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<東京怪談ノベル(シングル)>


千年越しのエンゲージ


 競争と虚栄に疲れた人類は、ある契約を神々と交わした。
 先千年の平和と繁栄。
 その後、人類は神の下僕へと成ること。
 悉く、世界の重要な決定というものは一部の人間の手によって行われる。
 約束通り千年もの間、人々は安寧と豊穣を享受するのだった。
 この間を至福千年と呼ばれるようになる。


 至福千年のパリは科学を捨て、長閑な社会だった。
 パリに限った事ではない。
 世界中の全ての地域から貧困が無くなった。
 突然溢れるように食料が実り、砂漠に草木が生え、川が流れる。
 それぞれの国で完全自給率が100%を超えた。
 各国は競い合うことをやめ、長閑にも心豊かに日々を迎えている。

「神は!!我々を裏切ったァァ!!」

 至福平和の続いた世界で、狂人が一人。

「この安寧は!平和は!繁栄と栄光は!!人類が神の家畜へと成り下がるための契約である!!」

 千年平和の続いた翌年のこと、パリの首相は世界へ向けてそう公言した。

「世界は滅亡するううう!!」

 誰もが気が触れたと相手にはしなかった。
 翌月、人類は神を目の当たりにする。




「結構続くわね」

 揺れる室内で新聞を読みながら、TC(ティークリッパー)の一人が言った。
 記事には大きく「続く地震と神の巫女」という記事が乗っている。

「そうだね……」

 郁は自分より豊満な胸を見ながら言った。
 視線に気づいたTCは短足混じりに呟いた。

「……アタシのを見てもアンタのは膨らまないよ」
「うぅ……」

 郁がうなだれてると、外から鋭い声が上がった。

「暴動だ!」

 またか、とうんざりしながら二人はカフェを出た。
 鎮圧するために場に赴いた二人は呆然と広間を見ている。
 人混みの中、高い塔のテラスから一人の女が群衆に語りかけていた。

「世界は終末を迎えます。神が降臨なさるのです。今まさに頻発している地震がその証拠」

 やはり世界は終わるのか、適当なことをぬかすな、など様々な意見が入り乱れているが。

「私は巫浄霧絵。今から神を降臨致します。神は世に顕現する時に地震を伴って現れるのです」

 なんだオカルトか、そう思ったのも束の間、グラグラと足元に違和感を感じるようになる。
 徐々に揺れは増し、広場にいる全員が立っていられないほど大きく地震が起こった。

「神は降臨なされた!!!」

 そう叫んだとたん、ぴたりと地震は収まる。
 興奮と不安のるつぼの中、広場は暴徒と化した。
 現場にいたTCは彼等を宥めるが、盲信した首相は霧絵を神の代弁者だとしてなおも終末論を煽る。

「仮にも首相でしょ!そんな妄言に踊らされてないできちんと民を導きなさい!」

 郁は迷信を否定するが、広場からは大ブーイングがおこる。

「あれは間違いなく本物の地震だぞ!!もう世界は終わるんだ……」
「それは魔獣です。ほら、現実をよく見て」

 塔の上から霧絵は群衆を誘導する。
 すると、先ほどまで郁の居た場所に軽トラックほどの大きさの獣が居た。

 グォォォ!

 魔獣が吼えると、人々は我先へと逃げだした。
 なおも霧絵は神を顕現させ続ける。
 テレビやラジオで不安を煽り、この1週間でパリは憔悴しきっていた。
 だが、本当に神などいるはずもない。

「どうせ何処ぞの毒電波で地殻を揺するってんだろ。魔獣は映像だろ。宙が怪しいな。探れ!」

 TC達はそれぞれ調査を始めた。
 調べていて分かったことだが、神々の契約というのもまた事実だった。
 その契約の抜け道を探すため、郁は自室で集めた資料を広げていた。

「必ず神を化かすわ」
「悪あがきね」

 振り向くと、巫浄霧絵が座っていた。
 ベッドに腰掛けて居るように見えるが、宙に浮いていて彼女自身の輪郭もぼんやりとしている。

「なんですって!」
「ふふ、契約の抜け道を探しているのでしょう?無駄なことよ」

 霧絵は自分の髪を弄ぶ。どこからか霧絵の姿を投影しているのだろう。

「契約は実際に神と行われたもの。そしてその豊穣を人類は得ていた。ただ人間が神のものになってしまうのはつまらないから、少し契約を弄らせてもらったわ」
「……どういうこと?」
「神は神でも滅びの神、『虚無』の配下へと堕ちることが決定しているわ。この契約は完全無欠。抜け道なんてないの。契約が履行される直前に月の所有権が私に移り、その影響力をもって完全な世界へとする。ふふ、でも……」

 にやり、と妖艶な笑みを浮かべてゆっくりと郁の目の前まで浮かんできた。
 恐怖で身体が硬直した郁の髪を、頬を撫で、耳元で囁いた。

「貴女が私のモノになるなら、少し考えてもいいかしら」
「なっ……ふざけないで!」

 カァーっと顔が熱くなり、霧絵を振り払う。
 手応えはなく、やはり映像だった。
 またね、と笑って霧絵は消えた。


 一方、研究所で地震の原因を調べていたTC達は、霧絵が民衆を騙す際に、宇宙から謎の毒電波が発せられていること探知した。
 真っ直ぐに地殻へと突き刺さり、同時刻に局所的に地震が発生している。
 これらの証拠を裁判所に提示して、最高裁での調停裁判へとこぎつけた。

 先ず争点の元となる経典の真偽を問われる。
 霧絵側から古びた箱から、一冊の分厚い本が取り出される。
 明記された神の降臨する日時は、まさに今の時代であり、鑑定による本自体の経年劣化も妥当性が認められた。
 間違いなく千年前のものである。
 次に履行内容の妥当性が問われる。

 これにはTC側――郁が噛みついた。

「神が先千年の人類繁栄を約束し……とあるが、具体的に神は何をしたのでしょうか?この千年前の技術力、世界情勢を顧みればゆく年々の豊かさは証明されているようなもの。繁栄は法規制や人の努力の賜物です。神はただ降臨しただけです」

 舌好調の郁。対して霧絵も反論する。

「神の降臨なしに繁栄はありえないわ。神が降臨されたから地震が起こる、神が降臨されたから繁栄が起こる。同義よ。証拠にここに地震を起こしてみせましょう」

 呪文を唱える霧絵。すぐさま裁判所は揺れ、裁判員、霧絵側、TC側、傍聴人全員が地震を目の当たりにした。

「神の降臨のことは分かったから地震をとめくれ!」

 裁判員が悲痛に叫んだ。
 霧絵が詠唱を止めると、地震はすっと収まった。
 鼻高々に郁を見る霧絵。
 頷き、神の降臨を肯定した。

「確かに神は降臨するようね。でも私も地震を起こせるとしたら……」
「なん……ですっ、きゃぁ」

 先ほどよりも強い揺れの地震が起こる。
 郁は霧絵に向かって「神が降臨したのなら、私の地震も止めてみせて!」と言う。
 その後、止められなかった霧絵を消したり、魔物を呼び出したりして、霧絵が広場で見せた術を再現する。

「な、なんだこれは……いったいどうなって」

 うろたえる裁判官達に、郁は空中に映像を表示させる。
 衛星軌道上、アシッドクランの宇宙船が地上へ向けて毒電波を発している。
 その後、電波は霧絵の足下の地殻を揺らし局地的に地震が起こった。
 映像の様子は先刻、広場で首相と霧絵が群衆を煽っていたときのものだ。
 宇宙船から電波を飛ばし、地震を起こしていた。
 映像には霧絵の一味と思われる者達が捉えられている様子が映る。
 唇をかみ、頽れる霧絵。

「これは神話を悪用した詐欺罪にあたる」

 裁判官が判決を下した。

「負ければ貴女を幸せにしたのに……」

 法廷を去る霧絵の頬に涙が伝っているのが見えた。
 至福千年の栄華を教授した世界だが、その判決は時に任せることにした。