった。
「なんだ……この少女は……」
 液体の入った水槽には、一人の少女が軽く膝を抱えるような蹲った体勢で浸かっている。その少女のすぐ傍の壁には、子供達が描いたあの水晶の巨樹の絵があった。
「……」
 郁は液体に浸かっている少女をじっと見詰めた。彼女を見詰めながら、思い出すのは過去のことだ。
 自分は、この場所で改造されて助かった。助かる為の代償は、全住民の記憶継承。
「この絵はなんでしょうね?」
 そう声をかけられ、郁はそちらに視線を移す。
「……さぁ。分からないわ。何の意図があるのかしらね」
「この少女はどうしますか?」
「船内の医務室へ運んで、生命維持装置を繋ぎましょう。彼女が蘇生する事で分かる事があるはずだわ」
 郁は少女に視線を戻すと、そっとその水槽に触れる。
(この子は、きっと私の予備。そして妹になるはずの少女だわ)
 自分と瓜二つの少女。目覚めた彼女と会話をしてみたい。
 郁はそう考えていた。


 船内医務室に運び込まれた少女は、生命維持装置を接続されている。
 その少女を傍でじっと見詰めているのは郁だった。
 もうじき、自分に妹が出来る。そして彼女が目覚めれば詳しい詳細がわかる……。
 やがて、少女はゆっくりと閉じていた瞼を押し上げると、迷う事無く彼女を見詰めていた郁を見詰め返し、そしてニコリと微笑んだ。
「おはよう。姉さん」
 はっきりとした口調でそう言った少女に、郁は内心喜びを感じずにはいられなかった。
 それからしばらくの間、少女は郁の下で見習いとして生活をするようになった。
 楽しく笑いの堪えない毎日。いつしか二人はとても仲の良い姉妹として暮らすようになっていた。
 ある日、部屋でいつものように過ごしていた少女は郁を振り返りニコリと微笑むと窓の外へと視線を投げかけ、突飛なことを口にした。
「……姉さん。私は姉さんよりずっと賢いよ」
「……え?」
 何を急に言い出したのかと、郁は目を丸くした。
 そんな郁を他所に少女は続けてこうも言い放つ。
「だって、私はもうすぐ全能になるのだもの。良かったら貴女も一緒にどう?」
 意味深な少女の口振り。クスっと小さく笑い、微笑んでいるはずの少女の目は笑っていない。
 少女は狼狽している郁を他所に、「トイレに言ってくる」と言って部屋を出た。そして入り口でくるりと振り返ると、にこやかに微笑み小さく手を振った。
「何……?」
 郁が気後れしながら少女を呼び止めようとするが早いか扉は閉まり、ガチャリと鍵をかける音が響いた。
「なっ……!?」
 郁は扉に駆け寄り、激しく叩きながら声を上げた。
「開けなさい! すぐにここを開けるのよっ!!」
 しかし郁の声は虚しく響き渡るばかりだった……。


 船は四次元空間を飛んでいた。そこには生命を根こそぎ吸い取るあの水晶の巨樹が浮いている。
 船が近づくと、巨樹は突如衝撃波を放ち苛んだ。
 強い衝撃を受け、船の中にいる乗組員達は声を上げながらも必死に近くの物に掴り、何とかその場を凌いだ。
「相手は養分を収奪する下等生物です。魚雷で威嚇しましょう」
 郁はそう提案し、そしてニヤリと意味深にほくそえむ。

 ――彼女は郁ではなく、郁に扮したあの少女だった。

 少女は魚雷を見詰めると小さく肩を震わせ笑い出す。
「ふふふふ……。何にも知らないお馬鹿さんたち」
 少女は巨樹を威嚇すべく魚雷を装填しながらも込み上げる笑いが止まらない。
「この魚雷管から巨樹を導入して、乗組員全員を養分として与える代償に宇宙の叡智を授かる取引をしているなんて知りもしないで、ほんと、お馬鹿さん」
 少女は装填完了し発射するためのボタンに手をかける。
「うふふふふ。間も無く私は神になる……。私は奴を呼べるのよ」
 少女がボタンを押そうとしたその瞬間、声がかかった。
「そこまでよ!」
 少女がそちらを振り返ると、監禁していたはずの郁が険しい表情でそこに立っていた。
「……姉さん」
「あなたの策謀はここで潰えるわ。私の手によって」
 郁は手にしていた銃を少女に突きつけた。すると少女は先ほどとは一転、表情を曇らせる。
「私を、殺すの……?」
 物憂げに呟いた少女は共感能力を使い、郁に二人の思い出を浴びせかける。
 二人で仲良く遊んだ事。大好きなおかずを取り合ったこと。肩を並べて眠ったこと……。
 郁は全力でぶつけられるその思い出に、思わず涙が零れ散る。
 ぐっと唇を噛み締め、振り払うように叫んだ。
「私に……作り物の妹などいないわっ!!」
 きつく目を閉じ郁が発射ボタンを殴りつけるようにして押すと、魚雷は発射し、その衝撃で少女は魚雷と共に船外へ弾き出された。
 魚雷は巨樹に命中し、そして散り散りになり少女と共に消滅した。
「うわあああぁああああぁあっ!!」
 船内にいた郁は、それらを見届けながら大粒の涙を零し声を張り上げる。
 思い出は優しすぎる……。
 打ちひしがれた郁はただその場で号泣するしかなかった。