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<東京怪談ノベル(シングル)>


【テロ組織殲滅作戦3】


「どうして?」
 眼鏡の部下は茫然と巨漢の部下を見つめた。様々な憶測が頭の中を駆け巡る。
あいつは俺たちを裏切ったのか? 敵が俺たちの作戦を知っていたかのように待ち伏せていたのは、あいつが情報を漏らしたからか? あいつは俺たちの敵なのか?
眼鏡の部下の視線の先で、巨漢の部下が微かに、口の端を吊り上げたように見えた。
「おいっ!」
 眼鏡の部下は無意識に、しかしはっきりとした敵意をもって、アサルトライフルを巨漢の部下に向けた。震えはいつの間にか止まっている。いや、微細ながらも震えは続いていた。ただ、その理由が先程とは異なるのだ。
 巨漢の部下が眼鏡の部下に振り向く、よりも先にそれは起きた。
 巨漢の部下の持つアサルトライフルに衝撃が走ったのだ。弾かれたかのように、アサルトライフルが上を向く。
眼鏡の部下は何が起きたのか、すぐには理解できなかった。しかし、その目は巨漢の部下が抱えるアサルトライフルの銃口に刺さる、あるものを捉える。
クナイだ。そう、それは間違いなく……。
「どういう了見ですの?」
 気付けば、水嶋・琴美が、巨漢の部下の前に立っていた。


 敵を斬る。銃弾を躱す。敵の重力弾で撃つ。銃弾を重力フィールドで相殺する。単純でつまらない作業を琴美は繰り返していた。
 それほど期待していたわけではなかったが、今回の殲滅対象であるテロ組織も、琴美の脅威となりえる存在ではなかった。
 やはりこの程度ですわね……。琴美の心の落胆は、達観にも似た、諦めと同義の溜息だった。だが、手を抜くことも、それを表情に出すこともしない。
 任務は優雅にテキパキと。それが琴美の掲げる、任務遂行に於ける美徳だ。
 そして、それはその時に感じた。一言で言うなら、視線。
 殺意とは異なる、戦場においては異質な視線。琴美は意識だけ、その視線の真意を探る。これは忠誠? それとも使命感とでも言うべきだろうか。それに高揚をブレンドしたような、そんな視線だ。
 そんなことを考えながらも、琴美は止まらない。ただ呼吸をするかの如く、敵を無力化していく。気づけば、敵の数はすでに半分以下にまで減っていた。
 そして、その時は来た。視線の主が、引き金を引いたのだ。狙うは寸分違わず、琴美の心臓である。
 人間という生き物にとって、それは必殺と呼べる一撃である。心臓を銃弾で撃ち抜かれれば、その先の運命など分かりきったことである。
 だが、当然の如く、琴美が慌てることなどない。
 琴美には、その弾丸が螺旋を描きながら、空気を切り、自分の胸に近づいてくるのが、まるでスローモーションのように見える。
 それは琴美の人間離れした動体視力のなせる技か、それとも戦場という場における緊張と集中力が可能としているのか。
 琴美はただ、その弾丸の軌道上に無造作とも言える動きで、クナイを添えた。そして、クナイと弾丸が接触する、その夷旬、クナイをほんの一ミリ滑らせるだけで、弾丸は琴美を避けるかのように、左右へと真ん中から両断された。
 琴美は自分を撃った張本人、巨漢の部下に、視線を向けることもなく、クナイを放った。
 区内は先程琴美を襲った弾丸の軌跡をなぞり、真っ直ぐ巨漢の部下の構えるアサルトライフルを捉えた。
 少しお話を伺わないと、ですわね。
「どういう了見ですの?」


 気がついた時には、目の前に、水嶋・琴美が立っていた。
「どういう了見ですの?」
 巨漢の部下は真っ直ぐ、琴美と対峙する。琴美の目を見据える。
 琴美は微笑を浮かべていた。見とれるほどに美しい、微笑み。
 巨漢の部下は琴美から目を離さない。その目に宿るのは、しかし、敵意でも、殺意でもない。まして、敬意や好意であるはずもない。
 その目に映るのは、唯々純粋な恐怖だ。幾千の花を束ねても、幾万の宝石を飾っても、見劣りはしないほど、可憐に美しく微笑む琴美を前にして、巨漢の部下は、呼吸を忘れるほどに、恐怖していた。
 目を背ければ、その瞬間に、殺される。
 巨漢の部下は本能で理解していた。
「黙っていては分かりませんわ」
 琴美は可愛らしく、小首を傾げる。それに見惚れている余裕は、巨漢の部下にはない。
「もう一度お尋ね致しますわよ。私を撃つとは、どういう了見ですの?」
 蛇に睨まれた蛙、というのは、まさしく今の彼のことを指すのだろう。だが、それでも巨漢の部下は何とか口を開いた。
「ち、違うっ! これには、ちゃんとした理由があるんだっ!」
 大の大人が言ったとは思えない、何とも情けない言い訳、にしか聞こえなかったが、次の男の言葉で、琴美の表情が変わる。
「俺は命令通りに動いただけだっ! そう、これは司令官からの命令だったんだっ!」「それ、どういう事ですの?」
 巨漢の部下の聞き捨てならない台詞に、珍しく琴美が食いついた。
「そ、そのままの意味だ。俺は司令官から、戦闘中あんたの隙を突いて狙撃しろ、とそう命令されただけで」
 どういうこと? 私は司令官に、切り捨てられたって、こと?
 そんな思考が咄嗟に浮かぶが、いえいえ、そんなことはあり得ないですわ、と琴美はその思考をすぐに打ち消す。
 自分が司令官に捧げる信頼と忠誠は、確かに伝わっているはずであり、それに見合う信頼を自分も司令官から受けているという自負が琴美にはあった。
「嘘はいけませんわよ」
「嘘じゃない! 信じてくれ!」
 はあ……。琴美は聞き分けの悪い子供を見るように、大きな溜息をつくのだった。


 忘れてもらっては困るが、今、琴美たちがいるのは、殲滅対象であるテロ組織のアジトである。
 琴美と巨漢の部下がこんなやりとりをしている間も、琴美たちは敵からの銃撃を雨あられと受けていた。
 その様子を見ていた眼鏡の部下はもはや驚愕で、言葉を発することも出来ない。
 巨漢の部下が琴美を撃ったことも驚愕に値すれば、彼の言った司令官の命令というのも驚愕だ。しかし、それ以上に眼鏡の部下を驚愕させたのは、琴美が片手間のように張った重力フィールドが、恐ろしいまでの、敵の猛攻を完全に防ぎきっているということだった。
「いい加減、俺たちを無視してんじゃねえ!!」
 どこか情けない叫びを上げたのは、敵のリーダーと思しき男だった。情けない言葉とは裏腹に、屈強な肉体と鋭い眼光はいくつもの死線を越えてきた猛者であることを、はっきりと証明している。
「野郎共、一気に片付けるぞ!」
 男の合図で、残った敵、五人が刃物を手に、琴美に躍りかかってきた。銃では埒があかないと判断したのだろう。琴美も敵の動きに、すぐに反応する。
「話は後ほどゆっくり聞かせて頂きますから」
 琴美は巨漢の部下にそれだけ言うと、敵へと振り返った。
 敵との距離はわずか十メートル足らずまで迫っていた。予想以上の猛烈なアタックだ。敵のスピードもなかなかのものみたいだ。
 しかし、琴美と彼らとでは、ウサギとカメ、月とスッポンほども、差があることを彼らは気づいていない。
 敵との距離は後五歩といったところ。そこで、敵五人はサーベルや、剣、刀といった思い思いの武器を振りかぶった。力任せの攻撃に見えて、その実、琴美の逃げ場を塞ぐように、敵は琴美を囲むように距離を詰め、上段からの斬り下ろし、胴を狙った水平斬り、と連携がとれている。
 しかし、琴美にとってはそれすらも、稚技に等しかった。
 琴美はクナイ一本だけを構え、緩やかとも言える動作で、それを敵のリーダーが振り下ろすサーベルに軽く当てた。正確には当てた、ではなく、添わせただ。
 敵の攻撃はタイミングを合わせての同時攻撃、ではあったが、琴美からすればそれは同時攻撃でも何でもなかった。リーダーの男の攻撃がまず先行していることは、琴美にしてみれば、明らかだった。
 剣速の差か、意気込みの差か。真っ先に琴美に届いたサーベルを、琴美はクナイを添えることで、軌道をそらす。すると、そのサーベルは示し合わせたかのように、水平に飛んできた剣を、叩き落とす形となった。
 そうなれば、敵の連携もあったものではない。剣をぶつけ合った二人はバランスを崩す。するとその二人は琴美の盾になるかのように、残りの三人と琴美の間につんのめり、琴美に斬りかかろうとしていた残りの三人は、攻撃を中断、或いは攻撃位置をそらそうと慌てる。
 そんな、まるで子供のお遊戯会のようなぐだぐだぶりを見て、クスリと琴美は笑う。
「き、貴様ぁあ……」
 敵のリーダーが琴美を至近距離から睨みつける。その目にははっきりと殺意が込められていて、琴美は更に可笑しくなる。
「何が可笑しい!?」
 怒りを露わにし、男は叫ぶと、サーベルを再び構えた。
 しかし、琴美はクナイを構えるどころか、懐へと仕舞ってしまった。
「何のつもりだ」
 男の問いに、琴美は悠然と答えた。
「いえ、もう終わっているというのに、それにすら気づかないあなた方が可笑しくて」
 すると、示し合わせたかのように、男たちの首筋から、赤い花が勢いよく咲いた。薔薇よりも赤い、鮮血の花を。


 部下の二人は、ただ琴美たちの戦闘を見ていることしかできなかった。必要とあらば援護をするつもりでいたのだ。それなのに、気づけば敵は地に伏していた。
 琴美が敵の攻撃の軌道をそらしたまでは理解できる。それは確かに視認できた。だが、五人もの敵の首を、一体いつの間に切り裂いたのか、二人にはさっぱり分からなかった。
 琴美が二人に振り返る。その目に捉えられただけで、自分たちの首も飛ばされてしまうような、そんな気がした。しかし、琴美は唯々優雅に微笑んで見せた。
「それでは帰還致しましょう」
 不思議なことに、あれほどの至近距離で五人もの人間が大量の血を撒き散らしたというのに、琴美はいっさいの返り血を浴びてはいないのだった。
 ヘリで本部に帰還すると、すぐに司令官の下へと、三人で向かった。
 巨漢の部下は、琴美からの尋問すら覚悟していたので、それまで何も追求されなかったことを不思議に思った。ただ、本部に戻り、ヘリから降りる時に、
「早まらなくて良かったですわ。あなたがいなくなっていたら、ヘリを操縦できる方がいなくなっていたのですわね」
 という呟きには、巨漢の部下はぞっとする思いだった。
「ご苦労様だったね、三人とも」
 司令室に入ると、すぐに司令官はそう三人ねぎらった。いつもと変わらない、どこか掴み所のない、柔和な笑顔を浮かべている。
「三人ともが無事に帰還してくれて、本当に嬉しいよ」
「お尋ねしたいことがあるのですが」
 琴美はまどろっこしいことが嫌いだ。だから、単刀直入に尋ねる。
「彼に私への狙撃を指示したのは、司令官で間違いないのでしょうか」
 琴美の視線は鋭く、司令官の返答次第では、この部屋が血に染まりかねない、と部下二人は固唾を呑む。
「ああ、私の指示だ」
 しかし、司令官は平然とした顔で、認めた。
 ひいっ、と思わず部下二人は悲鳴を上げそうになる。
「その真意をお尋ねしても?」
 琴美の視線は未だに鋭い。
「琴美君は、今回の任務、自分一人で構わないと思わなかったかい?」
 唐突な質問に面食らうが、琴美は律儀に、思いましたわ、と頷く。
「私もそう思った。けどね、問題があったんだ」
 なんですの、それは? 琴美は疑問に思う。
「それはだね……、作戦の説明が面倒臭くなったんだよ。だから、二人に同行してもらうことにしたんだ」
 その言葉を聞いて、部下二人はもちろん、滅多に取り乱さない琴美も驚く。しかし、琴美の内心は二人とは少し違う。
 敵のアジトにのりこむ前の自分の馬鹿げた推測が本当に当たっていたことに、琴美は驚いていた。
「ははは、というのは冗談だ」
 琴美の驚いた顔を見れたことに満足したのか、上機嫌に司令官は笑う。
「本当はヘリの操縦の問題だ。あの場所まで移動するにはヘリが必須だったからね」
 司令官はそう言うが、琴美は内心、面倒臭かったというのも真実なのではないだろうか、と思う。
「それでは私を狙撃させた理由になっていませんわ」
 琴美は内心を隠しながら、言葉を紡ぐ。
「それはだね。私からのほんのささやかなプレゼントのつもりだったんだよ」
「?」
 司令官の言いたいことが分からず、琴美は首を傾げる。プレゼント? 狙撃が?
「琴美君には様々な任務を任せてきたけれど、これまで満足のいく任務はあったかい?」
 その質問に、素直に頷くことは、琴美には出来ない。本当の意味での強者、自分と互角に渡り合える好敵手とは、残念ながらこれまで一度もお目にかかれていない。
「だから、彼には裏切るような形で狙撃を行ってもらったんだ。どうだい? 少しはスリルを味わってもらえただろうか?」
「いえ、残念ながら司令官の期待されていたようなスリルを味わうことは出来ませんでしたわ」
 実際、巨漢の部下の狙撃は琴美にとってはバレバレだったのだから。
「それにしても、いくら私のことを思っての事とはいえ、狙撃はないんじゃないですの? 私が死ぬか、或いは彼が死ぬか、万が一ということもありますし。」
 思わず、そんなことを言ってしまう。レディーに対してのプレゼントが狙撃とは、聞いたことがない。それに、琴美自身は危険など全く感じなかったが、何かが違えば巨漢の部下を手にかけていた可能性は否定できない。
「いやいや、琴美君に限って狙撃程度で怪我をするとは思っていないし、彼には何かあればすぐに、司令官の指示だ、と言うように言いつけておいたから、心配はしていなかったよ。私は琴美君の実力も、私の指示だと聞けば迂闊なことはしないことも、分かっていたからね」
 平然と司令官は、言う。そんな信頼の仕方をされても困る。
「まあ、今日は任務お疲れ様。琴美君も二人も疲れただろう。今日はゆっくり休んでくれたまえ」
 司令官にそう言われては、もうこれ以上、ここに居座るわけにもいかない。三人は、司令官に敬礼をし、部屋を後にした。
「本日は大変、無礼な真似、申し訳ありませんでした」
 すると、即座に巨漢の部下が深々と頭を下げてきた。
「いえ、あれは司令官の悪ふざけの過ぎた指示だったのですから、気にしなくてもいいんですのよ」
「本日は本当にお世話になりました。今後の更なるご活躍、期待しております!」
 巨漢の部下と眼鏡の部下は再度、深々と頭を下げると、早足に去っていったのだった。
 とにかく今日はゆっくり休みましょう。琴美はそう気持ちを切り替えて、自室へと向かった。
 琴美は知らない。こうしてまた、新たな琴美ファンが二人増え、伝説という名の噂が特務統合機動課に広まることを。