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<東京怪談ノベル(シングル)>


休日はできないことをやってみる

 今日は生憎の空模様。朝から雨が降ったり止んだりと、始終不安定な天気が続いていた。
 鍼灸院も休診日と言う事もあり、セレシュは朝から布団でゴロゴロしている。
「セレシュ……いくら休みだからってそろそろ起きなさいよ」
 まるで母親の小言のように部屋を訪ねてきた悪魔がそう言うと、セレシュはボサボサになった頭を手櫛で撫で付けながら上体を起こした。
「天気が不安定だとダルくて敵わんわ……。でもいつまでもこうしとるわけにはあかんな」
 セレシュはベッドから降りると、てきぱきと着替えを始める。そして部屋を出るとそのままキッチンへと向かった。
 その様子を見ていた悪魔は、リビングのソファに腰を下ろしながら不思議そうな顔でセレシュを見る。
「ご飯ならさっき食べたばっかりじゃない。もう忘れたの?」
「そうそうそう。もういつ食べたんかなぁ……って、なに人をボケ扱いしとんねん!」
 ノリツッコミをやってのけるセレシュに、悪魔も「冗談よ冗談」と、苦笑いを浮かべながらそんなセレシュをあしらった。
「ご飯じゃないなら、なんでキッチンなの?」
「う〜んと……確かこの辺に……」
 セレシュは戸棚の中を物色し何かを探し出し、それを悪魔の前に差し出す。
「これや!」
「……強力粉? 何これ。どうすんの?」
「今からパン作るで!」
「はぁああぁ?」
 嬉々として材料を揃え始めるセレシュに、悪魔はただ気後れするばかりだった。
 何で急にパンを作ろうと思ったのだろうか。
「バターにドライイーストに、塩、強力粉。それから打ち粉用に薄力粉。あとは牛乳とスキムミルクやな」
 ずらりと揃えられた材料を見詰め、悪魔は開口した。
「なんでパンなの」
「前から作ろう作ろう思うてたんやけど、最近忙しくて時間取れへんかったやろ? 今日は他に何もすることないし、丁度ええかなって」
「……ふーん」
「日頃のストレス発散にも持って来いや! ほら、一緒にやるで!」
「えぇ?! 私も?」
 驚く悪魔に、セレシュはフンと鼻息荒く答える。
「あんたかて、他にすることないんやろ? せやったら一緒に作ってもええやん。一人でやってもおもろないわ」
 腰に手を当て、俄かに眉根を寄せるセレシュに、悪魔は「それは確かにそうだけど……」とぼやきつつも一緒に作ってみることにした。


 二人仲良く横に並び、それぞれがボウルに生地を捏ねると、それを各々好きな形に成形し始めた。
 セレシュはまるで研究をしている時のように真剣な表情で生地を丸めたり伸ばしたりしている。その横で悪魔はパンダを作っていた。
 成形中、なぜかお互い会話する事もなく黙々と手元に集中していた。
「出来た!」
 最初に完成したのは悪魔の方だった。
 セレシュは手を止め、ひょいと悪魔の作ったパンを覗き込むと思い切り顔を顰めた。
「何なん、それ……」
「え? 何って、パンダだけど?」
「……それ、パンダなんや……」
 苦笑いを浮かべながらそう呟いたセレシュに、悪魔はムッとした表情を浮べる。
「どっからどう見たって可愛いパンダでしょ!」
「か、可愛いか……? それ……」
「可愛いじゃない」
 自信満々に胸を張る悪魔にしてみれば、これ以上ないほどの傑作品のようだった。
「何があったか知らんけど、あんたのパンダに対する概念て随分捻じ曲がっとるんやな……」
 作り上げられたその「パンダ」と思しき生地は、どこからどう見ても違うものにしか見えない。
 土台こそ綺麗な丸型であるのに対し、目つきは鋭く口元は大きく裂けている。どこからどうみても凶暴な何かにしか見えなかった。
 あまりの酷い言われように、悪魔は口を尖らせる。
「そう言うセレシュはどうなのよ?」
「うち? うちのはこれや!」
「……」
 そう言って見せたものに、悪魔は目を丸くした。そして食い入るようにしばし形成された生地を見詰めると、ちらりと顔を上げる。
「凄いね……」
「せやろ。ここ一番の出来やで」
 嬉々としてセレシュが胸を張り、得意げに笑うと悪魔も素直に頷くしかなかった。
 セレシュが作ったものは、バラやカーネーションやチューリップなど、様々な花々だった。
「これを焼いて籠に盛ったら、花かごの完成や。細かいところまでちゃんと作りこんだんやで」
 確かに、パンにしておくには勿体無いほど完璧な出来栄えだった。何かにつけて日頃から研究しているだけある。
「ほんなら、あんたの得体の知れへん生き物とうちの作った花を焼こか!」
「だからパンダだってばっ!」
 最後の最後まで小馬鹿にしたようなセレシュの言葉に、悪魔はただただ口を尖らせるばかりだった。


 焼きあがったパンをオーブンで発酵させてから焼き入れて取り出し、あら熱を取る為に網の上に乗せる。
 焼きたてほかほかの美味しいパンのにおいが部屋中に充満していた。
 セレシュはそれぞれのパンを見るとしみじみと呟く。
「……あんたのパン、発酵で膨らんでからますます得体の知れへん物体になったなぁ」
「……」
 確かに発酵で膨らんで、目も口も飛び出しどえらいことになっていた。それにくらべ、セレシュのパンは綺麗に焼きあがっている。
 しばし悪魔の作ったパンを見詰めていた二人だったが、沈黙を破ったのはセレシュだった。
「っぷ……」
 堪えきれない笑いがこみあげてくるも、露骨に笑っては申し訳ないと堪えているようだが堪え切れていない。
 体がプルプルと振るえ顔が歪んでいる。
「ちょっとぉ!」
「ぶはぁーはっはっはっはっはっは! 堪らんー! あんたのパン額縁に入れて置いときたいわー!」
「もーっ! 酷いっ!」
 頬を膨らまし、ゲラゲラと笑い転げるセレシュに背を向けて怒った悪魔。そんな彼女に対し、散々笑って涙目になった目元を拭いながらセレシュは謝った。
「ご、ごめんごめん! 冗談冗談!」
「冗談になってない! その笑い方!」
「あー、ほんま許して? もう笑わん。嘘やない。神に誓ってもう笑わへんって!」
 チラリとセレシュを見上げた悪魔は、セレシュの顔を見るなりムッと頬を膨らませる。
「真面目な振りしたって、顔がニヤけてる」
「ニヤけてる? 嘘や。うちもともとこんなんやってんで?」
「分かった。もういい。許すから食べよ。パンは焼きたてが一番美味しいんだから」
 悪魔は一刻も早く目の前にある自分のパンを抹消したかった。
 セレシュが止める間もなく、悪魔はそれに思い切りかぶりつくと物凄い速さでもぐもぐと食べる。
「あぁ〜……芸術やったのに……」
「芸術じゃない!」
 心底残念そうに呟くセレシュに、悪魔は噛みつかん勢いで怒鳴るのだった……。