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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇は見ている

富や権力を競い合い、誇示するかのように立ち並ぶ高層ビル群。そのひとつのビルの屋上に、水嶋・琴美は立っていた。そのいでたちから彼女が何者であるか知ろうとするのはたやすいことではない。膝までの長さのレザーのロングブーツ。ヒールが鋭く高く、ふくらはぎまでの美しいタイトなシルエットを描いている。続けて伸びる脚線美を覆うのは、ぴったりとした光沢のあるスパッツだ。美しい弧線を描きながら上に伸びる太腿からヒップのラインは、際どいミニのプリーツスカートで隠されている。太腿にはいくつかの武器を収めたナイフベルトがきっちりと巻きつけられていた。

プリーツのやわらかな広がりは、幅の広いベルトできりりと締められたウエストで収束する。複数の細いベルトとバックルで留め上げられたベルトは、まるでコルセットのようにも見えた。よく見ればベルトには花と蔦をあしらった型押し模様があしらわれており、凝った作りをしている。帯のような意匠のベルトの上には、半そでジャケット風に大胆にアレンジされた着物風の上着をつけている。深く切れ込んだ脇と胸元は、肌に吸い付くように密着したインナーで守られていた。しかし、たわわなバストはその程度では抑えきれず、着物ジャケットを前に押し出し、やや重たげにレザーのベルトに乗りかかっている。

長い黒髪、街の灯を跳ね返す黒い瞳。ハイティーンの少女には似つかわしくない厳しい表情を浮かべている。高層ビルの屋上、その頂部である屋上塔の上に立つ琴美は、ビル風にあおられても少しも動じない。女盗賊か、女スパイか、はたまたスーパーヒロインかというような、体をぴったりと包む黒尽くめのセクシーな衣装。女ニンジャか、と思う者がいたならば、それが一番正解に近い。琴美の正式な身分は、自衛隊 特務統合機動課の隊員。つまりは国家公務員である。国家の危機を招く者とあらば、それが人であろうと魍魎であろうと叩き伏せる。人知れず行われる影の任務を遂行する、それが機動課の役割だ。来年ようやく成人となる、うら若い娘がなぜこのような荒事を仕事とするのか。それは琴美が戦いの技を極めた、熟達の戦士であるからに他ならない。水嶋・琴美は古の代から脈々と受け継がれてきた神秘の戦闘集団、『忍者』の血を濃く引く者であったのだ。隠密行動、諜報活動、そして驚異的な戦闘能力。そのすべてが現代日本に生きるこの乙女に受け継がれていた。

琴美は着物ジャケットの内側に納められた端末で、担当官と最後の打ち合わせを行った。
「……ええ。お任せください。手ごたえのある仕事を回してくださって感謝いたしますわ」
彼女の戦闘技能は神業に近い。銃を構えた集団や、爆発物を所持したテロリストなど、武器の破壊力にだけ頼った輩ではとうてい彼女の相手にはならなかった。多くの一般市民を害する可能性がある、そのような凶悪犯罪者ですら、琴美にとっては『物足りない相手』でしかない。公務を果たし、人々を守るという仕事自体にやりがいを感じてはいても、歴史の中で戦い続けた一族の血が、命のやり取りをするに足る強敵を求め、叫び続けるのだ。

今回の任務は高度な武装集団が相手になる。個々の練度も士気も高く、国が送り込んだ精鋭部隊が数度返り討ちに合うほどだった。これを機動課の無能と片付けるのは酷だろう。情報戦でまで機先を制され、巧妙な偽情報の罠にはめられてしまうとは、思ってもみなかったのだから。
――まさか、情報班の中に敵に寝返ったものがいようとは。

(今夜は、楽しませていただきますわよ)
琴美の任務は、教祖ないし幹部の拘束と武装信者の無力化。そして、裏切った課員の処断だ。複雑な思いはあるが、作戦行動中はあれこれ迷わず、単純に動く方がいい。
(私は戦いたい。悪を滅したい。その気持ちに素直に動きましょう)
そう決めていた。琴美ははるか遠くのビルに向けて手を伸べる。黒いグローブの付け根から、もり状の金具がついたワイヤーが飛び出した。小さなきしる音を立てて、目標の壁に突き刺さる。

忍び乙女の舞う夜は、ひとつの悪が消える夜。瞳に宿る炎は、正義の誓いか、戦の高ぶりか。猛スピードで巻き上げられるワイヤーに導かれて、くのいち琴美は立ち並ぶビル群に吸い込まれていった。

* * *

真夜中のオフィスビルに、音もなく進む影がある。光を放つのはわずかな常夜灯と、非常口を示す緑と白の案内板のみ。人影は、暗く長い通路を滑るように進んで行く。激しい息遣いも、大きな動作で空気が動く様子もなく、まるで疾走するように。通路を曲がった先には、階段が上下に伸びていた。誰もいなくなった巨大ビルの中、見知った場所を歩くように、人影は下への階段を降りてゆく。

言うまでもなく、影は水嶋・琴美である。警備の手薄な屋上から侵入し、地下にあると思しきこのビルの真の暗部を暴くために進んでいる。このビルは、とある貿易会社の所有となっているが、それは名目上の話。誘拐殺人、集団洗脳、テロ事件までをも巻き起こした、前代未聞の悪徳新興宗教の本拠地が真の姿だ。教団は、魑魅魍魎を穢れた世を浄化するために遣わされた神の使いであるとうそぶき、信者から多額の寄付金を集めていた。頭の痛いことに、教団の集金能力と影響力に目をつけた商人や犯罪者、政治家までが入信し始めたせいで、教団の勢力は爆発的に増大した。郊外に総本山を建設したり、信者専用の特別学校を作ったりしているまでは、まだ許しようもあったのだが、教団の目指すところは単なる布教や勢力拡大でないことがわかってからは、状況は一変した。怪しげな化学工場を作ったかと思うと、軍隊並みの武装を充実させ、より直接的、暴力的行為に及ぶようになっていったのだ。東京の怪異、魑魅魍魎のせいかと思われていた近年の爆破事件や要人死亡事故のいくつかは、教団が関わっていることが明らかとなった。確たる証拠をつかんだ事件から順番に動き、勢力を殺ごうと考えていた国の判断は、甘かった。教団の悪事を暴くことはできたものの、その事実と引き換えに、起動課も多数の有能な隊員を失っていた。この危機的状況を打開する力として、またも琴美が選ばれたのは当然のことであったろう。

たっぷり2階分ほどの長い階段を下りる。やはり音はほとんどしないが、もはや先ほどのように身をかがめてはいない。琴美はまるで警戒を解いてしまったかのようだった。ひらひらと踊るスカートのすそと、重力に耐え切れずたゆむジャケットの胸元が、ごく小さな衣擦れの音を立てる。防火扉を押し開いた先には、かなりの面積を持つ駐車場が広がっていた。いや、駐車場だった場所、と言うべきか。車は一台も止まっておらず、駐車スペースにはところどころにコンテナが置かれている。コンクリートの床には教団のシンボルである不気味な文様がびっしりと描かれ、その上には乾いた血の痕がある。まるで悪魔への生贄を思わせた。

かつん、かつんとヒールの音を故意に立てて、駐車場を歩く。点在するコンテナに囲まれるような位置、薄暗い灯りの真下まで足を進めると、琴美は声を張り上げた。
「ごめんくださいませ。突然失礼いたしますわわ」
声には冷たい怒りが込められていた。
「隠れていらっしゃるの? 早くお会いしたいですわ。お姿をお見せくださいな」

「これは失礼いたしました。お待ちしておりましたよ」
非常階段側の柱から、長身の壮年男性が現れた。ゆったりとした、胴着に似た衣装を身に着けている。教団の導師、あるいは幹部といったところか。妙な貫禄と凄みがあった。琴美は無言のまますばやく男の全身を観察する。身のこなしや筋肉のつき方から、武術の心得があるのだろうと判断した。
「これは美しいお嬢さんだ。あなたが機動課の?」
『導師』は無害そうな微笑を浮かべて尋ねる。

「そのとおりですわ。本日は、あなた方に御用があって参りましたの」
琴美は左手を腰に当て、少し重心を左にかける。魅力的な腰周りを強調した形になった。胸を反らすと、厚地のジャケットの上からでも見事なつりがね型のシルエットが現れる。そのまま挑戦的に男を睨みつけながら、右手を上げて前にかかった黒髪を後ろに跳ね除けた。実に絵になる姿だった。

「『御用』ね。くくく、なるほど。お嬢さんに隠し事はできないようだ」
導師が指を鳴らすと、コンテナの扉が一斉に開く。中から出てきたのは、特殊部隊風の武装をした数十人の人間だった。これが全員教団の信徒とは。目出し帽とゴーグルで人相はわからない。手にしている武器は大半がサブマシンガン、一部ナイフを構えている者もいる。ヘルメットと防刃ベストのみの軽装だ。こちらが銃で急襲しないことを知っている。5人で一つのチームを作っているようだ。その動作には隙が少ない。明らかに心得のある者たちだった。

「――ご存知でしたのね」
「ええ。あなたも最初から、我々の出迎えは知っておられたのでしょう?」
琴美は答えない。男は気にせず言葉を続けた。
「我が敬虔なる信徒より伺っておりましたよ。機動課には、最高の戦闘能力を誇る現代のくのいちがいると。あなたには、防弾チョッキは意味がないようですからね」
裏切った情報班員が伝えたのか。琴美は内心で歯噛みする。
「彼は信じたのですよ。魍魎様の奇跡なら、奥様を癒すことができる、と」

やはり、弱みにつけ込んだのか。誇りも、地位も、経済力も投げ出すほど重く、価値あるもの。教団は命と家族愛を利用して、仲間を陥れたのだ。琴美は我知らず拳をきつく握り締める。導師は言葉を続けた。
「異界の奇跡は、物質界の病などものともしません。祈り、告白することで神の御使いは望みをかなえてくださる。そうお話したんですよ。ほんとうに敬虔な信徒でした。惜しみない寄進もしてくださいましてね。喜んで我が教団のために奉仕してくれまし―」

かちりと小さな音がする。琴美が軽く左の手首をひねった。同時にミニスカートのすそから煙幕弾が落ち、たちまちもうもうと白煙が駐車場全体を包む。信者たちのコンテナから火花が次々と上がり、銃声が雷のようにとどろいた。何か柔らかいものに、弾が命中したような鈍い音がする。どこからともなく、琴美の声が響いた。

「もうお話はけっこうです」
轟音を立てて排煙装置が煙を吸い込み、速やかに視界が開ける。だが琴美の姿はすでにない。
代わりに武装した信徒が一人、ベストを貫かれて死んでいた。

「おとなしく武器を捨て、投降なさいませ。これが私からの最後の説得ですわ」
どこか高いところから、琴美の声だけが降り注いだ。仲間の死に動揺してか、武装信徒の間に小さなざわめきが広がる。導師はと言うと、いつのまにか3メートルほどの高さを持つコンテナの上に立っている。琴美ほどではないかもしれないが、相当な身のこなしだ。男の小さな身振りに反応して、信徒たちは落ち着きを取り戻したのか、一斉に武器を構える。

その動きに呼応するかのように、新たにどさりと言う音がした。導師が目をやると、今まさに包囲網の一つが崩され、一つのコンテナに固まっていた信徒が5人、ばたばたと倒れていくところであった。その後ろから女が現れる。特殊素材とレザーからなる、タイトな黒装束はどこかフェティッシュな色気すら漂わせていた。唯一素材の異なる絹の和装ジャケットが、きめ細やかな光沢を放っている。腕や足、急所の胸や喉元にすら、無粋な防具はつけられておらず、美しい体のラインがあらわとなっている。女の両手に握られているのは、血のついた武器。忍者の得物、くないと呼ばれる両刃の武器だ。琴美は瞬く間に5人を葬り去った忍びの武器を、腕を上げ、交差させるように構えた。次の瞬間、弾丸のようにコンテナを飛び出す。宙を飛ぶくのいちの後を追うようにして、ばらばらとサブマシンガンの弾がばらまかれるが、その一つとして、琴美の毛先にすら届かない。食い込んだ銃弾の衝撃で、小さな金属やコンクリートの小片が、ぱらぱらと小さな音を立てて飛び散り、こぼれ落ちた。

6人の同胞が倒れ、敵が再び姿をくらましたことを知るや、狂信者たちは素早くコンテナを飛び出し、その陰に身を潜める。遮蔽物に隠れ、敵の射線から逃れる。彼らの行動は、非常に有効なテクニックの実践であった。銃撃戦が主体となる戦闘においては、の話ではあったが。敵を探して、物陰から半身を覗かせた信徒の肩と手の甲にくないが突き立つ。突然の鋭い痛みに、反射的に体がぎくりと動き、隣の信徒と体がぶつかりよろめいた。まだ傷ついていないはずの仲間が、その拍子に横ざまに倒れる。腕をやられた信徒が驚いて見れば、仲間の眉間は刃で貫かれていた。何が起きたのかを理解する前に、自分も喉を裂かれ、意識を失っていった。

「も……うりょう、さま……」
信徒の断末魔の言葉に、琴美はぞっとする。こいつらはテロリストよりもたちが悪い。そしてなんと哀れなことか。彼らが高度に武装訓練されているのは、純粋なまでの狂信の故なのだと知る。救いを求め、疑うことなくすがりついた果ての姿。

(これが救いですって!?)
琴美の視界が怒りで染まる。乙女の体に封じられた鬼神が目覚め、牙をむいた。官能的な雰囲気すらまとっていた琴美は、今や誰もが戦慄するような殺気を放っていた。その空気に気圧されて、コンテナの後ろにいた3人の男性信徒は、後じさりながら琴美にまっすぐ銃口を向け、発砲する。ぐんと、重力を増したかのように琴美の体が沈み込み、体の中心を目がけて飛んで来る3つの銃弾をかわす。ミニ丈のプリーツスカートが、嵐に巻き上げられた雨傘のようにめくれ上がり、隠されていた女性らしい見事なヒップラインがさらされた。ぴったりとした特殊素材の黒いスパッツに覆われ、素肌はまったく見えないが、琴美の肉感的な魅力には少しの翳りもない。残念なことに、その美を賞賛する者はこの場にはいなかったのだが。

かがんだ姿勢から思い切り脚を伸ばし、重いローキックを繰り出す。硬質ゴムのソールにバランスを崩され、サブマシンガンの信徒たちは折り重なって倒れた。それでもなんとか体勢を立て直し、銃やナイフで必死に反撃しようとする彼らを、琴美は勤めて冷徹に、ひとりひとり、無力化していく。倒れる瞬間、皆一様に『もうりょうさま』への祈りをつぶやく。それが琴美にはたまらなくおぞましい言葉に聞こえた。心のよりどころとなるはずの信仰が、人々を犯罪者に変えてしまった。その上では、信心のかけらもない連中が、信者を食い物にして肥え太っている。彼らにとって、救いを欲して集まる一般人たちは、ただの使い捨ての駒に過ぎないのだ。そして琴美は、彼らを説得するためにここに送られたわけではない。どういう結果になるのか。自分はこれから何をするのか。琴美はすべてを理解し、すべてを覚悟した上で、任務を遂行する。

地下駐車場を支える大きな柱と、点在するコンテナに巧みに身を隠しながら、残りの信徒たちが琴美に殺到する。30人ほどだろうか。数の差は問題にはならなかった。長いまつげを伏せ、琴美は今一度問いかける。善良な、幸せになりたかっただけだった、かつての一般市民たちに。
「あなた方、本当に投降はなさいませんのね?」

答えはなかった。

呪術めいたパターンの這うフロアを背景に、風を切る隼のように忍びの血を引く乙女が跳び、駆け抜ける。ほんの少し前までは、たった一人の侵入者を信者たちが逃げ場なく包囲していたはずだった。いまやその力関係は完全に逆転している。無限の軌道を持つ捕食者が、気ままに餌をついばむ。そんな一方的な戦いが繰り広げられようとしていた。降伏宣言をする者はいない。命乞いをする声すらもない。信者たちの口から発せられるのは、小さな祈りと、断末魔の呻きだけ。マインドコントロールによって、進んで我が身を犠牲とする駒となった信者たちは、驚くべき統制の下で戦い抜き、そして散っていった。

最後まで抵抗を続けた最も戦闘力の高い一団にも、ついに敗北が訪れた。琴美のくないによる連撃を腕のプロテクターで巧みに防ぎ続けることができるほど、このチームは戦闘に熟達していた。女ニンジャの跳躍の行く先を正確に読み、高速の蹴りを絡め取ろうとすら試みた。だが、琴美に傷をつけるどころか、指一本触れることすらできなかった点では、今まで彼女が対峙した数多くのターゲットと大差ない相手であった。最後の一人に、防具で守られていない脇腹に手刀が叩き込まれ、肋骨が砕ける鈍い音がする。痛みにひるまず一歩大きく踏み込み、サバイバルナイフで狙う先は、ジャケットに包まれた琴美の心臓。至近距離からの、渾身の一撃だ。

だが刃が、ふくよかな女の胸の合間に飲み込まれていくことはなかった。琴美は無表情でナイフの突きをかわし、信徒が狙っていた胸元に手を差し入れ、ジャケットから何かを取り出すと、すぐさま発砲した。彼女の手元から飛び出したものは、錘のついた白いネットであった。男は乙女の胸から花咲いたかのように見える、白い剛性ネットに体の自由を奪われ、その場に無様な姿で転がった。もがく両の手は、くないによってまがまがしいデザインの床に留めつけられる。

「あなたには、生きて罪を償っていただきます。……なかなかの腕前でしたわ」
彼女なりに、敬意を表しての拘束だった。すべての狂信者たちを制圧した琴美は、ゆっくりと振り返り、おもしろそうに事の成り行きを眺めていたコンテナの上の教団幹部をねめつけた。

「さあ、どうなさいますの?」
再び、不気味なほど静かになった駐車場に、琴美の声が鋭く響き渡る。
「いやいや、お見事でした。セクシーな特殊部隊員のお嬢さんのダンスショーは見ごたえがありましたよ」
挑発的な物言い。
「ご褒美に、といっては失礼ですが、まだ生きている信徒たちは差し上げましょう。尋問なり、裁判なり、この場で殺してしまってもいい。お好きなように取り扱っていただいて構いません」
信じられない提案に、意識のある信者たちからは、悲痛の声が上がるのが聞こえた。
「あなた! 人の心をなんだと思っていますの!」
琴美の怒りに、男が微笑みながら答える。

「――何とも」
そうだ。真の悪、琴美が叩き潰すべき敵はここにある。幹部を押さえて、この後の企みを吐かせ、さらには教祖の居場所を突き止めなければならない。
「降りていらっしゃいませ! あなたも拘束します。罪を償っていただきますわ」
「それはいたしかねます。これから私は、教祖様のお供をせねばなりませんのでね」
余裕の笑みを浮かべたまま、幹部の男は飛び退る。やはり相当の手練だ。足止めに放った2本のくないが、難なく弾かれる。
「戦いに夢中になりすぎたようですね、ニンジャのお嬢さん。優れた戦闘マシーンだが……それだけではいけませんな」
くっくっと笑うと、非常出口へ飛ぶように進んで行く。男の袖口から伸びるのは、細く強靭なワイヤー。琴美がビル間の移動に使ったそれと同じものだ。
「お待ちなさい! 逃がしませんわ!」
「いいや、あなたは私を見逃しますよ。あなたに人の心があるのかどうか、確かめさせていただきましょう」
さらに放たれた数本のくないをかわしつつ、非常扉にたどり着いた幹部は、傍らに置かれていた小型のコンテナのドアを乱暴に引き開ける。拘束され、目と口を塞がれた姿ではあったが、それが誰であるかはすぐにわかった。妻のために機動課を裏切り、悪の教団に情報を流した同僚であった。ぐったりと転げ出た琴美の仲間に向けて、導師はためらいなく拳銃の引き金を引く。血しぶきが飛び、腹に穴が開いた。琴美は血を流し悶える、囚われの同胞にたまらず駆け寄った。

「またお会いしましょう、お嬢さん。次にお会いした時には、本気でお相手させていただきますよ。――死体になろうが、容赦しませんがね」
「――水嶋・琴美です」
「なるほど。では琴美さん、またの機会に。教祖様と共に、楽しみにしておりますよ」
導師は笑いながら、ワイヤーを巻き取り、ゆうゆうと扉から出て行く。

ぎりりと、唇を噛む。大量の血を失った課員はぐったりとしているが、急所はかろうじて外れている。琴美は怒りと焦燥感、無力感にもてあそばれながらも、てきぱきと応急処置を行った。なんとしても、生きてもらわなければ困る。

「教祖と導師……絶対に追い詰めてやりますわ。救いを信じて裏切られた人たちの仇を……!」

教団本拠の制圧、任務達成。しかし同時に、琴美にとっては新たな敵が生まれた夜でもあった。
どんな悪がはびころうとも、闇が見ている。
闇に生きる、忍び乙女が逃しはしない。

――
先日はエキサイトしすぎてタイトルをつけるのを忘れていたようです。たいへん失礼いたしました。
完全勝利も気持ちがよいのですが、オープンなエンディングの方がドラマ性が高いかな? と考え、疑問の残る形にしてみました。