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<東京怪談ノベル(シングル)>


信じてきたもの.2

 この日、あやこは演舞場に来ていた。
 エルフの雌が翼のない雄とペアを組み、雄を落とさないよう空中乱舞し競い合う場所だ。
 先ほどから繰り広げられている空中乱舞を他所に、あやこはじっと一点を見詰めている。
 その視線の先には歌姫の存在があった。あやこも歌姫も、この空中乱舞に出る事になっていたからだ。
 歌姫はあやこの視線に気付くとふんと嘲笑うかのように鼻を鳴らす。
 いくら機械が彼女の存在を本物だと認めても、拭いきれない疑念に包まれているあやこはもやもやとした気持ちのまま乱舞に望む。
 ペアの手を握り、空中へ舞い上がる。同時に歌姫も舞い上がった。
 雄の手を離さないようしっかり握り、軽やかな乱舞を披露するあやこ。だが、歌姫も負けてはいない。
「……っ」
 あやこは歌姫の動きに翻弄されてしまう。が、歌姫は顔色一つ変えず見事な乱舞を繰り返していた。
 歌姫に負けじと追いつこうとするあまり焦りが生まれ、手に汗を握ってしまう。それが仇になる。
「あっ……!」
 力が入るあまり手が滑った。相方はまっ逆さまに安全ネットの上に落ちていった。
 完敗だ。
 歌姫の乱舞は実に雅で美しい。
 乱舞を終えて降りてきた歌姫はあやこの前に歩み寄ってきた。
「なかなか美しい乱舞だったけれど、残念だったわね」
「……」
 あやこは俯いていた頭を上げると、歌姫を真っ直ぐに見つめた。
「信じるに値する指導者に従うわ」
 はっきりとした口調でそう言い放った。
 その後議長と歌姫は乱舞で競い合い、先ほどまで勝ち誇っていたはずの歌姫は議長に敗れてしまったのだった。

        *****

 大学。
 議会の議員が神官に無断で神殿から持ち出した歌姫の笛を議長に手渡していた。
「これで宜しいでしょうか」
「えぇ、確かに」
 議長は手渡された笛を食い入るように見詰める。
 あの歌姫に対する疑いは晴れていない。ならばこの笛からDNA鑑定をすればすぐに分かる事だと、強行しようとしていた。
 その場にいた歌姫は、こちらを睨むように見詰めてくる議長をみやり肩を揺すって哄笑した。
 ひとしきり笑い飛ばした歌姫は、挑むように議長を見詰めほくそえむ。
「そんなもの、結果は明白よ」
「……」
 自信たっぷりに答える歌姫を横目に、笛から採取したDNAと歌姫のそれと比較をし結果を待った。
 やがて顕微鏡を覗き込んでいた検査官が顔を上げ議長を見る。
「完全一致です」
「そんな……」
 まさかと思う思いから、驚愕した表情を浮かべる議長に対し歌姫は「見たことか」と嘲笑する。
「疑り深い人たちね。最初から何度も言っているでしょう? 私は間違うことなき本物の歌姫だと」
 勝ち誇ったように微笑む歌姫に、議長はただ唇を噛むしかなかった……。
 その後、議会に戻ってきた歌姫が説話を始めた。
「昔私が巡礼中に雨宿りした際、嵐を阻止すると豪語して死んだ愚かな女がいたわ。その女は、出来ないことまで出来ると言って死んだのよ。愚か者よ」
 その話を黙って聞いていた議長は、歌姫の話に引っ掛かりを覚えた。
 先ほどからどうにも気になる物言いばかりするのだ。
 議長は突き詰めて尋ねようと口を開く。
「あなたが言う女とは、どんな女だったの?」
「どんな?」
 ふいにそう問われ、歌姫は眉尻を詰める。
「そうよ。雨宿りをしている間にその女の名前くらいは聞いたのでしょ? それにどんな風貌だったか教えて貰えます?」
「……そ、それは……」
 突然狼狽したように言葉を濁らせ始めた歌姫。それまで彼女のそばにいたあやこは、消えた猜疑心が再び芽生えてくる。
 何かがおかしい。
 議長が詰め寄りながら質問攻めをしている間に答えを返せない歌姫はとうとう閉口してしまった。
 重々しい空気が辺りを包み込み、異様な沈黙が続く。
「お待ち下さい! 真実を……お話します」
 急に声を上げた神官に、その場にいた全員がそちらに注目する。
 神官はきつく拳を握り締め、何度か躊躇いを見せた後開口した。
「歌姫はクローンだ」
 神官の言葉に騒然となり、その話を聞いた瞬間憤激したのは議長だった。
「そんな事があっていいと思っているの!? これは皆の信仰心を欺いたのと同じ意味を持つわ! なんと罪深い事を……。すぐにこの歌姫を殺しなさい!」
 目の前の出来事を黙って見ていたあやこは、内側にふつふつと込み上げる物があった。
 歌姫がクローンであったから、自分には啓示が示されなかった。あれだけ本物だと豪語しておいて……。
 あやこは目の前の机を思い切り叩いて席を立ち上がる。
「誰の画策よ……」
 戦慄きながら歌姫に問い詰めると、彼女ではなく、神官が口を開いた。
「私は歌姫の復活を待てなかった……だから……」
 あやこは今一度悔しげに机を叩き付け部屋を後にする。


 部屋に戻ってきたあやこは怒りと空虚な思いでやりきれず、悲鳴をあげたくなる。
「もう信じられない……!」
 治まらない怒りに、苛立ちばかりが募る。
 苛立っていても仕方がない。今は特に冷静にならなければ……。
 やがてそう思ったあやこは、愛娘と連絡を取る為にモニターを点けた。
『はぁい。ママ。……あれ? 何か元気ないね?』
 モニター越しの愛娘は、すぐに母親の様子を察し心配そうに声をかけてくる。
 あやこは深い溜息を吐き涙目になりながら、先ほどまであったことを娘に伝えると娘は驚いたように目を見開いた。
『そんなことがあったんだ……。大変だったね……』
 こちら側に同調する娘に、あやこはまたも深い溜息を吐いた。
『ママあのね。私、自分の生まれで凄く悩んだ事があったの。それで人かエルフか悩んだ挙句、人間だと信じる事にしたんだ。つまり信念は理論に勝るって言うか、そう言うもんじゃないかな』
「そう、なのかしらね……」
『そうよ。しっかりしてママ。きっと大丈夫』
 愛娘に励まされ、あやこはようやく微笑むことができた。
 

 再び議会へ戻ったあやこは、議長にある提案を持ちかけた。
 立憲君主制の具申だ。
 それを聞いた議長は激しくあやこに猛反撃をしてくる。
「実権の無い歌姫に誰が従うと言うの? それもクローンに」
「歌姫の真偽は些末事! 事実より信仰だわ。歌姫が真摯に説法すれば国民は従う! 軍部を見なさい。彼らはこの歌姫を慕い、その輪は今もなお連綿と広がっているわ」
 あやこの言葉に、議長は口を閉ざした。
「……姉さん……」
 あやこの見せる優しさに、歌姫も神官も、そして妹である議長も胸を打たれていた。
「祭政一致は国の礎です」
 神官は議長にそう声をかける。そして歌姫も議長に手を差し伸べた。
「共に歩みましょう…我らが女、弱き者は片寄い、砦となりて…」
「……」
 議長はやがて小さく頷いた。
 その行く末を見届けたあやこは、にこりと笑い、周りの男達に声をかけた。
「男共! 宴の用意をなさい!」
 あやこの言葉に、その場にいた男たちが動き出した。