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<東京怪談ノベル(シングル)>


残された望み




時は砂塵時代。
剣状の岩が林立し、乱気流が激しい。
そしてここは南極…の上空。
無人遠隔作業機の腕が豪快に瓦礫を除去する。
漂流中の調査船『藤号』を捜索中のようだ。
事象艇鷹号船内で剃髪されてビキニを纏っている郁の腕が結線され、それが同期している。

「駄目ね。こんな状況じゃ話にならないわ」
片腕を結線されたままの郁が溜息を吐いた。
南極の電波状態は予想以上に険しく、これ以上の作業を続行するのは難しい。
「藤号への接近が必要…ね……」
作業を中断しようとしたその瞬間、郁の言葉が不自然に途切れる。
「──ママ…?」
母親の姿が、郁の目に映った。


***


三週間前の航空事象艇紅号。
郁の母親は、性懲りもなく見合い話を娘の留守電に残していた。
娘が幸せになって欲しいと願う一心で。
「また入ってる」
留守電を再生して、聞こえてきた内容にガクッと肩を落として項垂れる郁。
そして即座に母親へと通信。
母親が出るやいなや、郁は怒りをぶつけた。
「ママ、私、任務で剃髪するの!縁談は止して」
「剃髪ですって? 郁それは……」
「今の私には、そっちの方が大事なのよ」
郁にとって、本当にそちらの方が大事だったかは定かではない。
だが、郁にとって『縁談』が面倒なのは確かだった。


***


「ただの幻影ね」
鷹号医務室で、産業医の鍵屋が郁を診察中。
何故母親とは関係ない藤号の作業中に、母親の姿が見えたのか、郁が相談に来ていた。
「幻影なの?」
そう聞き返す郁。
「貴方、見合いをサボったでしょう? その罪悪感が生んだのよ」
「な、なんで知ってるのよ」
「あれだけ大声で怒鳴ってれば聞こえるわよ」
「………」
郁は片手で顔を覆って俯いた。
やってしまった、とでも言うかのように。

その時、鍵屋が通信に気付いた。
通信内容をオープンした直後に表情が凍りつく。
「紅号が失踪?」
そして、鍵屋のその言葉を聞いた郁がバッと顔を上げる。
「なんですって……」

紅号には郁の母が乗っていた。
その知らせを受け、郁は突然取り乱す。
「失踪しただけでしょ!?ママは死んでないわ!」
「郁、落ち着いて!」
明らかに動転している郁を鍵屋が諌める。
鍵屋のおかげで、取り乱している状態だけは止まったが
どうしても郁の気分だけは落ち着かず、ギリと爪を噛む。
「そうよ、死んでないわ。 残骸の欠片も見つかってないもの。
紅号は地上にいる。引揚げなきゃ!」
シャトルへ走り出そうとした郁の腕を鍵屋が掴む。
「待って、郁!シンクロ率が上がると貴方が危険よ!
紅の遭難時点は三百年先なの。 藤号と貴方の母親は無関係な筈よ!」
止めた鍵屋を、郁がキッと睨んで掴まれた腕を引く。

郁は制止を振り切りシャトルへと戻った。

戻って直ぐに、郁は母の姿を受信した。
自分は間違ってなかった。
そう思って安堵の溜息をつく。

受信した内容はこう。
紅号は時空の乱流によって、藤号と同じ場所まで流された。
藤号で紅を引揚げろ、と、郁の母はそう言っていた。
しかし、藤号で紅号を引揚げる為には
もっと郁自身のシンクロ率を上げる必要があり、…無論、その危険を承知の上で行うことになる。
「かまわないわ」
郁はそう独り言を呟いて、シンクロ率を急激に上昇させた。
「これ以上は駄目よ、郁!」
異変を感じた鍵屋が画面を見る。
限界値を超えたことを意味するアラートが鳴っていた。

郁は聞く耳を持たない。
いや、聞こえていないのかもしれない。

──これ以上は危険だと感じた鍵屋が、郁のシンクロを強制的に中断した。


***


藤号機関部。
漂流した場所に生息する浮遊知性体が絡まり、藤号を捕らえていた。
どうやら、藤号の乗員が他の乗員の脳から得た郁の母の印象を、郁へと送信していたようだ。
悪意はなく助かりたい一心で……。

しかし、藤号乗員は生命と接触の際に、精神的負荷に耐えきれず全員が脳死。
そして通信が途絶えた。
あの時受信した郁の母の姿は、その乗員が作り出した幻影だった。


「今言った通りよ」
強制的に作業を中断させられ、オーバーフローで気を失っていた郁に、把握出来た内容の全てを鍵屋が伝える。
「幻影だったのよ。残念だけれどね」
ハァ、と溜息を吐きながら鍵屋がそう続ける。
「………」
郁は黙ったままだった。


***


残骸のひと欠片さえ残さず、突然突きつけられた現実を受け入れられないのだろう。
行方不明のまま逝ってしまった。
それは、残された者の心にも、僅かな望みを残すことになる。

郁は、紅号の為に用意された祭壇で焼香した。

「知ってたわ。 母に……、ママに、きちんとお別れできて満足よ。」
最後まで強がりは消えない。
それが郁に残った、僅かな『望み』なのだから。

けれど、そう言った郁の瞳には今にも溢れそうな程に、涙が宿っていた。






fin






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ご依頼ありがとうございました。
生存の望みが残る別れ。 辛いところですね…。
少しでも郁さんの気持ちを表現出来ていれば幸いです。
また機会がありましたら宜しくお願いします。