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<東京怪談ノベル(シングル)>


漆黒の修道女 後編

声にならない悲鳴をあげ、腰を抜かしながら逃げる大司教に瑞科はやれやれとばかりに近寄ると、にっこりと笑顔を浮かべると襟首をつかみ、優雅な手つきで祭壇の悪魔像へと投げ飛ばす。
綺麗な放物線を描いで投げられた大司教はそのまま像にまっすぐにダイブし、像と熱い口づけをかわして落下した。

「情けないですわね。仮にも悪魔崇拝教団の大司教というのに……これでは道化ですわ」

目を回して気絶した大司教に瑞科はつまらなそうに太ももにくくりつけてあった手錠を取り出すと、大司教の両手両足を拘束する。
呆気ない終わりにやや拍子抜けした瞬間、背筋に冷たいものが走り、大司教―いや、正確には悪魔像から飛びずさった。
見るも無残に破壊され、大司教の下敷きになっていた悪魔像の頭部が怪しげな真紅の光を瞬かせる。

「最後の仕掛け、とはやってくれますわ」

小さく苦笑すると、瑞科は両手を悪魔像に向けて構えると、悪魔像の怪しげな光がいや増し、巨大な紅く輝く狼の姿と変貌を遂げる。
瑞科の両手に淡く白い光が集い、光の銃へと姿を変わり、その銃口が紅き魔狼を正確に捕える。
巨大な口を開け、牙をむいた魔狼が瑞科を飲み込まんとした瞬間、まばゆい白き雷撃が悪しき魔獣を打ち抜いた。

「全く……上級の悪魔がちゃんといたとは。でも、大したことはなかったですわね」

くすりと笑うと瑞科は完膚なきまでに粉砕された地下礼拝堂から立ち去ると、待ち構えていたように武装した『教会』の衛兵部隊が怒涛のようになだれ込む。
その様子に背を向け、瑞科は門の前に止めたフェラーリの運転席に身を滑り込ませると、軽くアクセルを踏み込んだ。
息を吹き返したフェラーリはエンジン音も高らかに深夜の街へと駆け出す。



「そうか、今回はレベルDの悪魔崇拝か……だが、魔狼がいたとなると、彼らは単なる操り人形だと考えるべきか」
「はい、司令。召喚士が呼び出せたのは皆、D級以下のゴブリンやオークといった知能の低い魔物ばかりでしたので単なる暴走でしょう。また大司教は大した力もなかったので単なるお飾りだったと思われます」

立体スクリーンに映し出された召喚士と大司教の映像を見て、顎に手を当てて考え込む司令に瑞科は忌憚のない率直な言葉で見解を告げる。
同じ地下数千メートルに作られていた―礼拝堂と違い、高性能なシステムで集約されたブリーフィングルームにて瑞科は先日の案件についての報告をしていた。
はっきり言って、この悪魔崇拝教団は大したことがなかった。しかし、最後に出現したあの狼の魔獣―魔狼は間違いなくB級以上。
名のある悪魔の配下だったと断言できた。
その証拠にあの強烈な殺気と魔力を前にただの気絶程度で済ませたはずの大司教は衛兵部隊に運び出された時は半死半生までに衰弱しきっていたというから、かなりの生命力を食われたと判断していい。
そんな強力な魔物を召喚し、操っていた者がいたとしたら、それはそれで面白いですわ、と不謹慎にも瑞科は思う。

「騎士公と召喚士も程度は低いが、相当量の生命力を奪われている。それを考えると」

考えを巡らせていた司令は顎に当てていた手を放すと、楽しそうな表情を浮かべて瑞科を見る。
有能かつ随一の腕を持つ武装審問官が何を思っているかが手に取るようにわかり、やや苦笑は禁じ得ないが、これ以上に任せることが出来る者はそうはいないのは確かであることを司令は十分に理解していた。
わずかにずれたモノクルを左の人差し指で押し上げた。

「まだ裏がありそうだ。調査官らの報告を待つとしよう、白鳥審問官。君もこの件は興味深いだろうからね」
「ええ、このまま終わるとは思えませんもの。しっかりと調査して根本から叩かなくてはいけませんわ」
「その時には行ってもらおう、筆頭審問官。この案件は継続中として君に一任する……が、今回は任務終了だ。ご苦労」

柔らかく口元に弧を描き、背を向ける司令に敬礼すると瑞科は席を辞した。
ブーツを高く鳴らして、地上へと上がるエレベーターに飛び込むと、その壁に背を預け、優雅に足を組む。
スリットからふわりと除く白と黒のコントラストに包まれた美脚が覗くも気にもしない。
今回の任務は呆気なかったのはいえ、この達成感はたまらない。
何よりもまだまだこの教団には裏がありそうで、この先何が待っているのかと思うと高揚感が全身を駆け上がっていく。

「第二回戦が楽しみですわ」

我知らずこぼれた本音が小さく砕けると同時にガラス張りのエレベーターは殺風景な鉄板に覆われた数千メートルの地下を抜け、ようやく地上部分へと顔を覗かせる。
地下から地上に出た瞬間、差し込む太陽の光がまばゆく、思わず目を細めるも、次の瞬間、ガラスの向こうに広がる絶景が瑞科のお気に入りだった。
無機質だが、天に届かんばかりに巨大なビル群とその下でせわしなく動く車やバイク、そして道路を歩く人々の姿。
変わることない日々―瑞科が守るべき世界がそこにある。

―人々の平和な日常。これが私の守るべきものですわ。

眼下に広がる光景に淡い笑みを浮かべながら、瑞科は武装審問官としての決意を強くするのだった。

           FIN