コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


夢から覚めた夢

 豪華時空客船内、今日は環境局主催の合コンが行われていた。そこでひときわ目を引く一輪の花があった。綾鷹郁である。彼女の周りにはひっきりなしに男性が現れ、話しかけてくる。そんな時、郁はバックの中で通信機が震えるのを感じた。
「あっ、ちょっとごめんなさい」
 会場を抜け出し、確認すると、通信の相手は、上司だった。
「はい、綾鷹です」
 上司に折り返すと、上司は淡々と話し出した。
「仕事だ。核戦争後の地球にアシッド・ダウナー双方の秘密基地があるので、直ちに偵察せよ。資料は通信機に送っておいた」
「これからですか?」
「直ちに、といったはずだが?」
 上司の淡々とした声がする。郁はため息をついて、は〜いと返事をすると、ぶつぶつと文句を言いつつ地球に出撃した。
 地球は見渡す限り荒廃した大地が続いていた。よくこんなところで生きていられるなといつもこの光景を見るたび思う。とりあえず通信機に送られていた地図を見つつ秘密基地を探し始めたが、しばらくすると、急に息が苦しくなって、郁はその場にうずくまった。そして、そのまま意識がブラックアウトした。

 意識が戻ってはじめてみたのは見知らない白い天井だった。そして消毒薬の香り。
「ここは……医務室?」
「気がつきましたか?」
 白衣を着た医師がやってきた。見たことがある。クロノサーフの常勤医師だ。
「貴方は数年前に地球に出撃した際、ウィルスに感染していたんです。それが昨日発症しここに運び込まれたんです」
 郁はぽかんとするしかなかった。
「やはり覚えていませんか……多分ですが、ウィルスに感染してからの記憶が全て欠落してしまっているんですね。まあ……簡単に言うと記憶喪失ですね。お気の毒です」
 医師は本当に気の毒そうにそういった。
「えっと?あたしはこれからどうすれば?」
「あぁ、艦長室に戻れば良いと思いますよ。そこが貴方の仕事場ですから」
「は…はぁ」

 事象艇郁号艦長室。そこでは黒髪の高校生くらいの少女が写真立てを眺めていた。そこには男性の写真が入っている。
「お父さん……」
 少女がそう呟いた時、ノックもなく扉の開く音がした。その音に少女は写真立てから、扉に目をうつし、微笑んでこう言った。
「お母さん!もう大丈夫?」
「お母さん!?」
 一方、扉を開けた郁は驚きのあまり聞き返してしまった。もちろん少女との面識はない。
「お父さんだけじゃなくて、お母さんまで死んじゃうじゃないかと思って心配したんだよ?」
「えっ?え?」
混乱する郁の手をつかんで、その少女は話を続ける。
「行こう。お母さん。お仕事だよ」
「仕事?」
「あっ、記憶喪失なんだっけ。ボクは詠子。お母さんはこれから和平調印式に行くんだよ。大丈夫。ボクがフォローするから。ほらほら。」
 そう言われるが、都には話が見えてこない。そんなことはおかまいなしに詠子は都は貴賓室に連れて行く。そこにいた先客に見覚えがあった。確か……。思い出そうとした刹那、詠子が囁くように、アシッドの大使だと告げる。
「いや〜郁様の大活躍は噂できいております。少し前には事象艇の艦長になられたとか。お祝いが遅れましたがおめでとうございます」
 そういって大使は郁をマシンガントークで褒めちぎっている。
 先ほどの医師の話にしても、詠子という少女の話にしても、この大使の話にしても、記憶にないことばかりだ。郁の脳内では混乱が混乱を呼び、頭が痛くなっていた。
「ちょっと席を外していいですか?」
 頭がパンクしそうになった郁はそう大使に断って、詠子とともに貴賓室をあとにした。
「大丈夫?記憶が戻らないならこれから新しい思い出をつくればいいよ。ねっ?」
 少し心配そうな詠子に、郁は微笑んでいった。
「確かにね。とりあえず、あなたのお父さん?つまり私の夫について教えてくれない?確か死んだとか言ってたけど」
「あっ……お父さんは……」
 思い出しながらといった感じで詠子は語るが、どうも曖昧で、人物像がつかめない。
「あっ、写真があった」
 そういって詠子が写真を見せる。その写真を見た時、こんがらがっていた線が1本になった気がした。

「大使。先ほどは失礼しました」
 艦橋で大使を見つけた郁はそう声をかけた。
「おや、探させてしまいましたかな。私も先ほど訊き忘れたことがありまして。艦内を見学がてら探していたのですよ」
「訊き忘れた事?」
「はい。お恥ずかしい話なのですが、ダウナーの基地に行くのは今回が初めてなのですよ。ですから、このお話を取り持っていただいた郁様でしたら、ご存知かと思って」
「ダウナーについてですか?」
「はい。基地のことでなくても、相手がどんな方々なのかなど、どんな小さなことでもいいのです。なにせ何も情報がなければ何が無礼にあたるか分かりませんからな。少しでも知りたいのですよ」
「……」
「おや、どうかされましたか?」
 首をかしげ、こちらの様子を伺う大使に郁はこう言い放った。
「やっぱり。でも情報欲しさの茶番は終わりよ!大体、何で私の夫が二次元なのよ!!」
 その言葉を放った瞬間、周囲がガラスが割れるように崩れ、見る見るうちにアシッドの基地になった。
「思い出した。あなた、アシッドの大佐ね?」
「そこまで思い出したか。ダウナーの情報をいただくつもりだったが、仕方ない。だが言っておくがな、娘以外は全てお前の脳から得た事実だ!!」
 そう大佐は喚くと、指を鳴らすと数人の兵士がやってきた。
「こいつを牢にぶち込んでおけ」
 大佐はそういうと不機嫌そうに立ち去り、郁は兵士たちによって牢屋へと連れて行かれた。そこには見覚えのある一人の少女がいた。

 瞬時に郁は自分の娘はこの子をモデルにしたのだろうと思った。
「あなた、本当はどこの誰なの?」
 兵士たちが去った後、そう尋ねるが、少女は警戒して言葉を発さない。
「こんな知らないところに1人でいたら確かに警戒されても仕方ないかもね。私は綾鷹郁。何とかしてここから出よう?あっ、名前分からないと呼びにくいから、名前だけでも教えてくれる?」
郁はそう微笑み優しい声音でそう言った。
「詠子。月神詠子だ。逃げるなら大使の知らない抜け穴を知ってる。行く?」
「そうだね。行こう」
 一瞬、何かが引っかかったが、逃げるほうが先だと判断し、抜け穴に案内してもらうことにした。
 先頭をいく詠子を見ながら、郁はずっと何が引っかかっているのか、考えていた。そして、やっとそれが分かった時、詠子の歩みが止まった。抜け穴を抜けたのだ。
「助かったわ。ありがとう。ところで……」
「?」
そう声をかけると不思議そうに首をかしげて詠子が郁のほうを見た。
「あなた、さっき『大使の知らない抜け穴』って言ったわよね。奴は大佐よ。何であなたが幻影内の設定を知ってるの?私は忙しいのよ!」
 そう、一喝すると、詠子がうわーんと泣きながら、
「ごめんなさーい。母の遺産で衣食住は困らなかったけど、ずっと一人ぼっちで、寂しかったんだ」
 それとともに周囲の風景が変わり、二人は防空壕の中に立っていた。気を失った後のことは全て幻影だったようだ。それをみた郁はため息をついて詠子を抱きしめ頭を撫でながら、通信機で事象艇を呼んだ。
「事象艇!二名を収容して頂戴。私と…この娘をお願い」
 その言葉に詠子が顔を上げる
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう!」
 2人は手をつなぎ、防空壕の外へと歩き出した。


Fin