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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


魔道の罠!?

簡素だが、決して質は悪くない木製のカウンター。居並ぶ棚には、色とりどり、さまざまな大きさと形をした小瓶や小袋が並ぶ。ここはシリューナ・リュクティアの営む魔法薬品店。確かな薬効と、学識高い店主の評判で、そこそこ繁盛している店だった。
「あーあ……」
店の景気はよいはずだというのに、店主は不満げなつぶやきを漏らしている。このシリューナという女性、異世界から渡ってきた竜族の系譜に連なる、現世では稀なる血筋の持ち主である。きめ細やかな美しい肌に、つややかな黒髪。前にたらした左右の髪の房は、見るからに上質のリボンで編み束ねられ、磨き上げられた玉(ぎょく)で飾られている。そして何より目を引くのは、竜族の証とされる赤い瞳。知性と美貌と迫力が同居した、際立った容貌の持ち主であった。だがこの姿は竜としての真の姿を、人型種族風にいわば『翻案』したような状態である。彼女の竜としての姿については、同族以外誰も知らない。

そのシリューナがくだを巻いている理由は、ただ一つ。
「あぁ。退屈ね……」
暇なのだ。それなりに薬が売れて、普通に生活して、明日を夢見て床に就く。彼女はそんな平凡な生活だけでは楽しめない性分の女性であった。となれば、彼女が求めるのは一つ。何かおもしろいこと、だ。ぴんと立てた長い人差し指に黒髪を絡めながら、しばし考える。
「ふふ。いいことを考えた」
シリューナは、悪巧みをするときにお定まりの、不敵な笑みを浮かべた。
彼女の視線の先には、倉庫棚の整理に懸命な少女がいた。

* * *

「わあ可愛い! お姉さま、ありがとうございます!」
小麦色の肌の少女が、くるくるとシリューナの目の前で回る。合わせて白い裾レースとエプロンで飾られた、上品な黒のドレスがふわりと広がり、舞った。襟に結ばれた黒いリボンが少女の胸で弾む。肌の色こそ違うが、黒髪赤目はシリューナと同じ。まるで姉妹のようだ。ドレスに凝らされた意匠と贅沢な素材がいたく気に入った様子で、スカートを翻したり、袖口をいじってみたりとせわしない。
「気に入ってもらえたみたいでよかった。今月はがんばってくれたからね。ご褒美よ」
喜び踊る少女――ファルス・ティレイラを、シリューナは目を細めて眺めた。二人の関係を一言で言い表すのは難しい。対外的には、シリューナとティレイラは、この世界では数少ない竜族の同胞であり、姉妹のように親しい関係であった。魔法薬店の店主と店員でもあり、魔法学の師弟関係にもある。実のところ、二人の絆はもっと深い、人に知られぬところにもあるのだが。
「次は、この帽子をかぶりなさい。さながら現代の魔女ね。ほら、とても……可愛い」
とても、のあとの言葉の溜めに何かを感じ取り、愛称で呼ばれた竜の少女はびくりと肩を震わせた。
「あのう……お姉さま? ひょっとして」
「ひょっとして、なに? ティレ」
「また、な、何か無理難題を」
「ひどい子。私がティレにそんな意地悪したことあったかしら」
笑いながら、優しくティレイラの肩を抱き、可愛らしい魔女の帽子を整えてやる。そして右手を取り、短い紫檀の杖を握らせた。
「魔法のお稽古の時間よ」
邪気のないシリューナの微笑み。ティレイラは世界がぐるぐると回り始めるのを感じていた。お姉さまの『いつものあれ』が始まった。そう直感する。頼れる姉、尊敬する師匠であるところのシリューナは、突然どうしようもないいたずら好きに変わるときがある。そうなった時の彼女は、悪気のかけらもなく、しかし容赦なく、自分をおもちゃにして遊ぶのだ。気まぐれ一つで何度、物言わぬ彫像にされたことか。愉快なポーズになったと笑われ、身動き一つ取れぬ姿を好き放題にいじくり回される。本気で怒ってみせようかと思ったこともあった。だが、やってみるだけ無駄だと簡単に想像できたので、諦めた。ティレイラのすること、言うことすべてが、シリューナを楽しませるトリガーになってしまうことはわかりきっているのだから。
(「今日は何させられるんだろう!? どうしよう、いやどうしようもないんだけど、私負けない、いやどうせお姉さまに負けちゃうんだけど!?」)
「さあ、そろそろ始めましょう」
めまいのする視界には、至福にとろけそうな微笑を浮かべたシリューナがいる。ティレイラは、自らの体が凍りついていく、何度目かの絶望を予見した、気がした。

* * *

「今日の稽古は、魔道具の扱い」
ドレスを着せて喜んでいた先ほどまでの様子とは雰囲気も口調も一転、鬼教官然と振舞う師の気迫。シリューナが凛とした声で講義を始める。
「魔法使いに最も親しまれている魔道具、杖を使いこなしてもらう」
「はぁい」
「返事はきちんと!」
「はいっ!」
新しいきれいなドレスに、珍しい魔道具。そして初めて取り組む修行。好奇心が不幸の予感を塗りつぶす。シリューナの話し方からすると、真面目な魔術の稽古のようだ。先ほどまでの不安をすっかり忘れ、ティレイラは期待に満ちた目で師匠を見つめ返す。その師匠がただ今考えていることが彼女に伝わらないのは、幸せというべきだろう。
(「ドレスが似合うわ。なんて可愛いのかしら、私のティレ。ああ、私だけの最高の玩具……」)
保護者としての愛情、支配者としての愉悦、そして、亀をひっくり返して遊ぶような、悪童のいたずら心。複雑に絡まりあった感情の糸が、シリューナの心のタペストリーを織り成していることに、ティレイラが気づく日は、おそらく訪れないだろう。何度でも同じシナリオにひっかかり、同じ末路をたどってみせる、その単純さがシリューナには愛おしい。
(「魔法の師として、ティレイラの魔法の才を伸ばすためにやっているのも本当よ。ある意味、ね」)
心の中で言い訳しつつも、シリューナは今のこの状況が楽しくてたまらない。

二人は店の裏にある、第二倉庫兼研究所にして魔法の練習場(そして時にはお仕置き部屋ともなる)へ移動した。真剣な面持ちで、手に魔法の杖を握り締めたティレイラが凝視しているのは、不気味な姿の石像であった。もちろん、ただの石像ではない。ガーゴイルと呼ばれる魔法生物。動く石像。この『稽古』のために、シリューナが手ずから魔力を注ぎ込み作り出したこの異形こそが、本日の彼女の相手となるのだった。ガーゴイルはシリューナの命令どおり、二人からかなり離れた場所で動かず、ただ羽ばたいている。
「教えたとおりにやりなさい。集中して魔力を練る。練り上げたら放つ」
「は、はい!」
ティレイラも竜族の端くれ、高い魔力と優れたセンスを持っている。ただしそれは、火に関する魔術に関してのみに限られていた。細い魔道具を通じて、鋭く尖らせた魔力を放つのは、彼女には少々難しい技術であることは最初からわかっている。

だから、やらせるのだ。
その方が、おもしろいから!

「はっ!」
眉間に集めた魔力を、腕を通し、指に流し、杖を通じて発動させる。イメージを現実の力とすべく、集中から一気に放つ。気合と共にティレイラは一歩大きく踏み出し、右手を突き出した。杖先から白く光る魔弾が飛び出し、ガーゴイルの胴に命中した。
「当たった!」
しかし、白い火花を派手に上げたティレイラの魔法は、魔法生物に何の傷もつけず空しく散ってしまう。
「ティレ。命中率を試す稽古ではないの」
「えっ、では、あのどうしたら」
「あのガーゴイルには魔法障壁が賦与されている。それを貫通するだけの高純度、高品位の魔力を練って、あれを砕いてごらんなさい」
「そんな、お姉さまぁ」
「稽古中は師匠と呼ぶ!」
「お師さま……火炎を当てるのじゃだめでしょうか……」
消え入りそうな声で問う弟子に、シリューナはすげなく答えた。
「ダメよ」

* * *

魔道具の稽古なのだから、杖を通じて放った魔力でガーゴイルを砕かなければ意味はない。この稽古は、魔法を操る者にとって必須ともいえるものなのだ。難しい稽古をさせるのは、弟子の才能を信じているからだ。出任せ半分どころか、八割がた出任せの師匠の言葉を、ティレイラは素直に聞き入れた。
(「ほんとティレは最高よ。どうしてこうもすぐ、何でも信じちゃうのかしら!」)
心の中でシリューナが笑い転げていることも知らず、ティレイラは真剣に稽古に打ち込み続けていた。

「そりゃっ!」
ガーゴイルの体に、白い火花が飛ぶ。
「ていっ!」
また、白い火花が飛ぶ。
「魔弾よ!」
白い火花が飛ぶ。それだけだ。魔法はすべて命中してはいるが、ガーゴイルの障壁を突破することができない。

「っ、はぁ、はぁ……ひぃ……」
倉庫の天窓から西日が差す。もうかなりの時間を稽古に費やしているが、ティレイラの魔弾はただひとつも、ガーゴイルを傷つけることはできていなかった。これほど打ち込んでも魔力が枯渇しないのは賞賛すべき点だろう。しかしこれ以上集中力が続かない。ティレイラの目はうつろ、額には汗で塗れた前髪が貼り付き、足元もおぼつかなくなっている。

(「ああ楽しかった。ティレの動きに合わせて、ドレスがひらひら舞う姿の可愛かったこと! やっぱりこの衣装とこの稽古で正解だったわ」)
目と心を十分に楽しませてくれた弟子の横顔を眺めながら、シリューナはにまにまと笑う。これから始まる、もう一つの、そして本日最大の楽しみを思うと、背筋がぞくぞくするほどの悦びを感じずにはいられない。

「うっ、うっ……お師さま。上手にできません……」
目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にしてティレイラはついにうずくまる。へとへとに疲れきって、立ち上がることもできないようだ。
「仕方ない子ね。魔道具も満足に扱えないの?」
その言葉が失望を示すものだと解釈し、ティレイラはさらに悲痛な顔をする。シリューナの期待に応えられない自分が情けなくて、涙が一筋こぼれた。
「稽古はまた今度やりましょう。私は怒ってはいないのだから、泣かないの」
怒られてはいないんだ! お師さまは優しい方! 彼女の表情は一瞬で喜びに変わる。
このわかりやすさに、シリューナは笑いと萌えのツボを思い切り突き込まれる。それでこそ私のティレ。さあ、本日のクライマックス・イベントを始めよう。
「でも。今日の稽古は残念な結果ね。――わかっているでしょ?」

泣き、笑ったティレイラの表情に、新たな色が加わる。恐れと驚きだ。再び涙の珠が目じりを飾る。
先ほどまで壁の側でおとなしく羽ばたいていただけだったガーゴイルが、こちらに近づいて来ている。ティレイラは、これから自分の身に何が起こるのかを理解した。
「ああーっ! ごめんなさいお姉さま! お姉さま! またですかあああぁぁ……」
(「私、真剣にお稽古したのに――!」)
ガーゴイルがティレイラに取り付き、ふっと息を吹きかけた。その吐息は石化の魔力を持つ。最後の言葉は声にならないまま、ティレイラは吐息のかかった顔から、たちまち石化していった。やわらかさとぬくもりを失いつつある右手から杖を外し、シリューナは手のひらをそっと握ってやる。少女のやわらかな手が、次第に硬質なものに変化していく感触をじっと味わった。

石化が完了し、驚きの中に少しの諦めをにじませた可憐な少女の彫像が生まれると、シリューナは繋いでいた手をそっと外した。もちろん、少し離れた位置から全体像を鑑賞して楽しむためである。
「今回はまた格別の出来ね。こんな表情のティレは初めて。それにこの魔女装束の似合うこと。私の見立ては完璧だった! ああ! 素晴らしい!」
彫像の完成度に悦に入りながら、シリューナはぐるぐるとその周りを回る。あらゆる角度から徹底的に、世界でただ一つの美少女像を楽しんだ。それから像に歩み寄り、そっと手を触れる。髪を、頬を、肩から腕を。永遠に愛で続けたい、大切な存在。

「どんな高価な調度よりも、あなたが一番価値あるもの。いちばん美しいわ。生命ある彫像――私だけのティレ」

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すてきな関係のお二人、設定が魅力的ですらすらと書くことができました。
悩んだのはシリューナの口調です。どこまで女言葉を使わせていいのか…… クールさを保つ限界点を自分なりに考え、「だわ」を避けた女性口調にいたしました。
追記:おかしな文字列がペーストされている箇所を一つ見つけましたので修正いたしました! 申し訳ございません!