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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


女艦長は許さない


 空間的版図拡張を否定し、時間移民政策を推し進めるダウナーレイス族であるが、空間的な対外戦争を経験した歴史がないわけではない。
 年表上では「中立時代」と記されている。
 この時代、ダウナーレイス族は地球の領有を巡って楓帝国と争い、どうにか停戦し、それでもなお互いに相手を信じる事が出来ずに動乱を引き起こしていた。


 月に本拠地を置くダウナーレイスに対し、楓帝国は多数の人工都市を宇宙空間に浮かべ、地球を取り囲むような形に国家を形成している。
 両者共に停戦時の取り決めにより、地球そのものに立ち入る事は出来ない。
 動乱が起こるとしたら、まず地球周辺の宙域においてであった。
 その宙域の1つが、火の海と化している。
 楓帝国の、補給基地。
 停泊中の艦艇が、ことごとく爆発し、渦巻く爆炎となって荒れ狂う。
 その爆発の嵐を吹かせているのは、1隻の大型事象艇である。
 船体各所でミサイルランチャーが開放され、粒子砲が光を放ち、大口径レーザーキャノンが激しく輝く。
 ミサイルの豪雨が、荷電粒子ビームの閃光が、極太のレーザーが、破壊の嵐となって吹き荒れる。
 ダウナーレイス軍の大型事象艇『冥鳥』であった。


「私の家族を殺した者どもを相手に……停戦協定、だと」
 戦闘事象艇『冥鳥』艦橋。
 ダウナーレイス族きっての猛将とうたわれる艦長が、牙を剥きながら呻いている。
「楓人を1人生かしておけば、ダウナーレイスが10人殺される……それがわからんのか、久遠の都の平和ボケどもが!」
 艦長の怒りそのままに冥鳥は、破壊と爆発の嵐を吹かせ続けた。


 エマージェンシー・コールがやかましく鳴り響く中、藤田綾子は慌ただしく艦長席に美尻を収めた。
「領空侵犯だと……この久遠の都に直接か!」
 ダウナーレイス族の本拠地、久遠の都。
 その上空にいきなり空間転移を仕掛けて来る。楓帝国以外には考えられない技術力である。
 藤田艦隊はすでに、防衛のための布陣を終えている。
 案の定、敵意剥き出しで接近して来ているのは、楓帝国軍の戦闘艦隊であった。
「艦長! 敵はこちらの呼びかけに一切応答しません!」
 艦橋オペレーターが、悲鳴じみた報告を行った。
「こっこのままでは! 久遠の都上空で、戦端が開かれてしまいます!」
「落ち着け。それと、決めつけるな……まだ、敵と判明したわけではないのだから」
 少なくとも友好使節の団体には見えない艦隊を、艦橋のモニター越しに見据えながら、綾子は言った。
 停戦協定を反古にして、ダウナーレイス族を敵に回す。そこまでして独占するほどの価値を今更、楓帝国が地球に見出したとは思えない。
 ここまで露骨な領空侵犯を行うのには、何かしら理由や事情があるはずなのだ。
「……旗艦を前へ。楓軍の旗艦に接舷させるように。他の艦艇は、その場で待機」
 綾子は命じた。正気の沙汰とは思われない命令である事は、承知の上だ。
 様々な悲鳴を上げながらも、クルーは命令に従ってくれた。
 正気ではない艦長と、一蓮托生のクルーたち。
 全員を乗せた藤田艦隊旗艦が、楓軍艦隊に正面から、通常速度で悠々と入り込んで行く。
 攻撃は全く来なかった。楓軍全体が、呆気に取られている。それが、空気として伝わって来る。
 全軍で動けば、そのまま戦いになってしまう。旗艦1隻だけで近付けば、相手はこちらの作戦を深読みし過ぎて動けなくなる。あまり何度も使える方法ではないのだが。
「艦長……楓軍から通信が入りました」
「繋ぐように」
 楓帝国軍の艦隊司令官、と思われる人物の顔が、モニターに大映しになった。
『当方は、貴艦の意図をはかりかねている……白旗を掲げて降服、というつもりではなさそうだが』
「こちらの意図するところは、ただ1つ。貴軍に言っておきたい事がある」
 綾子は言った。
「文句があるなら、まず言葉で言いなさい。いきなり攻めて来る前に、やるべき事はいろいろとあるはずでしょう」
『噂に高い、藤田艦長か……これは失礼した』
 艦隊司令官が、モニターの向こうで頭を下げた。


「冥鳥が……?」
 綾子は息を呑んだ。
『我々の補給基地が、いくつも潰されている……実に見事な、奇襲攻撃によってな』
 艦隊司令官が、憎しみに声を震わせている。
 冥鳥……ダウナーレイスの艦が、憎しみを拡散させるような行動を取っているのだ。
『藤田艦長ほか、ダウナーレイス軍上層部の方々は一切あずかり知らぬ事であると。我が軍が冥鳥を拿捕あるいは撃沈する事を、黙認いただけると。そのような解釈でよろしいか?』
「冥鳥の始末は、我らダウナーレイスの手で行う」
 綾子は、譲らぬ口調で言った。
「心配は無用、庇い立てするような事はしないから」
『冥鳥が今、どこに身を隠しているのかは不明だ。多勢の我らが、手広く捜索を行った方が確実かと思えるが?』
「それでは楓帝国軍による報復になってしまう。報復は、さらなる報復を生む……お互い、もう戦争は懲り懲りだろう?」
『私の部下たちが大勢死んだ。我が国の民もな……無論、貴国と再び戦をしようという気はない。だが』
「わかっている。冥鳥を野放しにしておく気もない、と言うのだろう?」
 綾子は微笑み、その笑顔をすぐに引き締めた。
「ダウナーレイスの不始末に関しては、同じダウナーレイスである我々が、けじめをつける。手出しは無用だ」


 楓帝国・第8観測基地。
 そこへと向かう1隻の定期貨物船を、冥鳥は執拗に追跡していた。
「結界をまとった貨物船、だと……」
 その結界のせいで、測定器による透視が出来ず、貨物船が何を積んでいるのかが判然としないのだ。
「やましい積荷を運んでいる、と公言しているようなものではないか!」
 武器弾薬。間違いない。
 第8観測基地も、ダウナーレイス側事象艇の定期航路を狙撃出来る位置にある。
 観測基地の名を冠した軍事基地である事に、疑いはない。
 楓帝国の者たちは密かに軍備を整え、ダウナーレイス族に再び戦争を仕掛ける好機を窺っているのだ。
 貨物船は当然、この場で撃沈する。第8観測基地も、破壊する。
 その命令を艦長が下そうとした、その時。
『……そこまでだ、冥鳥』
 艦橋のモニターに突然、1人の女性が大映しになった。
 艦長は思わず席から立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。
「藤田艦長……」
 ダウナーレイスの軍人にとっては、戦の女神にも等しい人物である。
『自分が何をしでかしたのか、頭ではわかっている事と思う……このまま大人しく拿捕されてくれれば、これに勝る喜びはないが』
「密かに再軍備中の敵を叩いて、何が悪いのでありましょうか……」
 艦長は控え目に反論した。が、綾子の口調は揺るぎない。
『再軍備中という、証拠はあるのか?』
「証拠などと……! そのような悠長な事を言っている間に、楓人どもは軍備を整えてしまいます。その軍備によって、何万人ものダウナーレイスが命を落とす事となるのです!」
『平和とは、すなわち互いに信じ合う事……』
 揺るぎない口調で、綾子は月並みな事を言った。
『陳腐な言葉と思うだろうが、何事も結局は、陳腐でありふれたものへと行き着いてしまうのだ』
「はっ……」
『君には、軍事法廷の場に立ってもらう。私でも弁護しかねるほどの罪状だ……覚悟を、決めてもらう事になりそうだが』
「……銃殺刑であれば、藤田艦長に引き金を引いていただきたいと思っております」


 艦長の顔を立て、護送中の指揮権は維持する事にした。久遠の都へ到着すると同時に、指揮権は剥奪される事となる。
 その処置が、災いした。
『藤田艦長……やはり自分は!』
 護送中の冥鳥が、近くに見える楓帝国第8観測基地及びそこへと向かう貨物船に、全砲門を向けていた。
『敵の軍事基地を、見逃しておく事が出来ません! お許しを!』
 それら砲門が火を吹く前に、綾子は無言で片手を上げた。
 攻撃の、合図である。
 藤田艦隊旗艦の主砲……極太の荷電粒子ビームキャノンが、光を放った。
 一直線に宇宙を裂いたその光が、冥鳥を粉砕した。
 爆発光に変わりゆく冥鳥を、綾子はじっと見つめた。結局、自分が引き金を引く事になってしまった。
 楓軍の艦隊司令官が、通信を入れてきた。
『感謝する、藤田艦長……』
「あの貨物船」
 綾子は、謝礼を遮った。
「積荷は、武器弾薬だろう?」
「……臨検すれば、わかる事だが」
「したら即、その場で戦争よ」
 綾子は言った。
 臨検の結果として武器弾薬輸送が判明してしまったら、もう言い逃れは出来ない。隠す事も出来ない。そのまま戦端を開くしか、なくなってしまうのだ。
「楓帝国軍の上層部に、しっかり伝えておきなさい。藤田綾子が、常に監視をしている……許さん! とね」