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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜絆の力で、危機を乗り切れ!〜


「そんな調子じゃ、魔法学校で落ちこぼれるぞ!」
「ひゃいっ?!」
 おかしな声をあげながら、綾鷹郁(あやたか・かおる)はベッドから転がり落ちた。
 落ちたついでにおしりやら肘やらをしたたかに床やベッドの枠にぶつけ、悶絶しながら周りを見回す。
「ここはぁ〜…?」
 寝ぐせでくしゃくしゃになった髪をかきまぜつつ、郁は声の主である艦長を見上げた。
「事象艇赤星だ。忘れたのか?」
 あきれ返った声で答え、艦長は何やらプラスチックのカード状のものを差し出した。
「合格だそうだ。よかったな」
「え? えええ〜?! 本当ですかっ?!」
「大声でわめくな。お前の声は耳に悪い」
 ぶっきらぼうな物言いをし、艦長は耳をふさいだ。
「さっそく移動だ。甲板にシャトルを用意した。学校まで送るから、荷物を持ってすぐに来い」
 昨日のうちに、合格したらすぐに現地に向かうと言われていたので、郁は自分の身の回りの品をきちんとスーツケースに詰めていた。
 とはいえ、郁の「きちんと」は彼女基準であり、現地に着いて開けてみたら、とんでもないものばかりが入っていた、というオチもありそうだったが、あえて艦長はそれについては何も言わず、「先に行っているぞ」とだけ言って出て行った。
 郁は自分の身長の半分くらいはあるスーツケースをやっとこさ部屋から引っ張り出し、ごろごろと廊下を引きずって甲板へと出た。
 目的地までは時間にして20分ほどだ。
 小さなシャトルに艦長と機長、それに郁が乗り込み、即座に赤星の甲板を離れた。
 赤星は、白金採掘が盛んな時代の地球であまりにストが絶えず、仕方なく労使調停に乗り出すためにここまで来た。
 郁を学校まで送るのは、その任務のついでである。
 シャトルは3名定員の小型艇だが、時間移動には十分耐え得る装甲だ。
 だが、突然ガタガタと上下に揺れ出したかと思うと、ガクンと大きく下へ沈んだ。
「ど、どうした?!」
 艦長が機長に状況報告を求める。
 機長は狂いだした計器を懸命に調査しながら、「駄目です!」と絶望的に叫んだ。
 シャトルはそのまま落下を始め、あっという間に墜落した。
 
 
 シャトルが墜落時に発した救難信号を受けた赤星内では、顧問技師の鍵屋智子(かぎや・さとこ)が3人の捜索を始めていた。
 だが、その最中に、大余暇時代の地球の避暑地上空から依頼が降って来た。
「放射能漏れした廃船が漂流?! 何その飛翔する汚染物体は!」
 半分キレかけながら、鍵屋はテキパキと指示を出した。
「補助エンジンを取り付けて、太陽に突っ込ませましょ!」
 作業は順調に進んだが、あまりに船体の老朽化が激しく、壁ごと補助エンジンがはがれてしまった。
 おかげでまた放射能が大量に漏れ出した。
「仕方ないわね、太陽の近くまで曳航して、太陽の引力を利用できるところで投棄するわよ」
 言うのは簡単だが、行うのは大変だった。
 牽引用の楔の打ち込みも壁のもろさが祟ってなかなか上手くいかない。
 それでも何とかいくつかの楔を打ち込むことに成功し、そろそろと出発した。
 周囲に放射能をまき散らしながらの曳航だ。
 一番被害を受けるのは当然赤星だ。
 被爆の危険もある。
 これは時間との戦いだ。
 そうは言っても、あせる周囲とは裏腹に、鍵屋はすまし顔で「何とかなるわよ」とうそぶいていた。
 
 
 
「ここ、どこですかぁ〜〜?」
 ヘトヘトになりながら、郁が砂ばかりの周りを見渡した。
 今日は場所を尋ねてばかりいるような気がする。
 前を行く艦長と機長も疲弊していて、足を引きずりながら前へ進んでいた。
「正確な位置はわからん。通信機も壊れているしな…」
 さっきから何度も電源を入れ直しているのだが、うんともすんとも言わない通信機を、艦長はため息をつきながらそれを郁に手渡した。
 シャトルが墜落した場所は、どこかの砂砂漠の端だった。
 近くに山が見え、シャトルの計器が完全にダウンする寸前にその山に生命反応があることを教えてくれた。
 助けを求めるにしても何にしても、こんな場所にずっといるわけにはいかないと艦長は言い、3人はとりあえず山をめざし歩き出したのだった。
 ありがたいことに、墜落した時刻は明け方に近く、寒いことは寒いが、歩きにくいほどではない。
 ただ、昼間はこの場所は摂氏50度に達する見込みで、その前に水を確保しなくてはいけなかった。
 しばらくして一行は山にたどりつき、手分けをして探し回った結果、小さな洞窟を見つけた。
 それ以外は見通しのいい岩場ばかりだったから、生命体がいるとすればこの洞窟にまちがいなかった。
 偵察に行った郁は、そこで光り輝く霊獣を見た。
 その奥に、さらに輝く水辺があることも。
「とりあえず今は水さえ手に入ればいいんだ」
 艦長の一言で、3人は霊獣をおびき寄せ、その間に誰かが水を手に入れる手はずを整えた。
 しかし、霊獣は非常に賢い生き物で、なかなかこちらの策に乗ってくれない。
 そのうち、業を煮やした短気な機長が、うっかり霊獣を怒らせてしまった。
 霊獣が暴れ出し、洞窟内で大きな尻尾を振り回した。
「いやーん!」
 郁の頭上にも大きな岩が落ちて来る。
 その合間を出口に向かって逃げている途中、機長に岩のひとつがぶつかった。
「うわあああ!」
 悲鳴、そして沈黙。
 洞窟内ではまだ落石が続いている。
 どうすることもできないまま、郁は何とか外に出た。
 艦長の姿が岩の向こうに見え、そのさらに奥で霊獣が暴れている。
 あの霊獣は、泉に近付けば近付くほど興奮するようだ。
 何とか落ち着かせなければ、泉の水は手に入らない。
 郁はしばし考え、通信機を改造することを思いついた。
「ここからα波を出してあの霊獣に当てれば大人しくなるかも…」
 さっそく改造を始める郁の視界の端で、艦長が岩と岩の間に埋まっているのが見えた。
「急がなきゃ!」
 とたんに郁の手元がせわしなくなった。
 
 
「あーもーう、太陽はまだーー?」
 目の前に広がるスクリーンに向かって、鍵屋はぐったりした顔でうめいた。
 何度も楔が外れ、そのたびに打ち直して、何とかここまで来たが、太陽はまだあんなに遠くにある。
 被爆がかなり進んで、さすがの鍵屋も萎えて来た。
 あのオレンジ色の星にこの朽ちた船をつっ込ませれば任務は終わる。
 呪文のように何度もそう唱えながら、鍵屋はじっと太陽を凝視しつづけた。
 
 
 
 通信機の改造が功を奏し、霊獣はいびきをかいて眠りについた。
 それを見て一安心し、郁は艦長の身体の上に乗っかっている岩をどけようと、岩の下に両手を入れた。
「馬鹿か、お前は!」
 かすれた声ながらも、艦長は郁を怒鳴り飛ばした。
「未来あるお前は俺を見捨てて水を汲め! 霊獣だって、そう長くは眠りこけてないぞ!」
「私は尊敬する艦長を支えにして来たんです!」
 郁だって負けてはいなかった。
 同じくらいの大声で怒鳴り返すと、艦長を岩の下から何とか救い出す。
 足を負傷してしまった艦長は、それ以上歩けない。
 郁は力をふりしぼって壁を伝い、霊獣の横を通り抜け、水を汲んで戻って来た。
「か、艦長、これを…」
「お前が…飲…め…」
 どちらも限界だった。
 水を艦長の口元に運んだところで、郁は先に力尽きた。
 
 
「あ? れ?」
 おかしな声が喉の奥から出て、郁が目を覚ました。
 ふわりと身体が宙に浮き、次にどさりとやや乱暴に落とされた。
「間に合ったわよ」
 どうよ、と言いたげに、鍵屋があごをそらして郁に言った。
 担架に乗せられた郁は、目をぱちぱちさせて、鍵屋に尋ねた。
「ここはどこぉ〜?」
「赤星の甲板。戻って来ちゃったわね」
「あっ! か、艦長?! 艦長は?!」
「俺はここだ〜」
 ゆらゆらと揺られながら、艦長の担架も地表から引き上げられ、郁の隣りに並んだ。
「艦長!」
「ひどい格好だな、お前」
 カラカラと晴れやかな顔で艦長が笑った。
「そんな泥服で入学するなよ。艦の恥だ!」
「か、艦長こそ、泥だらけです〜」
 えへへ、と笑い返して、郁は胸をなで下ろす。
 どうやら間一髪で、助かったようだ。

 
 〜END〜