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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇を打ち砕く雷


 風が強くなってきた。
 強風の轟音が、雷鳴をも掻き消しつつある。
 黒いローブを暴風にはためかせている者たちが、どうやら3人。夜闇の中から、白鳥瑞科を取り囲んでいる。
「あんたが、ただ者じゃないってのはわかるよ。お嬢さん」
 1人が言った。
「俺たちも、見ての通り……ただ者じゃあ、なくなっちまったからなあぁあ」
 黒ずくめの全身が、メキ……ッと痙攣した。
 ローブの袖口から、人間の五指ではないものがギラリと現れる。
 刃物のような、カギ爪だった、
 フードの内側からは、肉食獣の鼻面が迫り出し、牙を剥きながら日本語を発している。
「俺たちには、力がある……それは、わかってもらえたと思う」
「この力で我々は、暗黒そのものである人間社会に光をもたらすのだ」
 もう1人も、黒いローブに包まれた全身を震わせていた。
 フードの内側で、ギロリと眼球が見開かれる。顔面の大部分を占める、巨大な単眼である。
 ローブの袖から溢れ出し蠢いているのは、ミミズの群れを思わせる大量の触手だった。ニョロニョロとうねりながら、パリパリと光を帯びている。目に見える、放電の輝きだった。
「人間社会の暗黒を、打ち砕くのだよ……邪魔を、しないで欲しい」
「我々は、私利私欲のために、この力を振るおうとしているのではない」
 3人目は、今のところ見てわかるような肉体的変化を起こしてはいない。
 その黒装束姿が、しかしスゥーッと空中に浮かび上がって行く。
「私たちのように苦しんでいる人々を、ただ救いたいだけなのだ。それは確かに、多少の人死には出るかも知れない。だが」
「わたくしが、試して差し上げますわ」
 瑞科は杖を振るった。幾人もの天使の姿が彫り込まれた、聖なる杖。それがビュッ! と唸って強風を切り裂く。
「貴方がたに、人々の救済を口にする資格が……あるのか否か」
「力ある者が人々を救わなければならない! それが、わからないのかああッ!」
 何者かによって黒魔術の能力、そして人ならざる肉体を与えられた男たち。
 その1人が叫び、単眼を血走らせ、両手の触手から電光を迸らせた。
 太い稲妻の束が、轟音を発しながら夜闇を切り裂き、戦闘シスターを襲う。
 右手に杖を握ったまま、瑞科は左手を振るった。
 幾つもの光が飛んだ。
 太股のナイフホルダーから引き抜かれた、何本もの短剣。
 稲妻の束が、瑞科に命中する寸前で、細かく分裂・分散した。そして投擲された短剣たちを、空中あちこちで直撃する。
 その間、瑞科は軽やかに後方へと跳んでいた。そうしながら、杖を振るう。
 燃え盛るものが、雨の如く降り注いで来ていた。いくつもの隕石のような、球体状の炎の塊。
 聖なる杖が、唸りを立てて回転し、それらを打ち砕く。瑞科の周囲で、大量の火の粉が飛び散り続ける。
 宙に浮かんだ黒装束の男。その両手から、炎の球体が際限なく発生し、燃え盛る流星雨となって瑞科を襲う。
「見たか! 暗黒の人間社会を焼き払い、人々の心を照らす炎を!」
「……お話に、なりませんわね」
 呟きながら瑞科は、優美ながら強靭な五指で、くるくると杖を操り続けた。
 長い髪を強風になびかせ、しなやかに引き締まった胴を柔らかく捻りつつ豊かな胸を揺らし、舞うが如く躍動する戦闘シスターの肢体。その周囲で聖なる杖が猛回転し、火の玉をことごとく粉砕する。
 小規模な爆発が、いくつも生じた。
 怒りの生気を漲らせた美貌が、爆炎によって鮮烈に照らし出される。
「この程度の力で救われてしまうほど……世の人々の苦しみは、軽いものではなくてよ」
 男と女って、愛さえあれば何でも乗り越えて行けると思いますか。
 昨日の女性の言葉を、瑞科は胸中に甦らせていた。
 具体的に何があったのかは無論、瑞科は知らない。知ったところで、彼女の力になってやる事など出来はしない。
 とっさに瑞科は、屈み込むように姿勢を低くした。
 凄まじい風が、頭上を通り過ぎて行く。刃のようなカギ爪の、空振りだった。
「知った風な事をぬかすな! お前なんかに、苦しむ人間の何がわかる!」
 黒い人影が1つ、背後に回り込んでいた。フードの中から肉食獣の如く迫り出した顔面が、凶暴に牙を剥いて絶叫する。
「お前が何者なのかは知らんが、どうせ官憲の類だろう! 人間社会の暗黒を象徴する者、死ね!」
「……否定は、いたしませんわ」
 低い姿勢のまま、瑞科は勢い激しく振り返った。
 むっちりと力強くスラリと優美な右脚が、屋上のコンクリートを掃くように超低空で弧を描く。
 その蹴りが、背後でカギ爪を振り立てた男の足元を薙ぎ払う。
 カギ爪を瑞科の頭に叩き込もうとしながら、男は痛烈に転倒した。
 倒れた男の脳天に、瑞科は聖なる杖を容赦なく振り下ろした。
 グシャッ……と絶命の手応えが伝わって来る。
 それを握り締めつつ、瑞科は睨み据えた。単眼をぎらつかせ、両手の触手から再び電撃光を放出しようとしている男をだ。
「本物の雷撃……教えて差し上げますわ」
 瑞科は片手を上げ、綺麗な人差し指を高々と天空に向けた。
 夜空が、轟音を発した。
 大気を震撼させる、雷鳴。そして光。
 激しく天下って来た稲妻が、黒装束の人影2つを直撃する。
 空中から火の玉を降らせていた男が、粉々に飛び散りながら灰に変わった。
 両手の触手に電光を溜め込んでいた男が、それを瑞科に向かって迸らせる前に焦げ砕け、跡形もなくなった。
 彼らの死に様を、しかし瑞科は一瞥もしない。
 敵が、いなくなったわけではないからだ。
 4人目の黒装束。夜闇の中で、傍観者の如く佇んでいる。
 仲間を助けようともせず、戦いを最初から見ていたのであろうか。
 ほっそりと華奢な身体を黒いローブに包み込んだ、その人物が、声を発した。
「ずるい人って、いるものよねえ……強くて、綺麗でカッコ良くて。天が二物も三物も与えちゃってる感じ」
 聞き覚えのある、女の声だった。
「嫉妬するのもバカらしくなっちゃう……ねえ? 美しすぎる花嫁さん」
「貴女……」
 息を呑むしかない瑞科に、その女性が、黒いフードの内側から微笑みかけてくる。
「……ブログ、見てくれた?」
 これほど寂しげな、暗く陰惨な笑顔を、瑞科はやはり見た事がなかった。