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<東京怪談ノベル(シングル)>


漆黒の修道女 中編

夜の空を覆った分厚い雲の隙間から顔を覗かせた月明かりがビル街の谷間に忘れ去られた小さな教会の廃屋を柔らかく照らす。
ひび割れた古の聖人を模したステンドグラスをはめ込んだ天窓に逃げ惑うガーゴイルの群れが殺到するのを確認して、瑞科は錆びついた鉄門を音もなく押し開け、ゆらりと廃墟の庭に踏み込む。
場違いなまでにしんと静まり返った廃墟に瑞科は小さく息を吐き出した。
あれだけの騒ぎが近くであったというのに、あまりに静かすぎる。
侵入者に対して異様なまでに警戒していることが丸わかりだ。

「困ったものですわね」

どこか他人事めいた瑞科の声は誰に届くことなく、闇に溶けた。

数年前、ここに奉仕していた老神父が亡くなり、彼を慕っていた修道士たちが次々と去っていき―ついには忘れ去られてしまった神の住居はその教えを貶め、虚無と混沌こそ全てであり、破壊と暴力を肯定する自らの『神』―否、『魔神』を崇めるにはうってつけの場所であり、格好の隠れ蓑―であった。
忌々しき十字架に掲げられた神の子の像を祀った礼拝堂の真下に作られた壮麗なる真の神をたたえる祈りの間で、全身を銀と赤の糸であしらった真っ黒なローブに包んだ男が苛立ちを隠すことなく、せわしなく歩き回っていた。

「おのれっ!低級とはいえ仮にも我が神の下僕たる魔物たちがこうもあっさりと葬られるなどあってたまるかっ!!」
「事実は事実として受け止めよ。お前がうかつだったにすぎんわ」
「しかしながら、あれだけの魔物たちを倒したとなると……おそらく敵は愚劣なる『教会』の手先であろう」

苛立つ男を一喝した最奥に飾られたヤギの頭を持つ悪魔像を祀った祭壇に侍る同じ黒のローブを纏い、顔の左半分を仮面で覆った男に右半分を仮面で隠した男が警戒を露わにつぶやく。

「大司教、では襲撃者は!」
「十中八九、武装審問官であろう。命令とあらばあらゆる任務をこなし、果ては暗殺まで行えるという戦闘専門の聖職者……ゴブリンやオークでは相手にならんな」

悲鳴じみた声を上げる男に大司教と呼ばれた右半分の仮面をつけた男は侮蔑を隠すことなくにじませて、右目だけを覆う仮面をつけた男を見やる。

「さてどうする?この情けない召喚士(サモナー)の使い魔めが戻ったようだが、武装審問官相手ではもって数分というところ。こちらも本気を出さねばなるまい、騎士公」
「早急に策を講じましょう、大司教。ここをやつらに知られるのは時間の」
「そんなにゆっくりとしていらして大丈夫でしたか?」

右目に仮面をつけた男―騎士公の言葉は鋭く投げ込まれたダーツによって断ち切られ、居合わせた男たちが引きつっていくのが手に取るようにわかり、瑞科は楽しくなった。
通路から現れた余裕たっぷりの表情を浮かべた瑞科に自然と殺気が集まるが、当人はモノともせずに成り行きを楽しむ。

「くっ……馬鹿め、わが神の城に踏み込むなど、無謀の極みと知れっ!!」

怒声を上げて、瑞科の前に立ちふさがった召喚士が両手を前方に突き出すと、いくつもの鈍く輝く幾何学模様が空に描かれ、その中心からねっとりとした泥状のものがにじみだし、やがて一つの形―大きな口を持ち、黒い肌と多毛をもった食人鬼・グールが出現させた。
奇声をあげ、牙をむくグールの一団を前にして怯える様もなく、瑞科はうんざりとした表情で背後にいる召喚士を見据える。

「さきほどのガーゴイルやオークもあなたの仕業でしたのね」
「そうよっ!この優秀なる召喚士様の前に恐れ……」
「るわけありませんことよっ!!」

どこをどう見ればわからないが、召喚士は瑞科が怯えたものだとばかり思い込み、恍惚とした表情でのたまうが最後まで台詞を言うことは叶わなかった。
千歩どころか万歩譲ってみたところでも、この召喚士は優秀ではなく、平凡も平凡の凡人にすぎない。
悪魔崇拝の教団にあって上級の―よく知られた悪魔を使役できない時点でそれは明白。
随分前の任務で倒した一般人を装った死霊術師の方が手ごわかった。
無駄に高く作られた天井が全くのがら空きであることをいいことに軽く木製の床を蹴ってグールの一団を飛び越えると、瑞科はあっさりと召喚士の懐に飛び込み、その無防備極まりない腹に強烈な拳を食らわせる。

前のめりに倒れる召喚士から後ろに下がってかわすと同時に思い切りよく足を払い飛ばしやると、面白いほどあっさりと後ろにひっくり返る姿に一片の同情も見せず、瑞科は素早く振り返ると、召喚者を倒されて戸惑うグールに容赦なく左拳からくり出した雷撃を与える。
瞬時に練り上げられたとはいえ、オークを一撃で消し炭と化した威力は衰えるどころかむしろ威力を倍増させ、最初に食らったグールが燃え上がったのを呼び水として、全てのグールたちに雷撃から起こった炎の蛇が飲み込んでいく。
炭化したグールだったものが崩れ落ちる様をまざまざと見せつけられた大司教は仮面で半分を覆い隠した顔を恐怖で引きつらせた。
ここに踏み込んでわずか数分。
能力が低く、上級の魔物を召喚できないとはいえ、一度の召喚で扱いやすい下級の魔物を大量に呼び寄せることができた召喚士をこうもあっさり倒された時点で明らかに実力が違いすぎる。
たった一人の―しかも女に壊滅させてしまうなど、悪夢に等しい。

「剣技と接近戦主体の格闘術に雷撃と重力弾といった魔法を得意とする女の武装審問官―いや、武装シスターか……『教会』随一の審問官相手では召喚士程度では相手になるわけないか」

及び腰どころか完全に逃げ腰になった大司教を背に隠し、ゆらりと瑞科の前に立ちはだかったのは右目の仮面をつけた騎士公。
覚悟を決め、冷やかに己よりも頭二つ分低い瑞科を見下ろすと、腰に下げていた漆黒の刃をした大剣を構える。
随分仰々しいが隙がなく、向けられた剣には十二分すぎるほどの殺気に近い剣気は心地よい。

「私の事をご存知でしたの?騎士公さん」
「噂でな……『教会』に属する数多い武装審問官の中でもっとも実力が高く、幾多の邪教・悪魔崇拝集団を壊滅させた凄腕だ、とね」

くすりと笑う瑞科に騎士公は答えるが早く剣をくり出す。
腕力を生かした重い剣が上下左右に隙なく振り下ろされるも、瑞科は流れるような動きでそれらをかわす。
悪魔崇拝の教団で騎士公と呼ばれるだけあって剣技の実力はかなりのものだが、その能力を遥かに上回る実力を持った瑞科には剣を持ったばかりの初心者の動きにしか見えない。
軽いステップを踏みながら、自らの剣でくり出される大剣の刃を受け流し、そのまま刃を滑らせて相手の懐に切り込む。
力だけでなく洗練され、卓越された技術の前に騎士公はあっという間に押しやられ、礼拝堂の壁際にあっけなく追い込まれる。

「くっ!!」
「なかなかの腕前でしたわ。でも、ここまでです」

どこか現実離れした物柔らかな声が耳元で聞こえた瞬間、騎士公は自分の身体に届かぬよう必死に押しとどめていた瑞科の刃がふっと消え、必要以上に込めていた力が抜け、たたらを踏む。
わずかに身をかがめて横へと逃れた瑞科は瞬時に剣を持ち替え、頑強なレアメタルでつくられた柄をその鳩尾に思い切りよく叩き込んだ。
強烈な衝撃がまともに食らい、騎士公は短いうめき声をあげ、そのまま崩れ落ちていった。

「さて、残るはあなただけですわよ?大司教様」

艶やかな笑みを口元に乗せ、身体のラインを強調させる服に腰下まできわどく切り込まれたスリットからソーニックスに包まれた美脚が何とも妖艶で、大司教も思わず生唾を飲み込むも、それ以上に瑞科から発せられる気迫に縫いとめられたかのごとく、情けなくもその場にへたり込んでしまった。

後編へ続く