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<東京怪談ノベル(シングル)>


この場所に眠る想い



「初めて見たわ」
空を見上げてそう呟き、フッと横に視線を逸らして笑う郁。
「雪と雷って共存出来るのね」
そう続けて、ハァーと長い溜息を吐きながら、肩を落とす。
ここは県立気象制御局。
郁の言葉通り、老朽化の為、ホラーな天候が続いていた。

「さてと、そろそろ時間ね」
気象制御局へと点検へ来ていた郁だが、今回はもうひとつ理由があった。


***


「それでは、最後のお別れを……」
郁が向かった先は、綾鷹の本家。
郁は、この家の住人だった祖母の葬儀に参列中だった。
「百歳を超えていたというのに、最期まで頑張っていらっしゃいました」
そう言ったのは、祖母と共に暮らしていた使用人。

生きた時の姿をそのままに、祖母はこの地に眠った。
「……?」
郁が、ふと何かに気付く。
参列者の中、見知らぬ一人の若造が花を手向けた。
けれど、郁も祖母の全ての人間関係を把握していたわけではない。
自分は知らなくても、祖母とどこかで何か関係があった者なのだろうと思い、この時は特に気に留めることもしなかった。

綾鷹家で、絶やしてはならぬと言われている家宝の燭台。
郁は、それを祖母の形見として持ち帰ろうとした。
「その燭台…、棄てねばお前も呪縛される運命になるぞ」
自分の方に向けて、後ろから声が掛けられる。
声を掛けてきたのは、祖母と一緒に暮らしていた使用人だった。
祖母を土葬していた時とは全く違う印象で、郁を見下ろしている。
「どうして、あなたに指図されなきゃいけないの? 嫌よ」
郁は振り返るなり、拒絶の言葉を返した。


***


航空事象艇白狼。
そこでは鍵屋がディスプレイを見つめたまま、怪訝そうな表情を浮かべていた。
「不調は人為的なものね。 妨害工作か何かかしら…」
気象制御局が不調に陥った原因を究明中のようだが、何かがひっかかっているらしい。


***


「くふふ、そこはツボだからやめて、ふふ…」
その夜、白狼寝室で郁がビキニ姿でベッドの上に寝転がり、しきりに長い耳をいじりつつクスクスと笑っている。
そこはツボだと、意味不明な寝言を言いながら。
「……」
──クスクスと笑い続けるそんな郁の姿を、幽霊がジッと眺めていた。

「…あれ?」
大きな目がパチッと開く。
その瞬間、視界に入ったのは、祖母の葬儀で花を手向けた若造の姿。
一瞬だけ視線が合い、そして突然フッと消えた。
反射的に飛び起きてみたものの、既にその姿はそこになく……
「幽霊? ─まさかね…」
そう独り言を言って、ベッドから起き上がる。
心の中に、まるで恋でもしてしまったかのような、不思議な気持ちを残したままで。


***


「郁、何をニヤニヤして……、恋でもした?」
「えッ?!」
「なによその反応。 まさか図星なの?」
翌朝、合流した鍵屋に、郁の恋心はアッサリと看破される。

「ち、違うわよ。 祖母の日記を見たせいで夢をみたのよ」
両手を振って否定しつつも焦る郁。
その言葉が真実なら、焦る必要など全く無いのだが……

──昨夜、郁は夢を見ていた。
謎の若造と、妙に親しくしている夢だったが、その夢を見たことには理由がある。
郁は眠る前に祖母の日記を見ていた。

『──…と、最期まで、共に。 私は、とても幸せだった』

名前の部分だけは掠れていて読めなかったが、日記に書かれていた特長から、その相手は葬儀の時の若造だと予測が出来た。
だからきっと、夢のせいだと郁は言う。
そんな郁の言葉を聞きながらも、言葉とはまた違う郁の態度に、鍵屋は眉を寄せる。
「だから、きっとそのせ…い……」
言いかけた郁の言葉は途切、郁の耳がピクリと動く。
何かが聞こえたようだ。
「あっ、ちょっと、郁!」
鍵屋が止める暇もなく、郁は突然どこかへと走り出した。

「…どこ?」
ハァハァと息を上げ、郁は周囲を見回している。
郁に聞こえていたのは若造の声で、その声は郁を呼んでいた。
そして、その言葉に導かれるように、郁は祖母が眠る場所へと辿り着いていた。


***


白狼艦橋。
気象制御局を艦の動力で支援中だったが、突如狂乱した使用人が乱入し制御卓を破壊している。
けれど次の瞬間、虚空から若造が現れ、使用人は若造の電撃によって倒された。
──いや、殺されていた。

「調べる必要がありそうね」
若造のその様子を見ていた鍵屋が、握った拳を顎に添えてポツリと呟いた。


***


「…なんですって?」
鍵屋の目の色が変わる。
「実家を継ごうと思うの」
鍵屋を怒らせたのは、郁のこの言葉だった。
「自分が何を言っているか解ってるの?無責任よ!」
怒る鍵屋を郁が慌てて収めようとするが、時は既に遅し。
郁は突然実家を継ぐと言い出し、辞表を出していた。
勿論、鍵屋に叩き返されたわけだが。


***


「あぁもう、集中出来やしない」
航空事象艇白狼に戻った鍵屋が、片手で自分の顔を押さえて俯く。
郁のあの言葉を聞いて、辞表まで出されたのだから無理もない。
「……?」
けれど、キーボードを叩く指がピタッと止まり、突然仕事中のスイッチが再び入る。
「電磁波? ──まさか!」
ガタンと音を立てて立ち上がり、鍵屋は寝室へ向かった。

「入るわよ、郁!」
返事を待たずに、鍵屋が扉を開く。
そこには、えっ、という顔をした郁と若造が居た。
しかも何故か郁はビキニ姿。
二人でベッドに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。
そんな状況にも動じることなく、鍵屋が若造の方へと詰め寄る。

「あなた、──名前は?」
「……」
「ついでにメールアドレスも教えて貰えるかしら?」
「……」
「郁、この人の名前は?」
「えっ?し、知らない」
「やっぱりね。 郁、この男は人外…ッ…」
「智子!」
人外。
そう言い掛けた所で、鍵屋が倒れる。
──若造から放たれた電撃によって。

「何するのよ!」
郁が鍵屋のもとへ駆け寄った。
「俺よりその娘が大事か?」
男が問う。
「私の親友よ!」
「……」
男は冷たく目を細めた。
そんな様子も気にせず、郁は部屋を出る。
「智子、しっかりして」
郁は鍵屋を連れて看護室へと向かった。


***


郁の祖母が眠る場所。
看護の末、一命を取りとめた鍵屋と警察、そして郁が礼状を得て祖母の墓を掘り返している。
「思った通りだわ。 お祖母様のご遺体から、怪電波が出ているようね」
鍵屋が中を覗き込みそう言った途端……
亡くなった筈の祖母の目がカッと開き、郁を責め立てた。
若造が憑依したようだ。

「郁!」
ギリギリと詰め寄る祖母の体を借りた若造に、何も出来ないでいると思われた郁。
鍵屋が助けようと手を伸ばした、その時
「出てけ!!」
郁の叫び出したその声が響いたと同時に、祖母が炎に包まれた。
炎に焼かれながら、何かが聞こえる。

「悪意は…無い…のだ…お前を幸せ…に……」
若造の正体は、綾鷹家の歴代女性に寄生し続けた宇宙生命体だった。
けれど、郁は首を横へと振り……

「心配されなくても、日記の祖母も…、私も、幸せよ」

燃え盛る祖母と、恋をしたのかもしれないその相手の残像を、真っ直ぐに見てそう言った。








fin






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ご依頼ありがとうございました。
少し切ない最後となりましたが
郁さんも、お祖母さんも、幸せであれば良いなと思います。
また機会がありましたら宜しくお願いします。