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<東京怪談ノベル(シングル)>


残された優しさ

「何よ! 酷いじゃないっ!」
「酷くなんかない! 宇宙飛行士なんて男が目指す仕事よ! 女なんかに……お姉ちゃんなんかには務まるはずないっ!」
「……っ!」
 幼い姉妹が激しい口論を繰り返している。郁はそんな彼女達を遠くから見詰めていた。
 姉は宇宙飛行士を目指していたが、郁は彼女のその夢を挫く為に数時間前妹を煽っていたのだ。
 妹に投げつけられた言葉に、姉はショックのあまり口を噤んでしまた。
 悲壮感漂う顔で体が小刻みに震え、悔しさに涙が頬を伝い落ちる。
 思いの限りをぶつけた妹は肩で息を吐きながら、目の前の姉の姿を見てハッと息を飲む。
「お、お姉ちゃん……?」
 そう声をかけるが早いか、姉はその場から走り出した。
 彼女が駆け出し、階段を駆け上った先はビルの屋上。勢いよく扉を開きそしてそのままビルから投身自殺を図った。
「彼女をすぐに救急事象艇鴎号に連れて行って!」
 郁は飛び降りたその姉を咄嗟に保護した。
 まさか身を投げると思ってなどいなかった郁は、出来る限り迅速にその場にいた者達に指示を飛ばし、彼女を搬送する。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、お姉ちゃん……」
 妹は自分が姉を追い詰めてしまったと酷く心を痛め、泣き崩れながら何度も何度も謝り続けていた。
 そんな妹の姿を見つめ、郁は自分が妹を煽った事でこんなことになるなんて……。
 郁は放心状態になりながらも、ほぼ無意識に救急事象艇鴎号の舵をきつく握り締めた。


 ゆっくりと進む船の鴎号艦橋に鍵屋智子と呼ばれる、齢14の天才少女と呼ばれている科学者がいる。
 彼女は現在青髭時代への進路を辿っているはずの船の動きに疑問を抱いていた。
「進路がずれてる……?」
 なぜ進路がずれ始めているのか、眉尻を寄せ考え込んだそのときだった。艦内にけたたましい非常警報が鳴り響く。
「何? 一体どうしたの?!」
 鍵屋は突然目の前の機器が異常行動を起こし、バチバチとショートし始めている様子にうろたえていた。
「何なのよ、これは……」
 鍵屋が機器に手を伸ばしかけたその時、機械が端から次々と急速に電源が切れ故障していく。目覚しいほどの速さで機械が次々に故障し、ついには保護した姉に取り付けられていた生命維持装置も壊れ、真っ暗なスクリーンには赤い字で退去勧告が浮かび上がった。
「全員退室! 急ぐのよっ!」
 鍵屋が声を張り上げ、その場にいた全員が一斉に部屋から退去する。放心状態の郁、ただ一人を除いて……。
 部屋を退去した鍵屋はその足で機関部へと駆けこむと手動で制御を奪還するために、目の前のコンピュータを弾き始めた。
「……何……進路が固定されてる?!」
 鍵屋は苛立った様子で目の前のコンピュータパネルをドンっと叩く。
「あの馬鹿、何を企んでいるの? 艦橋緊急開錠!」
「艦橋緊急開錠」
 鍵屋の指示に従い、機関室にいた乗組員は艦橋を緊急開錠する。
「自動航法解除」
「自動航法解除……駄目です。解除できません!」
「……っち、迂回されたわ!」
 苛立った様子で何としてでも郁からの制御権を奪還しなくてはと、鍵屋は奮闘する。
「動力遮断されました!」
「動力遮断……ですって? あいつ、館長権限を盗ったのね!」
 愕然とした表情で鍵屋がパネルを食い入るように見詰める。
「何か他に手があるはずよ……。何か手が……」
 悔しげに爪を噛む鍵屋をよそに、郁は単身でシャトルに乗り込むとそのままある孤島へと向かった。
 青髭時代にある、離島診療所。ここには水晶生命体のベル植民地襲撃から逃れた医師がいた。その医師こそ、自分の実父だった。
 郁は過去へと飛んできていたのだ。
「郁。お帰り。どうしたんだ? そんな顔して」
「お帰りなさい。姉さん」
 満面の笑顔で迎え入れる父と、そして少し前にいなくなったはずの自分の妹がいる。
「……」
 郁は二人を前に胸が一杯になった……。


 その頃、船では機関室の男子トイレの空調に潜り込んだ鍵屋がコードを握り締めていた。
「女所帯に浸ったバカに男子個室は盲点よね」
 手にしているのは、船の権限を奪還する為の最終手段とも言える端末だ。これを切り替えさえすれば全ては丸く収まる。
「さてと……」
 鍵屋は手にしていたコードを端末に差し込むと、全ての制御は郁から解放された。
 それを確認した鍵屋は得意げに微笑む。
「ふふん。ざまぁみろだわ」


 郁は診療室にいた。その表情は驚きに固まり、その場に凍り付いていた。
 目の前にいる父は、自分と、そして妹の二人を平等に愛していたのだと言う事を初めて知らされる。
 あの日見つけた巨大な水槽。あの水槽の中で妹は療養中だったのだ。
「可愛いお前達に私からの贈り物だ」
 二人を見詰めながら、微笑む父の姿に郁は言葉が出ない。
 そうだ自分はこの時を知っている。
 父は二人を再改造し、他人と愛情を共感できるようにしてくれようとしていた。
 ところが、妹は郁を監禁し先に施術してもらうことになったのだ。
「!」
 郁は瞬間的にハッとなり顔をあげる。
 その次の瞬間にティークリッパーからの急襲に遭った。それを察知した妹は即座にその場から逃げ出し、父はその奇襲で……。
「パパ……!!」
 郁は思わずその場から駆け出し、床の上に倒れ伏した父を抱え起こす。
 攻撃を喰らい、顔は血で真っ赤に染め上がり意識は朦朧としている。
 ゆるゆると上げた父の手を郁は握り締める。
「パパ!」
「……」
 父は何事かぱくぱくと口を動かすが声にならず、そのままパタリと動かなくなってしまった。
「分かったわ……。私達の絆はずっとずっと続いていく。だから安心して、パパ……」
 ハラハラと零れ落ちる涙もそのままに、郁は息絶えた父に小さく微笑んで見せた。


 船に戻った郁の目の前には、意識を取り戻したあの幼い姉妹が微笑みあっている姿があった。どうやら二人は仲直りしたのだろう。
 そんな二人を見詰めていると胸が痛む。
 自分は妹との関係を修復する機会が巡ってくるだろうか……?
 そう考えると切なさに胸が苦しくなり、ハラハラと涙が零れ落ちていく。
 泣いている郁を見つけた姉妹は、そそくさと傍に駆け寄りにっこりと微笑んで見せた。そして手を握り軽く引く。
「お姉ちゃん。一緒に遊ぼう!」
 姉妹が気を利かせていることが良く分かる。
 郁は姉妹に手を引かれ、その場から歩き出した。