コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


闇を打ち払う力


 神の名のもとに非合法な事をしている、という自覚は無論ある。
 それは白鳥瑞科たち前線の武装審問官だけではない。情報課の工作員たちも、神の名のもとに非合法な手段を駆使して、様々な個人情報を調べ上げてくれる。
「被害者の身元と経歴が判明した。まあ便宜上、被害者としておこう」
 そう神父が言ったのは先日、自身を生贄として魔物どもを召喚し、瑞科が駆け付けた時にはすでに絶命していた、あの男の事である。
「非の打ち所がない、と言って良いほど平凡な人間であったようだ。両親はごく普通のサラリーマンと主婦。中学高校とサッカー部に所属しつつ、学業においては中の上程度の成績を維持。高校卒業後は進学せずに食品関連の会社でアルバイトを始め、やがて正社員に昇格し、10年近く真面目に勤務していた。真面目な働きぶりだけが取り柄であったようだな」
 神父が何を言おうとしているのか、瑞科はおぼろげに理解した。
 真面目に学校へ通い、真面目に会社勤めをしていた男。魔物を召喚する黒魔術を習得する時間など、短い人生のどこにもなかったという事だ。
「そんな真面目な社員であったのだが……数ヶ月前、リストラの憂き目に遭っている」
「それで世の中を憎み、黒魔術を習得……いえ、そんなわけがありませんわね」
 黒魔術は、素質ある者が幼少の頃より学び続ける事で、ようやく身に付くものだ。一念発起後の数ヶ月で習得出来るような、生易しい技能ではない。
「黒魔術が使える能力を、外部から無理矢理に植え付けられた……としか考えられないのだよ。世の中を憎む、その心につけ込まれたようだ」
「そんな事が出来るのは……悪魔」
 瑞科は息を呑んだ。
 先日戦った雑魚どもとは違う。魔界の生き物たちの中でも特に格上の何者かが、普通の人間に黒魔術の能力を付与している。
 それが本当ならば、今回の任務は、これまでと比べても特に厳しいものとなるだろう。
 瑞科がこれまで戦い倒してきた相手は、人間あるいは元々人間であった者が大半だ。
 だが今回の相手は、下手をすると出自からして人間ではない。
「都内に1ヵ所……それほど激しいものではないが、魔界物質反応の出ている場所がある」
 神父の口調が、いささか重いものになった。
「あまり激しくない、というのが厄介でな。己の魔界物質反応を上手く抑え込めるような曲者なのかも知れん」
「行ってみなければ、わかりませんわね。それは」
「……行ってくれるか」
 神父が、じっと瑞科を見据える。
「危険な任務であるのは、いつもの事だが」
「主は、我が道を示したまえり……」
 祈りを呟きながら瑞科は、片手を胸に当てた。
「任務……拝命いたしますわ」


 夜空が一瞬、光に満ちた。
 夜闇と一体化した黒雲が、重く低く雷鳴を轟かせる。
 天気予報によると、今夜は大いに荒れるらしい。
 今のところ、雨が降り出してはいない。ただ、風は強い。
 長い茶色の髪が、短めのマントが、激しく舞い上がる。
 聖なる紋様を刺繍された小型のプリーツスカートが、際どくはためいた。
 むっちりと形良い左右の太股が、はためくスカートをまとわりつかせ、歩調に合わせて躍動する。
 ベルト状のナイフホルダーが巻かれた太股。差し込まれた何本もの短剣が、戦闘シスターの長い脚を攻撃的に飾り立てていた。
 雷鳴の中、軽やかに足音を響かせているのは、編上げのロングブーツである。
 ニーソックスの一部が太股に被さり、そこからはガーターベルトが伸びてナイフホルダーと交差し、プリーツスカートの内側へと潜り込んでゆく。
 上半身を覆うのは、紋様化された天使が描かれた黒色のジャケットだ。それが左右の細腕を包み、優美にくびれた胴体をさらに引き締め、食べ頃のグレープフルーツを思わせる胸の膨らみを閉じ込めながらも強調している。
 勇ましい鋼の肩当てが、そんな身体にマントを固定していた。
 武装審問官・白鳥瑞科。
 雷鳴轟く闇の中で、彼女を待ち受けている者たちがいる。
 複数の人影。人数は定かではない。全員、黒いローブに身を包んでいる。
「1つ、忠告をさせていただきますわ」
 瑞科は声をかけた。
「黒い服は、意外と闇に紛れないもの……暗闇に身を隠す役には、あまり立っておりませんわよ」
「……別に、隠れようという気はないのでね」
 黒い人影たちが、口々に応えた。
「隠れる必要もない……それは確かに、今まではこそこそ隠れるだけだったけれど」
「人間社会という暗黒の中に、ね……」
「だけど、もうそんな必要はない。暗黒を打ち払う力を、俺たちは手に入れたんだ」
「私たちの心に暗黒しかもたらさない、この人間社会を……滅ぼす力をね」
 会話をしてやる必要はないだろう、と瑞科は思った。
 言葉による救済など自分には無理であると昨日、判明したばかりである。
「救済をして差し上げよう、などと……自惚れるつもりは、ありませんわ」
 言いつつ瑞科は、右手に携えているものをヒュンッ……と威嚇の形に振るった。
 全体にびっしりと天使の姿が彫刻された、杖である。
 それが、黒衣の人影たちに向けられる。戦闘シスターの、言葉と共に。
「わたくしはただ、あなた方を主の御許へとお送りするのみ……そこで訴えなさいな。武装審問官・白鳥瑞科の、暴虐と殺戮の罪を」