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Episode.23-U ■ 反撃の武彦
黒 冥月の鍛えられた精神すら翻弄させてみせた黒猫セット。
触れられた事で脳内に刺激を与え、そして快楽・快感を味合わせるという、影宮 憂によって造られた特殊なアイテムである。
科学技術の最先端。こんなものを作れるのであれば、精密な義手や義足だって造るのは可能なんじゃないだろうか。それを考えると、これは実に無駄なクオリティの高さを誇っているとしか言えない代物だ。
「実に興味深い代物だ」
「……えい」
「はぅ!!?」
「……プッ」
…………。
「冥月、今何で尻尾引っ張った?」
「ククク……、いや、すまない。武彦が猫セットつけたまま真剣な顔して考え込んでる姿が面白くて……ククク……」
まったく。
人が科学的・技術的な視点で考察しているというのに……――。
『男の悶える声に萌えはありません。さっさと喋りやがって下さい』
…………。
「……冥月さん。これはあれだ。
きっと憂が遠隔操作しながらクスクス笑いながら言っていると思うんだ。
この音声はきっと敵なんだと思う。
そうと決まったら、一度お灸を据えに行くべきじゃないかな」
やはりそうするべきだろう。
これは憂によって遠隔操作されていると考えるのが妥当だ。
そうと決まれば、やっぱり一度痛い目に合わせてやるべきだろう。
もしくはこのセットを憂につける、というのもありだろうか。
見た目は幼女に近い合法ロリという極めて厳しい路線にいる女だ。
これをつけて苛めてやるというのも悪くはないだろう。
……いや、楽しみになってきたりはしていないぞ。
だが、やはりつけてみるべきだと思うんだ。
だから俺は立ち上がる。
そう、アイツに復讐する為に……!
「えい」
「こ、ら……ッ、冥月……!」
「フフフ、何処行こうとしてるのかな〜?」
「…………」
……デスヨネー……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
冥月は心の中で動揺を噛み殺せずにいた。
耳に指を這わせ、尻尾をそっと撫でる度に身体を震わせ、頬に朱を差しては目が熱を帯びていく武彦の姿を見て、生唾を呑む。
「……ッ、こ、こんなの味わっていた、のか……」
荒い息を途切れ途切れに、武彦が冥月に向かって呟いた。
「まだまだ始まったばかりだよ、武彦……? それに、まだ一回も鳴いてないじゃない」
普段の冥月とはまた違う、艶っぽい笑みと嘲るかの様な口調である。
冥月はこの時、自身の中でこの状況を楽しんでいた。
先日の武彦からの執拗な攻撃に対する仕返しも孕んだ攻撃である。
普段の武彦とは違ったリアクションに、何とも言えない独占欲を感じ、それを自分だけが見る事が出来るという優越感。
それらに浸りながら、冥月は愉しむ。
とは言え、これはあくまでも意趣返しに近い。
主導権を握っているのは確かに楽しいのだが、どうにも乗りきれない、というのが冥月の本音であった。
――これだったら、自分がつけていた時の方が……。
僅かに過ぎったそんな本音を、慌てて頭を振って振り払う冥月である。
その姿を見られまいと一度武彦から離れ、冥月が口を開く。
「これで分かったでしょ? 恥ずかしいし辛いし、我慢するのも……だし……、大変だったんだからね」
いつもとは違った膨れっ面を浮かべながら、冥月が武彦へとそう告げた。
「……まぁ、今となっちゃ解らなくはないな……」
「だ・か・ら」
「……え?」
「その辛さ、味わって貰うから、大丈夫、優しくキスするわ」
先程の膨れっ面は何処にいったのやら。
余裕ぶる冥月ではあるが、内心では心臓の鼓動も早く、そこまでの余裕はない。ただ今回は優位にいられる事から、こうして武彦を翻弄するかの様に振舞ってはいるものの、緊張状態は未だ拭えずにいた。
――ここでされるがままにされては、果ててしまう!
何がどうとは言えない武彦であったが、そんな現実を前に気持ちを切り替え、ついに動き出すのであった。
「冥月」
「え?」
「愛してるにゃ」
実に締まらない言葉である。
だと言うにも関わらず、武彦の顔は真剣そのものであり、まるで最期の「にゃ」の部分は聞き間違いだと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
――実際、これには冥月も脳内変換によって「にゃ」が聞こえていないという状況に陥り、顔を紅潮させた。
「こんな道具を使ってなくても、普段からこれでも我慢してるんだからにゃ」
「た、武彦……?」
「それに、こうさせたのは今日はお前だからにゃ。責任はしっかり取ってもらうにゃ」
もしもこの光景を見たら、百合は確実に武彦の命を断ち、零はしばらく武彦から距離を置く事になるだろう。
いくら時間消費の為とは言え、真剣な顔で語尾に「にゃ」をつけて喋り続ける三十路の男性。そしてその姿は間違いなくコスプレである。
つまりこの状況、幸いにも外に出ている百合と零の帰宅までが、武彦の人生――もとい、命の分かれ目なのである。
時間を浪費し、かつ主導権を握りながら30分という時間を攻略する。会話の流れから考えても、50分近くは必要になるだろう。
百合と零が買い物に出てまだそんなに経ってはいない。おそらくこのまま主導権を握ってさえいれば、二人が帰って来る前にカタが付くだろう。
故に武彦は攻める。
「ちょ、ちょっと、武彦……?」
「言っておくが、本気だにゃ」
「ご、誤魔化すつもりでしょ……」
「いいや、本気にゃ」
赤面し、自身が攻められる側の立場に回ってしまった冥月である。
「百合と零がいない今じゃなきゃ、ゆっくりキスも出来ないだろ? ……にゃ」
カッコつけようにもカッコがつかない猫セットの脅威であった。
しかしながら、冥月の都合の良い脳内変換はそれを耳にしていない。攻守が交代し、武彦によって見事に攻められている冥月が、顔を赤くして目を瞑る。武彦はそっと冥月の唇に口を寄せ、触れる。
「……あ……」
ただそれだけで離れるとは思っていなかったのだろう。冥月が僅かに離れていく武彦の唇を見つめ、声を漏らす。
「焦るにゃよ」
「…………」
コクリと頷いた冥月に向かって、再び武彦は唇を寄せる。
◆◇◆◇◆◇
「はぁ……はぁ……」
荒々しい息を整えようとしているのは、ソファーに身体を預けたまま顔を紅潮させている冥月であった。髪は乱れ、頬や首は汗のせいかいやに艶かしく光っている。
そんな冥月を前に、フッと笑みを浮かべたのは、30分という呪縛から逃れ、冥月を見つめる武彦。そして、口には煙草が咥えられている。
肉球ハンドのせいで煙草も吸えなかった武彦が、煙草に火をつけ、深く息を吸い、そして吐いた。
――武彦の作戦は見事に功を奏したのである。
主導権を握る事で、どうにか30分の呪縛を僅か50分程で終わらせた武彦。そして、攻めるつもりがしっかり攻められてしまった冥月。まさに攻守逆転させた武彦の作戦勝ちであった。
「ずるい……」
「ハッハッハッ、楽しませてもらったぞ」
さながら悪役よろしく、武彦は猫耳と猫セットを持って冥月に笑いながらそう告げる。
「うぅ〜〜、もう当分キスしてあげないんだから!」
脱兎の如く走り出した冥月。
武彦の勝利が悔しかったのだろう。涙を拭う様にしながら走って草間興信所を後にするのであった。
だが武彦は、どうにか勝利した事に天狗になっていた。
それを追う事も謝る事もせず、口にしたのだ。
「素直に負けを認めろー。これをつけてだなー……――」
「――それをつけて、どうしろ、と?」
開け放たれた扉に佇む二人の少女。
咥えていた煙草が口から落ち、そして武彦の手には猫セット。
「お姉様に何を強要した、このクサレ変態……ッ!」
「お兄さん? しっかり説明してくれますよね?」
「……み、冥月さーん? 帰ってきてー? ほ、ほらほら、この状況って、なんかすっごい勘違いされてると思うんだよねー。あっはは……」
もはや武彦の言葉は乾いた言葉の羅列でしかなかった。
「お兄さん……?」
「……殺すッ!」
「のおおおおぉぉぉぉッ!!?」
この後、ほとぼりが冷めた冥月が帰って来ると、ソファーの横に簀巻きにされた武彦が倒れていた。事情を聞いた冥月も、まさか自分が騒動の発端になったとは言えず、乾いた笑いを浮かべて百合と零を宥めるのであった。
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いつもご依頼有難うございます、白神 伶司です。
さて、今回は多くを語るべきではない、と
そういう事で一言お送りします。
「武彦ダッセェェェ……」
お楽しみ頂ければ幸いですw
それでは、今後共よろしくお願い致します。
白神 伶司
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