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<東京怪談ノベル(シングル)>


流血の祈り(後編)


 艶やかな茶色の髪が、ふわりと揺れる。
 それと同時に鞘から閃光が奔り出し、超高速で弧を描いた。
 魔界の生き物3体が、カギ爪を振り立て、牙を剥き、寄生虫のような触手を口から吐き出しつつ、動きを止めてしまう。
 硬直した彼らの肉体が、真横に、斜めに、ずれてゆく。そして滑らかな断面が露わになる。
 鮮やかに両断された3体分の屍が、ビシャビシャアッと崩れ落ちて様々な内容物をぶちまけた。
「神に仕えし者が、綺麗事の正義を振りかざして我らの邪魔をするか!」
 怯みかけている魔界の者どもの中から、そこそこは気骨ある者が1体、4つの武器で斬り掛かり殴りかかって来る。
 剣、鎌、斧、鎚。4本の手で握られたそれらが、白鳥瑞科を襲う。
 鞘を放り捨て、抜き身の太刀を両手で構えつつ、瑞科は迎撃した。
「我らを召喚した者はな、この世の滅びを望んだのだ!」
 4本腕の怪物が、叫びと共に振るう4つの武器。それらが瑞科の太刀と幾度もぶつかり合い、焦げ臭い火花を散らす。
「我らが殺戮を行うのはな、人間の意思によってなのだ! 人間が、人間への殺戮と世界の滅びを望んでおるのだぞ! 貴様らの出る幕ではないという事がわからんのかああっ!」
「出る幕ではない……? それは、こちらの台詞ですわ」
 会話をしてやりながら瑞科は身を捻り、左足を高速離陸させた。
 黒のスーツを魅惑的に起伏させた胴体が、柔軟に捻れた。
 むっちりと美しく鍛え込まれた太股が、ミニのタイトスカートを押しのけて跳ね上がる。畳まれていた膝が伸び、ストッキングで黒く彩られた脚線が鞭のようにしなった。
 その蹴りに打ち据えられ、4本腕の怪物がよろめく。
「この世界に貴方がたの居場所など、ありはしませんのよ」
 蹴りと同時に瑞科は、右手で太刀を振るっていた。魔界の生き物がもう1体、別方向から槍で突きかかって来たところだった。
 その槍が、戦闘シスターの太刀で受け流される。
 受け流しに用いた刃を、瑞科はすぐさま一閃させた。振り向きざまに、もう一閃させた。
 魔界の生き物が、構えた槍もろとも真っ二つになった。
 よろめいていた怪物の、4本腕の胴体から、ころりと生首が滑り落ちる。
 いくらか体液にまみれた刃を、瑞科は高々と掲げた。そして念ずる。
「主よ、救いの雷を……」
 雷鳴が轟いた。掲げられた刃が、光を発した。
 目に見える、放電の輝きだった。
 激しい電熱が、刀身にこびりついた体液を一瞬にして蒸発させる。
 電光を帯びた刃を優雅に構え直しながら、瑞科は向き直った。
 魔界の生き物たちの中で特に大柄な1体が、そちらの方向で猛り狂っている。
「神に尻尾を振る牝犬がああッ!」
 手足の生えた肉塊、としか表現し得ぬその全身から、寄生虫のようなものたちが溢れ出した。
 牙のような棘をびっしりと生やした、触手の群れだった。
 それらが凶暴にうねり、高速で宙を泳ぎ、あらゆる方向から戦闘シスターを襲う。
 瑞科は、その場で身を翻した。
 凹凸のくっきりとした瑞々しいボディラインが、螺旋状に捻れた。長い茶色の髪が弧を描いて舞い、黒のスーツを豊かに膨らませた胸が横殴りに揺れる。
 魅惑的な活力の詰まった太股が、軽やかに躍動しつつ、触手の群れをかわしてゆく。
 舞うような回避と同時に、電光の太刀が一閃した。
 棘を備えた触手の群れが、片っ端から切断されて宙を舞った。
 その断面に、電光が激しく流れ込んで行く。
 手足の生えた大柄な肉塊が、バチバチバチッ! と電撃光に絡まれて痙攣をする。
 雷まとう太刀を、瑞科は眼前で立てた。
「主よ、お救い下さい……哀れなる者たちを、雷霆をもって」
 端麗な唇が、祈りの言葉を紡ぐ。
 感電する魔界の生き物の巨体から、電光が周囲に迸り出た。そして他の怪物たちを襲う。
 雷が、嵐となって荒れ狂い、魔界の生き物たち全てを灼き払った。
 様々な断末魔の絶叫が、雷鳴に掻き消される。
 轟音を発して瑞科の周囲を駆け回る電光の中、異形の者たちがことごとく焦げ砕けて灰に変わった。
 電熱の嵐はやがて収まり、荒れ狂っていた放電の輝きも消え失せる。
 魔界の生き物たちも、1体残らず消え失せていた。遺灰が、さらさらと風に舞った。
 瑞科は携帯電話を取り出し、とりあえず報告を入れた。
「任務完了……と申し上げてよろしいかどうかは、わかりませんけれど」
 言いつつ、ちらりと視線を動かす。
 魔界の生き物を召喚するための、邪悪な紋様……いわゆる魔法陣。その上に突っ伏して息絶えている人間の男を、瑞科はじっと見やった。
 自らの命を贄として、悪しき者どもを召喚する。よほど強い憎しみを、この世に対して抱いていたのだろう。
 一体、何があったのかは不明だが、それに関しては瑞科が出来る事など何もない。
 問題は、1つ。
 魔界の者たちを召喚する黒魔術を、この男が一体どこで身に付けたのか、という事である。
『教えた者がいる……という事であろうな』
 携帯電話の向こう側で、神父が言った。
『黒魔術が、民間に出回っている……のだとしたら危険な事態だ。同じ事が今後、いくらでも起こり得る』
「こうしてはいられませんわ。神父様」
『おっと、君の仕事はそこまでだよシスター。今日はもう、それ以上働いてはならん』
 有無を言わせぬ口調で、神父が告げた。
『この仕事の埋め合わせだ、明日は休みたまえ。これは教会という組織としての命令だ』
「神父様!」
『他の者の仕事を奪ってはいけないよ、シスター瑞科』
 神父は、にやりと笑ったようだ。
『君がしっかりと休養を取っている間に、情報課が調べるべき事を調べ上げておく。君の仕事は、そこからだ』
「……了解ですわ」
 瑞科は、そう応えるしかなかった。
 電話は、そのまま切れた。
 自分がドアを切断してしまった愛車を見つめながら、瑞科は苦笑した。
「もう少し……車にお金をかけるべき、かも知れませんわね」
 もっと強力に敵を轢き殺せる車が欲しい、と瑞科は思った。