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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


素敵な作品






「……そろそろ頃合いでしょうか」

 薄暗い室内で、誰の耳に届ける訳でもなく呟かれた声。その声は幼い女の子の様な高い声でありながらも、その声色には似つかわしくない落ち着きを秘めた声であった。立ち並ぶ石像の間を縫う様にゆっくりと歩きながら、その石像に優しく手を触れている。
 彼女が触れている石像の数々は、それぞれ一様にある表情を刻んでいる。

 ――彼女、石神 アリスはその表情をこよなく好んでいた。

 自らの作品として相応しいのはこれしかないのだ。そんな事を言わんばかりに一様であるそれらから目を離し、彼女は薄暗い室内から陽の光が差し込んだ扉の外へと歩いて行く。その表情は艶っぽい笑みを孕み、その様子は15歳という彼女の年齢にはおよそ遠い印象を与える様な笑みではあるが、その笑みを誰が見る訳でもない。

「良いカオをしてもらわなくてはいけません」

 彼女は歩く。黒く伸びた、烏の濡れ羽色とも言えるつややかな髪をなびかせながら。





◆◇◆◇◆◇






 一日の授業の終わりを告げた無機質なチャイムの音色が学校中に響き渡り、教師が振り返った。

「本日の授業はここまでー。さっきの場所はテストにも出すからなー」

 教師の言葉に生徒達から一様に「えー」と声が上げられる中、カウントダウンを行なっていた少女は、テストに出ると宣言されたその箇所を赤いマーカーで囲ってノートと教科書を閉じた。

「アリスちゃん! 帰ろ!」

 少女は鞄に荷物を乱暴に詰め込み、クラスの一番後ろの席に座った少女へと話しかけた。
 少女が話しかけた相手はアリスだ。学校を休みがちなアリスに対して、何がきっかけだったかは定かではないが、いつの間にか仲良くなった相手であった。容姿は人形の様な可愛らしさであるものの、立ち振舞はどことなく大人っぽい雰囲気を漂わせている。
 中学生である少女にとって、アリスという一人の少女が醸し出す雰囲気や空気は魅力的にすら感じる。ちょうど、大人に憧れる時期である事も関係しているのだろう。

 そんな少女に声をかけられたアリスは柔らかな笑みを浮かべて振り返った。

「ごめんなさい、今日は部活なのです」
「部活って、美術部だっけ?」
「はいです」

 声や口調はやはり可愛らしい。だと言うのに大人な雰囲気を時折見せるアリスの独特なギャップ。そんな姿が、少女にとっては好意の対象である。

「時間かかるの? 私、アリスちゃんの作った物見てみたいなー」
「そう、ですね。もうすぐ“完成”するのですが……」
「だったら私も付いて行って良い?」

 少女の言葉に、アリスは小さく口元を緩ませた。

「良いですけど、退屈かもしれませんよ?」
「ううん、そんな事ないよー」
「そうですか。だったら今日は、ウチに招待するですよ」
「ウチって、アリスちゃんの家?」
「はいです。ちょっと大掛かりな作業なので、作品をウチに持って帰って仕上げる事が多いのです。今回もその続きになるので、ウチまで来てもらう事になるですよ」

 アリスに家に招かれたという事実が、少女にとっては嬉しい出来事であった。そういった些細な事で、親しくなったのだと実感が出来る。そんな思春期の少女ならではの小さな発想なのかもしれない。

「お邪魔じゃないなら行きたいな!」
「じゃあ行きましょう」
「うんッ」

 少女の笑顔を見つめながら、アリスは何処か艶っぽい笑みを浮かべた。その表情に思わず見惚れてしまった少女は顔を赤くし、アリスから僅かに視線を逸らす。そんな少女にクスッと笑いを零したアリスに、少女はなんだか自分が酷く年下であるかの様な錯覚に陥り、更に頬に朱を差すのであった。





 帰路に並んだ二人の足取り。小柄なアリスに合わせる様に歩き続けた少女は、閑散とした通りを淀みなく歩いていくアリスの行先を、興味深そうに視線をキョロキョロとあっちこっちへと向ける。

「こんな道あったんだねー。知らなかったや」

 自分が住んでいる街だというのに、人通りのないその道を進みながら少女は呟いた。

「この辺りは人通りが少なくて静かなのです。わたくしは好きですよ」
「静かなのは良いかもだけど、私だったらちょっと寂しいかなー……」

 聞こえる音は風が吹き抜けて木々が葉を揺らす音と、夕刻に近づくに連れて烏が鳴く声ばかり。そんな、ちょっと不気味な静けさを前に少女は怖気づいていた。

「あら、もしかして不気味でしょうか?」
「そっ、そんな事ないよ! 静かなのは良いけど、ウチの近くって人が多いからさ。なんかちょっと違うなーって思っただけ!」
「そうでしたか。怖がられていたらどうしようかと思ったのです」

 思わず鋭く本心を指摘された事に慌てた少女だったが、アリスは何の気もなしにクスクスと笑いながらそう告げた。

(やっぱりアリスちゃんって不思議……)

 少女はアリスのその姿を見て、そう感じざるを得ない。
 気が付いたら仲良くなり、その魅力に魅了されたかの様にくっついている相手。それがアリスだ。

(いつだっけ、アリスちゃんと仲良くなったのって。……あんまり思い出せないんだよなぁ……)

 思わずアリスの後ろで心の中で呟く少女。そんな少女の素振りをそっと横目で見たアリスは、再び前を見て口を開いた。

「……今日で完成、です」

 少女を斜め後ろに連れたアリスの笑みは少女には見る事は出来なかった。
 ただそのアリスの笑みは、実に冷たい冷笑とも取れる笑みであった。





◆◇◆◇◆◇





 大通りから離れた場所に位置する、佇む様な小さな洋館。アリスの家を見た少女の第一印象は、まるで本の中に存在する貴族の家といった印象であった。

「凄い……! あんなお家、見た事ないよ!」
「恥ずかしいのですよ。広い家ですが、あそこまで広い造りでなくても十分なのです」
「でもでも、なんかマンガとかの中にあるお屋敷っぽいよ! アリスちゃん凄い!」

 短絡的な感嘆の言葉に、アリスは小さく笑って歩いて行く。

「家の中を案内してあげたい所なのですが、作品の完成を急ぎたいのです。アトリエに向かいましょう」
「アトリエ!?」
「はい。わたくしの作品がいっぱいあるのです」
「見たい! 見たいな、私!」
「フフ、焦らずともゆっくり見れますから……。どうぞこちらです」

 アリスの諭す様な言葉に我に返った少女は恥ずかしげに表情を曇らせてアリスについて歩いていく。
 洋館と呼ぶに相応しいその家の庭から歩いた先、こじんまりとした建物が用意されていた。アリスはそこの鍵を取り出し、中へと少女を招き入れる。部屋の中はまさに作業場といった雰囲気を醸し出してはいるものの、そこはガラス張りの大きな窓から続く庭に咲いた色とりどりの花で彩られている。まるで森の中にあるアトリエの様な光景に、少女は思わず「わぁ〜」と声を漏らし、周囲をキョロキョロと見回した。

「アリスちゃんの作品は?」
「……そちらの扉の奥です。行きましょうか」
「うん!」

 期待に胸を膨らませた少女であったが、アリスが開けた観音開きの仰々しい扉の奥は薄暗く、壁にかけられたガスランプの炎がゆらゆらと揺れた異質な空間であった。
 あまりの雰囲気の違いに、思わず少女は息を呑んだ。

「作品が陽の光で劣化してしまってはいけませんので、こうして暗室にしているのです。不気味ですか?」
「う、ううん! ただちょっと、驚いただけ……」

 陽の光が差し込む庭園の様な部屋から一転した暗い部屋。目が慣れていないせいか、作品と呼べる物はシルエットしか見る事が出来ない。

「中へどうぞ。ここからではしっかり見えませんから」
「う、うん」

 少女は恐る恐る中へと入り、僅かな明かりしかない暗闇へと踏み出した。その後ろからアリスが中に入り、重厚な扉を閉めると「カチャリ」と無機質な金属音が鳴り響いた。鍵が閉められた様だ。
 突然のアリスの行動に、ようやく目が慣れてきた少女が振り返ると、アリスの口元が三日月を作っている事に気付き、思わず息を呑んだ。

「あ、アリスちゃん……?」
「さぁ、見て下さい。わたくしの作品の数々です」

 アリスに促されるままに周囲を見つめた少女は、それらが石像である事に気付いた。精巧な服の細部にまで至る再現。そして、思わず今にも動き出しそうだと感じられる程のリアルな造り。
 そんな石像の表情に視線を向けた瞬間、少女は思わず息を呑んだ。

 ――それらの石像は一様に、目を大きく見開き、口を開け、“恐怖”を刻んでいる事が少女にも分かったのだ。

「……今日は記念すべき日です。また一つわたくしの作品がここに増えるのです」

 冷たく無機質な声色に、少女は振り返る。アリスと目が合ったその瞬間、少女の表情は青ざめ、カタカタと震え始めた。

「……あ、あなた……、誰……?」
「“初めまして”、わたくしの新しい作品」
「ど、どういう、事……? ここは何処……!?」

 少女の問いは、あまりに不自然な物であった。先程までアリスに惹かれていた少女は、アリスに向かって辻褄の合わない問いかけを繰り返す。アリスの姿が変わった訳ではない。ただアリスは、どうしてそうなったのかを知っている。

「記憶の改竄は、ここに来ると解けるのです。だから、教えてあげましょう。私によって作品に加えられ、永遠にその姿のままあなたは囚われるのですよ」

 ニタリと三日月を作った口元に、少女は畏怖し、慌てて奥へと駆け出した。

「――はぁ、はぁ……ッ!」
「おや、どうしたのですか? もう鬼ごっこはお終いですか?」

 少女の耳に届いた、冷たい嘲笑を孕んだ声。荒い息を必死に整えながら、近くに置いてあった石像の陰に隠れた彼女は、鳴り響いてくる足音を聞きながら、あまりに早く高鳴る心臓を抑えこむかの様にギュッと左胸を右手で押さえ込んだ。

 ――どうして、どうしてこんな事になった。

 少女はそのあまりの恐怖を前に、必死に思考を巡らせる。
 何も思い出せない少女は、何故自分がこんな所に、見た事もない少女を前にしているのか、理解など出来るはずもない。

 ――そして彼女は、遂にアリスに見つかり、最期の言葉を告げられた。

「良いカオですよ」




 石神アリス。
 魔眼を駆使し、オークションに出品する作品を生身の人間から作り出す彼女は、恐怖に歪み、絶望に染まったその表情をそう称して笑みを零した。

 彼女の作品がまた一つ、そこに増えたのであった。






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ご依頼有難うございます、白神 伶司です。

今回は初めてのキャラクター様だったので、
どんな作風かを見て頂ければと思い、
一話完結のお話として書かせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

喋り方などにも指定を頂ければ、今後は
そちらの描写ももう少し徹底させて頂きます。

今後とも、機会がありましたら
また宜しくお願いいたします。

白神 伶司