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<東京怪談ノベル(シングル)>


百合の時代


 任務の内容が、まるで逆になってしまった。
 第百帝政パリを脅かす海賊を撃滅する。それが、今回の任務であったはずなのだが。
「講和……ですか? 海賊たちと?」
 藤田艦隊旗艦・大型事象艇「柊」。
 その貴賓室にて艦長・藤田あやこは、会食の相手に対し、そんな言葉を発していた。
「戦乱の終結は、和平によって成し遂げられるべき……私は、そう考えております」
 あやことテーブルを挟んで向かい合った女性が、その美貌に決意を漲らせて語る。
 第百帝政パリを統べる女王である。
「お志は立派だと思いますが……」
「綺麗事とお思いでしょうね、藤田艦長。ですが綺麗事を実行するのも、私たち為政者の使命なのですよ」
 百合族で構成された海賊団は、第百帝政パリとの対話を百年前から拒否しており、戦争は今や果てなき報復合戦の様相を呈していた。
 和平の締結など、はっきり言って皆殺しによる戦乱終息よりも難しい。あやこはそう思っている。
 引き連れて来た艦隊は、まあ皆殺しとまでは言わずとも、海賊団を武力で制圧するための戦力である事に違いはない。それを、武力制圧とは全く逆の目的……講和のために、使わなければならなくなった。
「難儀な話になってしまったな……君、どう思う?」
 あやこは、傍らに立つ秘書に、いきなり会話を振ってみた。
 軍服の似合う、凛とした感じの娘である。
 その凛々しい美貌が、先程からぼんやりと熱を帯びているのを、あやこは見逃していなかった。
「え……あ! はっ、はい」
 慌てて返事をしながら、秘書がビシッと姿勢を直す。
 同じような反応をしている者が、女王の傍らにもいた。
 地味なドレス姿の女の子。
 第百帝政パリ宮廷の、女官の1人であろう。会食に伴われるくらいであるから、女王のお気に入りであるのは間違いない。料理が運ばれて来る度に、毒味をしていた。
 今は、可愛らしい顔を初々しく赤らめ、俯いている。
 秘書と女官。この2名がじっと見つめ合っていた事に、あやこだけでなく女王も気付いているようであった。
「……ごちそう様でした。大変、美味しかったですわ」
 端麗な口元をナプキンで優雅に拭いながら、女王が微笑む。
「ですが、これ以上のごちそうは……もう、お腹がいっぱい」
「私もそう思っていたところですよ女王陛下。食後の娯楽など用意出来ませんが、せめて艦内をご案内いたしましょう」
 立ち上がりながら、あやこは秘書の方を振り返り、命じた。
「ああ君、私の話を聞いていなかった罰だ。食器を片付け、この部屋の掃除を済ませておくように」
「貴女も、お手伝いをなさい」
 女王も、傍らの女官に命ずる。命じられた2名が、どぎまぎと狼狽している。
 この2人が先日から逢引を繰り返している事を、知らぬあやこではなかった。


 任務の内容が逆になってしまった、と思っていたが、そんな事はなさそうだった。
 講和を成立させるためには、戦っても勝てぬ相手である事を、まず思い知らせておく必要があるからだ。
「手荒い歓迎ねえ……」
 柊・艦橋で、あやこは不敵に笑った。
 百合海賊の軌道都市から、迎撃軍が打って出て来たのだ。
 海賊側から、手を出してくれた。開戦の理由を作る手間が、省けたというものだ。
「……やっておしまい!」
 号令を下しながらあやこは、これではどちらが海賊なのかわからない、と思わなくもなかった。


 戦争とは、すなわち外交である。
 暴力か対話かという違いがあるだけで、共に「相手を自分の思う方向に進ませる」ための手段である事に変わりはない。
 敵軍を全滅させない程度に、決死の覚悟を決めさせない程度に痛めつけてから、話し合いの場を設ける。これが外交の基本である。
「逃げ隠れる日々は、終わりにしましょう」
 露骨な恫喝にならぬよう気をつけながら、あやこは言った。
 柊の貴賓室。あやこは今日ここに、2人の人物を招いていた。1人は女王。
 もう1人は、百合族の女性。
 海賊団の副官である。頭目の、片腕とも言うべき人物であるらしい。
 頭目に講和を了承させるためには、まず彼女を落としておく必要がある。
「無益な戦いであるという事……理解は、しておられるはずです」
 女王が、真摯な口調で言う。
「無意味な意地を張り通して、これからも大勢の人々を死なせるおつもりですか?」
「その無意味な意地というものがな、海賊という組織にとっては、下手をすると多くの人命よりも重いものとなってしまうのだよ」
 副官が、答えた。
「面子を潰される。それは海賊にとっては死に等しい……国という組織にも、似たようなところがあるのではないか?」
 凄まじい憎しみを、あやこは感じた。副官の言葉に、ではない。
 彼女に向けられた、1本の視線にだ。
 女王お気に入りの女官が、可憐な顔を青ざめさせ、憎悪そのものの眼光を副官に叩き付けている。
 女王に対する反抗的態度を、憤っているのか。
 あやこの秘書が、そんな女官に、気遣わしげな眼差しを向けている。
 憎しみの視線に気付いた様子もなく、副官は言った。
「……とは言え、本当に死んでしまっては元も子もない。藤田艦隊の、噂以上の力も思い知らされてしまった事だしな。さて、どうしたものか……」
「これ以上の戦いは望まないという我々の意思を、貴女の口から頭目殿にお伝えして下さるだけで良い」
 あやこは言った。
「窮鼠猫を噛む状態に陥った貴女がたと戦えば、こちらも痛い目を見る……私、痛いのは嫌よ?」


 外堀は埋めた、つもりでいた。
 頭目の信任厚き副官を、こちらの考えに染めておけば、和平交渉は有利に進む。そう思っていたのだ。
 その副官が、突然の病死を遂げた。
 海賊側の要人を引き込む工作を、また最初からやり直さなければならないか。
 あやこと女王が、そう思っていた矢先。もう1つ、思いがけない事態が起こった。
 海賊の方から、和平交渉に応ずる用意がある、という申し出が来たのである。


 百合海賊の頭目は、まるで猛獣の牝を擬人化したかのような美女であった。
「あいつがな、死に際にほざきやがったのよ。今度は戦いのない時代に生まれたい、ってな」
 牙を剥くように、頭目は言った。
 あいつ、というのは病死した副官の事であろう。
「戦いたくて戦ってる奴なんざぁ1人もいねえって事よ。なのに百年以上も戦いが続いちまってる。そいつを一方的に、あたしらのせいにされちまうのはなあ」
「貴女がたに対する、特赦を検討しております」
 女王の口調は、いささか強張っている。
「特赦などという高圧的な物言いになってしまうのは御容赦下さい。それと、貴女たちに土地の提供を」
「特赦、ね。後で罪状でっち上げて逮捕する気満々ってわけだ」
「悪いようにはしない、としか今は申し上げられません。それを信じていただけないでしょうか」
「信じて欲しきゃ、こっちの要求も聞いてもらおうじゃないの」
 頭目が、テーブル上でずいと身を乗り出した。
「本気で講和を考える気があるんなら、まず最低でも、あたしらの自治権は保証してもらう。それと議席を少なくとも過半数、百合族によこしな」
「過半数、ですって……!」
 穏和な女王が、怒りを露わにしかけている。
 そこへ、あやこは言葉をかけた。
「まあまあ。立場が逆なら女王陛下も、同じような要求をなさるでしょう?」
 女王は言葉に詰まり、俯いた。
「とは言え……過半数というのは、さすがに少々欲張り過ぎのようだな頭目殿。ここはもう少し」
「失礼いたします」
 あやこの秘書が、何人もの警官を引き連れ、貴賓室に踏み入って来た。
 命じておいた通り、絶妙のタイミングである。
「藤田艦長、百合族副官殿の死因が判明しました。自然病死ではありません……他殺です」
 女官が、女王の傍らで身をすくませた。
 秘書の鋭い眼光が、そちらに向けられる。
「接触感染型ウイルス……あの時、副官殿はその場にいた全員と握手を交わした。その相手の中に、保菌者がいたのさ。百合族の個人にのみ発症するウイルスの、ね」
 言葉と共に秘書が、恋仲であるはずの女官に拳銃を向ける。
「貴女に……私を撃てるの?」
 女官が、後退りをしながら叫んだ。
「こいつら、あたしの家族を殺したのよ! 講和なんかさせたら、父さんの仇も母さんの仇も討てなくなっちゃうじゃないのッ!」
 叫びながら、そして恐らくウイルスを保菌したまま、女官が頭目へと駆け寄って行く。
 秘書が、躊躇いもなく引き金を引いた。一瞬くらいは、躊躇ったのかも知れない。
 とにかく銃声が響き渡り、女官は倒れた。
 憎しみで歪んでいた美貌に、ほっとしたような表情が浮かんでいた。復讐から解放された、という事か。
「借りが出来た……って解釈でいいのかな、藤田艦長」
 頭目が言った。あやこは何も応えなかった。


 海賊側から、いくらか譲歩を引き出す事が出来た。
 詰めなければならない部分は多数あるにせよ、和平交渉そのものは順調に進んでいる。
 泣きじゃくっている秘書に、貴女のお手柄よ、などと声をかける事は出来ず、あやこは別の事を言った。
「……次の寄港地で、女子会がある。パァーッと派手にやろうじゃないか」
 新しい出会いがあるかもよ? とまでは言えなかった。